それぞれの道
今日という日が楽しみすぎて、ベッドの中でゴロゴロと思いを巡らせているうちに、完全に目を冴えさせてしまっていた。
やっと強烈な眠気が訪れた頃には、窓の外から薄っすらと朝焼けの光が差し込んでいた。
ドンドンッ! ドンドンッ!
「ルクスー! 起きてるー!?」
乱暴にドアが叩かれる音で跳ね起きた。おいおい、壊れるって。
「大丈夫! 起きてる、起きてるから!」
フラフラと千鳥足でベッドから出ると、鍵を解除して扉を開けた。
「うわぁ……酷い顔。また夜更かししてたんでしょ?」
「いや……今日ルミナと街を出歩くのが楽しみで、全然寝付けなくてさ……」
寝ぼけて頭がボーっとしていたせいか、日頃なら絶対口にしないような本音をうっかり口走ってしまった。
「っ……!? そ、そ、そう! じゃあ、しょうがないわね! ご飯もできてるみたいだし、行くわよ!」
今度はルミナの方が顔を真っ赤にして照れ隠しに声を張り上げた。
昨日と同じく広大すぎる食堂に集まった四人は、メイドたちによって朝食が並べられるのを待っていた。今日はルミナもお預けを食らった犬のように大人しくお行儀よく待っている。
……それにしても、朝食の量も凄まじいな。ルミナ用だろうが、焼き立てのパンに特製スープ、綺麗なスクランブルエッグ、果ては朝からボリューム満点のお肉料理まで並んでいる。『全部食えるもんなら食ってみろ』と言わんばかりの挑戦的な盛り付けだ。
「では、揃ったようだな。頂くとしよう」
「いただきますっ!」
グレイブさんの号令と同時に、ルミナは待ってましたとばかりに朝食にかぶりつき始めた。
それからしばらくして。ルクス以外の三人が食べ終わり、ルミナだけが猛烈な勢いで食べ進めていたのだが……残り三皿というところで、ピタリと手が止まった。
「……わぁー、もうお腹いっぱい! 食べきれないや。ごめんなさい……!」
おぉ……。ルミナが食べ物を残す姿なんて、出会ってから初めて見たぞ。流石の底なし胃袋も、ガーランド家の超重厚な朝食攻勢には勝てなかったか。
「よしッ……! 勝った……!」
グレイブさんが陰で小さくガッツポーズを決めていた。一体何の勝負をしているんだか。
最後に食後のコーヒーとデザートが運ばれてくると、ルミナは何食わぬ顔でデザートのケーキをペロリと完食した。
「あれ? お腹いっぱいじゃなかったのか?」
「甘いものは別腹よ?」
涼しい顔で言い放たれた。そんな都合の良い胃袋の構造があるか!
「さて。食事も落ち着いたことだし、少し話をさせてくれ」
今まで静かにコーヒーを飲んでいたクレアさんが、真剣な表情で切り出した。
「私は今日、この街を出ようと思う。二人がこの王都を拠点にしてくれるのであれば、この町も安心だ。私は一人で旅に出て、最近各地で起きている異変の原因を探りつつ、修行し直すつもりだ。……二人を見て、私はまだまだ未熟だと痛感した。このままでは何かあった時に二人の足手まといになってしまう。……それだけは絶対に嫌なのだ」
クレアさんの眼光には、強い決意が宿っていた。
「そうか。それがいいだろう。私の保護下を離れ、誰もお前を『ランカーの娘』と知らない土地に行くことで得られる経験もあるはずだ。頑張ってきなさい」
グレイブさんも頼もしそうに頷いた。
「君たちはどうするね? 部屋は売るほど余っているから、ずっとここに居てくれても一向に構わんが……」
「お気持ちは嬉しいですが、私たちも自分たちで住む場所を探します。昨日は温かいおもてなしをありがとうございました」
ルミナがスッと立ち上がり、グレイブさんに深々と礼をした。俺もそれに倣って頭を下げる。
「そうか。一気に賑やかだった屋敷が寂しくなるが、仕方ないな。この街で困ったことがあればいつでも頼ってきなさい。力になれることは多いはずだ」
本当に温かく懐の深い人だ。これでこの国最強の男なのだから頭が上がらない。
皆がコーヒーを飲み干すと、クレアさんが俺の方へと歩み寄ってきた。
「では、私はそろそろ行くとするよ。数日間だったが楽しかった。……また会おう、ルクス」
「えぇ、頑張ってください。クレアさん」
クレアさんがすっと手を差し出してきたので、握手を交わした。
剣ダコこそあれど、意外なほど柔らかく小さな手だった。強く握りしめたら壊れてしまいそうなほどの華奢さに、彼女も一人の女性なのだと改めて実感する。
