掃除しなきゃ
俺たちはフドーサン屋の案内で、新しい住まいとなる一軒家へと向かった。
場所は俺たちの希望通り、冒険者ギルドから歩いてすぐの好立地だ。今は急を要するクエストはないが、いつ緊急の指名依頼や重要案件が舞い込むか分からない。毎朝のクエストチェックを習慣にするつもりだったので、ギルドと自宅の往復が億劫にならない距離は絶対条件だった。
辿りついた新しい住まいは、一般的な一軒家と変わらない慎ましやかな佇まいだった。
かつてプラシアで暮らしていた我が家と同じくらいの規模だろうか。……いや、二人だけで暮らすには十分すぎる、むしろ広すぎるくらいだ。
建物自体に老朽化は見られないものの、長らく空き家だったらしく、足を踏み入れると室内はうっすらと埃っぽく、あちこちに汚れが目立っていた。だが、ちゃんと専用の台所やお風呂、お手洗いも完備されており、生活の基礎はバッチリ整っている。
(……まあ、まずはガッツリ大掃除が必要だな)
賃料は一日あたり三千ピア。十日ごとにフドーサン屋へ支払いに行くシステムらしいのだが、いちいち足を運ぶのも面倒だったので、俺はその場で百日分の三十万ピアを先払いしておいた。ちなみにこの家を丸ごと買い取るには三千万ピア必要らしい。……まあ、そんな大金はないし、一生この王都に永住するわけでもないのだから、賃貸で十分すぎる。
説明を一通り終えると、フドーサン屋の男は鍵を二つ渡して、爽やかに去っていった。
ガラリと静まり返る家の中。
……静かだ。急に二人きりになった。
(う、うわぁ……なんか無駄に緊張してきた……ッ!)
変に意識してしまう自分をごまかすため、俺は無意味に部屋の中をうろうろと歩き回った。情けない……情けなさすぎるぞ、俺。
「ルクス、お掃除の前に買い出しに行かない? 必要なものが山ほどありそうよ」
ルミナががらんとした居間を見渡しながら言った。
たしかに宿屋とは違って、ここには何も揃っていない。今夜寝るための布団もなければ、食事用の食器も、それを仕舞う食器棚すらない。うーん、これは一筋縄ではいかない大仕事になりそうだ。
「そうだね。でも、まずは掃除が先かな。埃がこんなに酷い状態じゃ、せっかく新しく買った家具や布製品がすぐに汚れちゃうよ」
「そうね……ねぇ、とりあえずギルドに行かない? ギルドで『お掃除の依頼』を出したら、一気に楽になるんじゃないかしら?」
「おー! それは名案だ! たまには良いこと言うじゃないか、ルミナ」
「なによー! 『たまには』は余計でしょー!」
ぷくっと頬を膨らませるルミナ。
だが本当に素晴らしいアイデアだ。ギルドの『F級クエスト』には、お使いや留守番、ペットの捜索や庭掃除など、生活に密着した雑用依頼が山ほど存在する。成り立ての駆け出し冒険者は、そういったF級依頼をコツコツとこなしてお金を貯め、装備を整えていくのが一般的なのだ。俺は父アルスのおかげでそのプロセスをすっ飛ばしてしまったが……。
相場より少し高めに報酬を設定すれば、すぐに人手は集まるはずだ。
◇
さっそく冒険者ギルドへ足を踏み入れると、顔馴染みの受付職員さんが向こうから慌ただしく駆け寄ってきた。
「いやぁ、ルクスさん、ルミナさん! 昨日は本当にありがとうございました! おかげさまでギルドの被害も、外壁が一枚吹き飛んだだけで済みましたよ!」
「いえ、奴らは元々俺たちを狙っていたみたいですから。むしろギルドに迷惑をかけてしまって申し訳ないです」
「滅多なことを言わないでください! あれは完全にうちのギルドマスターが悪いんですから! 余計な口を滑らせなければ戦闘にならなかったんです!」
職員さんが苦笑いしながら肩をすくめる。そう言ってもらえると実に心が軽くなる。
