グレイブの依頼
翌朝。俺とルミナは並んで冒険者ギルドへと向かっていた。
今日も雲一つない、爽やかな快晴だ。
( ……今日は、手……繋がないのかなぁ。昨日あんなに指を絡めて歩いてくれたんだから、今日も大丈夫だよな……?)
俺はチラリと隣を歩くルミナの横顔を盗み見ると、意を決してそっと彼女の手に指を伸ばした。
——が。
触れた瞬間、バッと弾かれたように手を引かれてしまった。
「ひゃっ!? びっくりした……も、もう、やめてよぉ……っ!」
「あ……」
(えっ……!? 嫌がられた……!?)
嘘だろ、昨日あんなに甘々だったのに、たった一日で嫌われたのか!?
理由が全く分からない。まさか昨日、毒キノコのクエストを強硬に止めたから怒っているんだろうか……?
俺が頭の中でぐるぐるとショックを受け、ショボーンと肩を落としてトボトボ歩き始めると——
「ち、違うのよ、ルクスっ! 誤解しないで!」
ルミナが真っ赤な顔で慌てて追いつき、ぶんぶんと両手を振った。
「ほら、今は大通りで周りに人がいっぱいいるじゃない!? すごく恥ずかしいのっ! 昨日は町外れの路地で誰もいなかったから繋げたけど……大勢に見られながら手をつなぐのは……その……ごめんね……?」
ルミナは消え入りそうな声で縮こまっていた。
……そ、そうだったのか。良かった、嫌われたわけじゃなかった。付き合い立ての女の子なら、人前でイチャつくのが恥ずかしいのは当然だ。
「ううん、俺こそごめん。自分の都合しか考えてなかったよ」
「うぅ……わ、私だって繋ぎたい気持ちはあるんだからね……っ? でも……どうしても顔が火照っちゃって……」
語尾を濁しながら上目遣いで呟くルミナ。……その一言を聞けただけで、俺の心は一気に快晴へと変わった。
◇
冒険者ギルドのドアをくぐると、早朝から怒号が響き渡っていた。
ギルドマスターのグレイブさんと、昨日俺たちが軽くひねった『スカルヘッズ』の三人組が何やら揉めている。
「なんで受けちゃダメなんだよッ! 俺たちはS級冒険者だぞ!? このクエストを受けて何が悪いッ!」
リーダー格の大男が、顔を真っ赤にして卓上を叩いていた。
対するグレイブさんは、ハァと深い溜息をついて呆れ顔だ。
「お前ら、この前やられた傷がまだ完全に癒えていないだろうが。それに……ハッキリ言ってやるが、今のお前らの実力じゃこのクエストは100%無理だ」
「やってみなきゃ分からねぇだろッ! 舐めてんのか!?」
「……おい。さっきから聞いていれば、お前は一体誰に向かって口を聞いているんだ?」
グレイブさんの眼光がギラリと鋭く光った。
一瞬でギルド内の空気が重く跳ね上がり、肌を刺すような圧力が周囲を支配する。さすがは元・最高峰のランカーだ。
「うっ……あ……」
スカルヘッズの三人は言葉を詰まらせ、青ざめた顔でじりじりと後退りした。
「フン、この程度の殺気で恐怖に呑まれるようでは話にならんな。……おっ、来たなルクス君」
俺たちの気配に気づいたグレイブさんは、先ほどまでの凶悪な表情を嘘のように消し去り、好々爺の笑顔に戻った。
「おはようございます、グレイブさん。朝から随分と穏やかじゃない揉め事でしたね」
「いやいや、気にするな。もう解決したよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよグレイブさんッ!」
「待たん! このクエストは最初からルクス君たちに頼むと決めていたんだ。……どうしても不服なら、ここでルクス君たちと指名権を賭けて決闘でもしてみるかね?」
グレイブさんがニヤリと挑発的な笑みを浮かべると、スカルヘッズの三人はギクッと肩を震わせた。
赤き龍に無様にやられた記憶が蘇ったのだろう。彼らは悔しそうに歯噛みしながら、捨て台詞を残して早足で逃げ去っていった。
「全く、あれでS級なのだからな。王都の冒険者の質も下がったものだ……。まあ、マスターである俺の管理責任でもあるか。後でクエストのランク基準自体を見直すとしよう……」
グレイブさんは掲示板を見上げながら、ぶつぶつと独り言を呟いている。
「あの……グレイブさん?」
「おおっと、すまんすまん! ちょっと考え事をしていたよ。……それで、君たちに任せたい『特別依頼』だがね」
グレイブさんはS級掲示板の最上段まで歩くと、一枚の依頼書を指差した。
「これだよ。まったく、ルクス君に見せるためにあらかじめ貼っておいたというのに、あいつら『張られた瞬間に受ける』とか抜かしやがって。……A級に格下げしてやろうか」
(地味にめちゃくちゃ根に持ってるな、このマスター……)
最初から俺に受けさせたいなら直接手渡しでくれれば良かったのに、と思いつつ、俺は指差された依頼書に目を通した。
【特別クエスト:ドラグーン山脈の龍災調査】
【依頼内容】 ドラグーン山脈に生息するドラゴンたちが大喧嘩をしている模様。現在は沈黙を保っているが、再発すれば近隣の町に破滅的な被害が及ぶ恐れあり。現地へ赴き、事態を解決せよ。
【報酬】 知りたいことを教える券 ×2
(ドラゴンが喧嘩……? 解決しろって、どうやってだよ……ッ!?)