クレアさんが部屋の扉に手をかけた時、グレイブさんが不器用に手を振った。
「何かあったらすぐに戻って来いよ。ここがお前のホームなのだからな。……傷つくことがあったら帰ってこい。いつでも私が鍛え直してやる」
「……はい! いってきます!」
クレアさんも眩しい笑顔で振り返り、大きく手を振り返して屋敷を去っていった。
(……やっぱり、親子って良いものだな。そういえば父のアルスは一体今どこで何をしているんだろう。王都に来たというなら、何か手がかりがあるはずだ。今度探してみるか)
少しの静寂の後、俺も切り出した。
「じゃあ、俺たちもそろそろ失礼します」
「そうか。では、この街に何かあった時は頼むよ」
「はい。クレアさんにも任されましたからね。この街が危機に晒されるようなことがあれば、全力で守らせてもらいます。自分から打って出るような真似はしませんけどね」
俺が念を押すと、グレイブさんは「それで十分さ」と満足そうに笑った。
◇
ガーランド邸を後にして、俺たちは王都の大通りにある大きな宿屋に入った。
「すみません、今日から無期限で部屋を二つ借りたいんですけど」
受付にいた気さくそうなおばちゃんに尋ねると、
「無期限かい? う〜ん、そりゃあちょっと無理だねぇ」
「えっ? なんでですか?」
普通、長期利用の客は宿屋にとって一番ありがたいお得意様のはずなのだが。
「いやぁ申し訳ないんだけどね、あと七日もすれば『ブラン祭』っていう年に一度の国を挙げた大祭りがあるんだよ。国中からこの王都ブランに観光客や商人が押し寄せるから、予約で部屋はどこも満室さ。しかも祭りは五日間も続くんだよ。どこの宿屋に行っても断られると思うよ」
うわぁ……それは大誤算だ。祭りは楽しみだが、野宿になるのは困る。何日かグレイブさんの屋敷に頭を下げて居座らせてもらうか……と俺が悩んでいると、おばちゃんがポンと手を叩いた。
「もし長期で住む場所を探しているんなら、『フドーサン屋』に行ってみな」
「「フドーサン屋……?」」
俺とルミナの声がハモった。
「知らないかい? 家を貸したり売ったりしてくれる専門の店さ」
おぉ、そんな便利な場所があるのか!
俺たちはおばちゃんにお礼を言うと、教えてもらった『フドーサン屋』へと向かった。
ガラガラと扉を開けて店に入ると、
「いらっしゃいませ! 本日はどのようなご用件でしょうか!」
威勢の良い店員の元気な声が響いた。
「あの、初めて利用するのですが……宿屋とは何が違うんですか?」
俺が尋ねると、店員さんは親切に仕組みを教えてくれた。
宿屋は『宿の部屋』を短期間借りるものだが、フドーサン屋は『一軒家や借家』を月単位で借りるか、買い取るための媒介をする場所らしい。
プラシアのような地方都市なら空き地に大工を雇って家を建てれば済むが、人口の多い王都ブランでは勝手に家を建てられると区画が崩壊してしまうため、公的にフドーサン屋が住宅を管理しているのだという。
なるほど、よく分かった。
要するに、家を一軒まるごと借りるか買うかということだな。一生住み着くわけではないから、借りる一択だ。
「じゃあ、二軒借りたいんですが、良い物件はありますか?」
「えっ……二軒ですか? お二人なら、大きめの一軒家を一つ借りて部屋を分けた方が、賃料も半分近くに安く済みますよ?」
「「えっ!!!」」
俺とルミナは同時に声を上げた。
確かに、家を二軒借りるより一軒を二人でシェアした方が圧倒的に経済的だ。
しかし……男女が同じ家で暮らすって、それってつまり……『同棲』ってことじゃないのか!?
(どうしよう……『節約のためだ』と言って押し通すか……? いやでも、まだ正式に付き合っているわけでもないのに、年頃の女の子と二人きりで屋根の下で暮らすなんて流石にマズいんじゃ……!?)
俺の脳内で色々な葛藤が高速で駆け巡っていた、その時。
「わ、わたしは……一緒の家でも、いいよ……?」
ルミナが俺から顔を背けながら、消え入りそうな蚊の鳴くような声で呟いた。
「えっ……いいの……!?」
「っ……!」
俺が聞き返すと、ルミナは何も答えず、ただ小さくコクリと首を縦に振った。
顔は明後日の方向を向いたままだが、髪の隙間から見える耳の先まで、リンゴのように真っ赤に染まっていた。
——予期せぬ形で、ルミナとの甘い同棲生活がスタートすることになりそうだ。




