ドラゴンをつっこむ
「ルクス、もうすぐ着くね。……なんだか緊張してきたよ」
「ルミナは、本物のドラゴンを見るのはこれが初めてなんだっけ?」
「当たり前でしょ!? 普通に生きててドラゴンに遭遇する機会なんてあるわけないじゃん!」
まあ、そうだよな……。この世界では、一般人がドラゴンと遭遇した時点で死を覚悟するレベルの災害なのだから。しかもグレイブさんいわく、最弱の個体でさえレベル100超えという高難易度ゾーンだ。
乗合馬車を降り、しばらく進むと目の前に圧倒的な巨躯を誇る山々が聳え立っていた。
「おぉ……デカいなぁ……!」
思わず感嘆の声が漏れる。伝説の竜種が巣窟にするだけあって、山脈全体が禍々しくも雄大な霊気を纏っている。
「うぅ……今からこの山を登るんだよねぇ……」
さすがのルミナも、見上げるような巨山を前にちょっと引いている様子だ。ドラゴンの棲家までかなりの距離を徒歩で登ることになる。
「虫とかいっぱい居そうだよね。……私、虫だけは本当に苦手なんだよ……」
(あ、ドラゴンの脅威じゃなくて虫の心配をしてたのか……)
御者さんに挨拶を済ませ、俺たちは山道へと足を踏み入れた。
◇
山を登り始めて約二時間。汗をぬぐいながら急斜面を越えると、少しひらけた岩場の広場へと出た。
「そろそろ、ちょっと休憩しようか?」
「ん? 私はまだまだ全然大丈夫だよ〜!」
ルミナは息一つ乱さず、元気に返事をしてくれた。……相変わらず凄まじい体力だ。実に頼もしい彼女である。
だが、いつ戦闘になるかも分からない未知の領域だ。体力を万全に保つためにも強制的に足を止めさせることにした。
ボックスから敷き布を取り出し、二人で岩場に腰を下ろす。
その瞬間、ふいに二人の手が触れ合った。
「あ……」
「……えへへぇ」
ルミナは照れくさそうに頬を緩めると、自ら俺の手に指を深く絡ませてきた。
「ルミナ? ずっと山道歩いてきたから手汗もかいてるし、汚いぞ?」
「大丈夫だよ、私も汗かいてるもん。それに……二人きりになれる機会なんて、最近あんまりなかったし。ここなら人がいないから……いくらでも手を繋げるでしょ?」
「まあね。でも俺としては、街中でも普通に手を繋げるくらい早く慣れてほしいんだけどな」
「ううぅ……そ、それは頑張るから……っ!」
真っ赤になって意気込むルミナが狂おしいほど愛おしい。
二人でまったりと甘い雰囲気に浸っていた、その時だった。
ガサッ……。
岩陰から不穏な衣擦れの音が響いた。
なんだ? と思って視線を向けると——敷き布の端を、三十センチはあろうかという巨大な多足類がカサカサと這っていた。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!???」
耳孔を突き破るような甲高い悲鳴!
直後、ルミナが猛烈な勢いで俺の身体に飛びつき、しがみついてきた。
「む、むね……! むねが当たっていますよ、ルミナさんッ!?」
「ルクスお願いッ!! なんとかしてぇぇぇぇッ!!」
半狂乱のルミナに抱きつかれ、胸の柔らかい感触が容赦なく腕に押し付けられる。楽園か!?
とはいえ、害虫をそのままにしておくわけにもいかない。殺してしまうのも気が引けたので、俺はムカデの胴体を軽く指でつまむと、遥か遠くの谷底へポイと投げ捨てた。
「よし、もう大丈夫だぞ」
「ふぅ……っ! ありがと、ルクス……!」
俺の言葉を聞いた瞬間、ルミナは「ハッ!」と我に返り、パッと身体を離した。
あぁ、至福の時間が終了してしまった……。
「……で、ルクス」
「ん?」
「早く……手を洗ってきて」
「えっ」
見ると、ルミナが俺の右手を道端に落ちている汚物でも見るかのような極冷の蔑視で睨みつけていた。
「いや、指先でちょっとつまんだだけなんだけど……」
「いいから洗って!! ムカデを触った手で触らないで!! ただの虫は大丈夫だけど足がいっぱいあるムカデとかはどうしても無理なの!」
ヤバい!! 早く洗わないと虫レベルで嫌われる!!
俺は慌てて水魔法で入念に手を洗い流したが……その後、山頂に着くまでルミナが手を繋ぎ直してくれることは二度となかった。
(誓おう……二度と虫は素手で触らない……ッ!!)