しかも報酬が『知りたいことを教える券』って何だそれ。あぁ、なるほど……『スキル鑑定』なんて公に書いたら、あの怖くて不機嫌な赤髪のお姉さんにバレて怒られるから、遠回しな表記にしているのか。
しかしこんな謎の報酬でよくスカルヘッズの奴らは受けようと思ったな。彼らも何か喉から手が出るほど知りたい秘密でもあったのだろうか。
「あの……もう少し詳しく説明してもらってもいいですか?」
「ん? 詳しくも何も、書いてある通りだが?」
「いやいや! ツッコミどころと謎しかありませんよ!」
「しょうがないな。……ドラグーン山脈は、ここから馬車で二日ほど走った場所にある。ロッソ王国との国境付近だな。あの山脈にはドラゴンたちの巣窟があるのだが、あの群れの『主』は人と会話ができる知性を持っているんだ」
グレイブさんは顎を擦りながら説明を続けた。
「これまで人間とドラゴンはお互いに干渉せず、不可侵条約のような形で平和を保っていた。だが……山脈の麓にある町から『ドラゴン同士が凄まじい規模で仲間割れを起こしている』と報告が入ってね。ドラゴン同士の抗争なんて前代未聞だ。だから現地へ赴き、喧嘩の『原因調査』と『解決』をしてきてほしい」
(うわぁ……めちゃくちゃ大変そうだぞこれ……ッ!)
一匹だけでも国が滅びかねないドラゴンが、群れで争っているのだ。
全滅させろと言うなら俺のフルパワーで物理的に叩き潰せなくもないだろうが、今回のミッションはあくまで『原因を調べて仲直りさせること』だ。力ずくで解決できない分、余計に難易度が高い。
「ルクス……大丈夫かな……?」
ルミナも相手が伝説のドラゴンだと知り、不安そうに俺の袖を引っ張ってきた。
「うーん……とりあえず行ってみようか。言葉が通じる相手なら、事情を聞いて説得できるかもしれないし」
「私……ドラゴンなんて本物を見るの、生まれて初めてだよ……」
今のルミナのレベルは102だ。この世界のドラゴンがどれほど強いかは分からないが、レベル三桁なら十分戦えるはず……と思いたいのだが。
「あ、そうそう。言い忘れていたが、絶対に力ずくで倒そうとは思わない方がいいぞ? ドラゴンはめちゃくちゃ強いからな。一番弱っちい雑魚ドラゴンでも【レベル100】前後の戦闘力はある」
(……は?? 最弱でレベル100……ッ!??)
俺の楽観的な思考は一瞬で吹き飛んだ。
ルミナの現在のレベルが、まさにその『最弱ドラゴン』と同等なのだ。もし群れで襲われたら、ルミナ一人では一瞬でピンチに陥る。
(甘かった……! 今回の100回目の世界、やっぱり過去最高クラスに難易度が跳ね上がってるぞ……!)
「……よし! ルミナ、とにかく現地へ向かってみよう。もし解決できたら、一発で目標達成だ! ダメでもランクが落ちるリスクがあるだけだからな」
「うん! ルクスが決めたなら私も行く! ドラゴン……少し怖いけど、見てみたいしね!」
「大丈夫だ。ルミナは俺が絶対に守るから」
「ふふっ……うん! 信じてるよ、ルクス!」
ルミナは不安を吹き飛ばすように、まっすぐな瞳で俺を見つめて微笑んだ。
そんな俺たちの初々しいやり取りを横で見ていたグレイブさんが、ニヤニヤしながら首を突っ込んできた。
「ねぇ君たち……もしかして、何か大きな進展があったのかね〜?」
ルミナは「なっ……!?」と顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「……想像にお任せしますよ」
俺がルミナを庇うように答えると、グレイブさんは羨ましそうに肩をすくめた。
「いいねぇ、若いってのは! ……よし、君たちが留守の間、ギルドの方はこちらでうまく対応しておくよ。それに、ちょうど頼もしい【助っ人】も呼んであるからね。安心して行っておいで」
「助っ人……ですか? わかりました、ありがとうございます!」
疑問を抱きつつも、俺たちは正式に依頼を受注した。
今日は一日かけて旅の買い出しと準備を整え、明日の早朝に王都を出発することになった。
◇
仲良く肩を並べてギルドを去っていくルクスとルミナの背中を見送りながら——
グレイブは誰も聞こえない声でポツリと独り言を漏らした。
「……クレア。お前の『チャンス』は、どうやら完全に無くなったみたいだぞ……」
寂しげな親バカの呟きは、賑やかなギルドの喧騒の中に静かに消えていった。