「たしかにそうですね。じゃあ壊れた外壁の修繕費は、全部グレイブさんの給料から天引きしておいてください」
「はははッ! ぜひそうさせていただきます! ……ところで本日はどのようなご用件で? お探しのS級クエストはあいにく届いておりませんが……」
「いえ、今日はクエストを受ける側じゃなくて『依頼を出す側』できまして。すぐ近くに家を借りたんですが、大掃除の手手が足りないので依頼を出したいんです」
「ほうほう、お掃除ですか! それならF級案件ですね。人数とご報酬はどうされますか?」
「三人で、報酬は一人あたり一万ピアでお願いします」
一般的な家屋の掃除依頼なら、相場はせいぜい三千から四千ピアといったところだ。だが、俺たちは今日中に買い出しまで終わらせたい。変に時間を無駄にしたくなかったので、即座に食いついてもらえるよう高めに設定した。
「おお、それは破格ですね! 駆け出しの若手たちが飛びつきますよ! 少々お待ちください」
職員さんは嬉しそうに頷くと、奥の控え室へと消えていった。
そして十分も経たないうちに、職員さんは三人の若者たちを連れて戻ってきた。
男の子が二人、女の子が一人のパーティーだ。全員、装備も新しく、見るからに出来立てホヤホヤの駆け出し冒険者といった風情である。
「はじめまして! 今回の依頼を受けさせていただきます、パーティーリーダーのゴンです! こっちはベネットとアンナです。よろしくお願いします!」
リーダー格の少年——ゴンが、三人で揃って深々と頭を下げた。まだ十二歳か十三歳くらいに見えるが、ハキハキとしていて実に気持ちの良い挨拶だ。
「こちらこそよろしく。依頼主のルクスです。こっちは相棒のルミナ」
「よろしくお願いしますね」
ルミナが優しく微笑みかけると、三人は一瞬息をのんだ。
「あの……差し支えなければ、おいくつなんですか?」
ルミナが興味深そうに尋ねる。
「三人とも今年で十三歳になりました! 先月冒険者登録をして、ようやくE級に昇格したばかりです!」
ゴンがハキハキと代表して答える。
「へぇ、ルクスの二つ下ね! ……いいの? 今回の依頼、F級の雑用だけど」
「もちろんです! F級にしては報酬が破格なのも凄いですけど……何より、あの憧れのルミナさんのお手伝いができるなんて夢みたいですッ!」
ゴンの目が興奮でキラキラと輝き出した。後ろに控えるベネットとアンナの二人も、まるで伝説の英雄を見るような熱い視線をルミナに注いでいる。
「え、あ……あこがれ……? わたしが……!?」
不意のファン告白に、ルミナが目を丸くしてパチクリとさせた。
「はいっ! 昨日の広場での戦い、僕たちも遠くから見ていたんです! あの超有名なS級スカルヘッズさんたちを子ども扱いしたバケモノを、ルミナさんが一撃で斬り捨てたところ……本当にかっこよかったです!」
「そ、そんな……っ! わたしなんてまだまだだよ! 本当にすごいのはルクスなんだから。私なんてルクスの足元にも及ばないよ!」
ルミナが顔を赤くしながら手を振ると、三人組みの視線が一斉に俺へと向けられた。
「「「そ、そうなんですか……!?!?」」」
ビシィッ! と伝わってくる、汚れを知らない少年少女たちの純粋無垢で眩しすぎるキラキラビーム。
(うっ……!! ま、眩しすぎる……! 擦れきった転生者の俺には視線が毒だ……ッ!)
「ま、まあまあ! とにかく今日は助かるよ。怪我のないように、仲良く掃除を終わらせよう」
「「「はいっ!! よろしくお願いしますっ!!」」」
何はともあれ、やる気と熱意に満ちあふれた良い子たちが受けてくれて良かった。
俺たちは輝く新人冒険者トリオを従え、さっそく新しい我が家の大掃除へと向かうのだった。