◇
そんな悲しいアクシデントを乗り越え、俺たちはついにドラゴンが巣食う目的地へと到達した。
そそり立つ切り立った岩壁には、直径数メートルを超える巨大な横穴が無数にぽっかりと口を開けている。
「うわぁ……ルクス、どうしようか?」
「片っ端から適当に入ってみるしかないか?」
「えぇーっ!? 絶対危ないよそれ!」
二人であーでもない、こーでもないと頭を悩ませていた、その時——
バサバサバサバサッッ!!
頭上から猛烈な風圧と共に、重厚な羽ばたき音が降り注いできた!
瞬時に構えを取る俺たちの目の前へ、ドスンッ! と一赤いドラゴンが豪快に着地した。
ギシ……と緊張が走る。
ドラゴンもこちらを品定めするように、鋭い黄色い瞳で警戒の眼光を向けてきている。だが、いきなりブレスを吐いてくる様子はない。
重苦しい沈黙が数秒ほど続いた後——ドラゴンはバサッと一度だけ翼を羽ばたかせ、口を開いた。
「自分ら、何者なん? 見たところ、俺らを狩りに来たワケやなさそうやけど?」
「「……は!?」」
俺とルミナの声が見事にハモった。
ドラゴンが言葉を喋ったこと以上に、その口調があまりにも軽すぎる件。
「あ、あなたが……ドラゴンの『主』ですか……?」
人語を話せるドラゴンが主だと聞いていたが……どう見ても重厚感ゼロの軽薄なやつである。
「そんなワケあるかい! 俺なんて群れの中じゃ超ペーペーやで! 下の下!」
「……ですよね」
こいつが主だったら、このドラゴンの群れは色んな意味で遠からず滅ぶと思う。
「そ、そうですか。では、主の方はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」
「……って、その前にここに来た事情を話さんかーい!」
一人ノリツッコミをかましてくるドラゴン。
おかげで緊張感は完全に霧散した。
「えーっと……最近この山脈周辺が騒がしくて、近隣の町の住民が怯えているんです。それで、何があったのか原因を調べに来たんですよ」
「なるほどなぁ! やっぱり人間様に迷惑かけてたんか。……ふむ、見た感じ自分ら、裏のなさそうなええ奴らやな。よし、主さんに会わせたるわ! 俺の背中に乗り!」
(背中に乗れ……!? まさか空を飛んで主の元へ連れて行ってくれるのか!?)
竜の背に乗って空を飛ぶなんて、100回の人生の中でもなかった激レア体験だ。
俺は内心ワクワクしながらドラゴンの背に跨り、ルミナも瞳を輝かせて俺の後ろへ飛び乗った。
「ほな、行くでぇーーーっ!!」
ドスン……ドスン……ドスン……。
ドラゴンは、ぬめっとした足取りでのそのそと【徒歩】で歩き始めた。
「「……は?」」
俺とルミナは思わず素の声を漏らした。
「おいおい自分ら! そこは『は?』やなくて、『飛ばんのかーい!』ってノリノリでツッコミ入れるところやで!? これだから素人は困るわぁ〜」
ブチッ……。
俺の中で、何かが静かにキレた。
ルミナはクスクスと笑っていたが、俺はこのドラゴンが無性〜〜〜に腹立たしかった。
俺は拳にほんの……ほんの少しだけ力を込めると、ドラゴンの背中へ勢いよくツッコミの拳を叩き込んだ。
——ドンッッ!!
地響きのような鈍い衝撃音が山脈にこだました。
「ギャンッッ!!?? いってぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!?? なんすんねん自分ッ!? やっぱり敵なんか!!??」
ドラゴンは白目を剥きかけながら、のたうち回って大叫びした。
「いえいえ〜、『ツッコミを入れろ』とおっしゃられたので心を込めてツッコませていただいたんですよ。どうでしたか俺のツッコミは? ……まだ威力が足りないなら、次はもう少し強めに入れますが?」
「すんまへんッ!! 調子乗ってましたッ!! ほんまは人間乗せて空飛んだらアカン掟になってるんですッ!! ほんま許してくださいカンベンしてくださいッ!!」
ドラゴンは恐怖でボロボロと涙を流しながら、ペコペコと地面に頭を擦り付け始めた。
(……がっかりだ。ものすごくガッカリだぞ……)
ルミナも「はぁ……」と深いため息をついて肩を落としている。
「……ハァ。もういいですから、早く主のところへ案内してください」
「ひ、はいぃッ……!」
案内された主の洞窟は——歩いて徒歩三十秒のすぐ隣の穴だった。
(歩いて行ける距離なら最初から言えやーーーっ!!)




