それぞれの道
今日が楽しみすぎて全然寝られなかった。やっと眠気が来たころには既に朝になってしまっていた。
「ルクス、起きてる?」
ルミナがドンドン扉を叩いている。おいおい、壊れるよ。
「大丈夫、起きてるよ」
ふらふらとベッドから出て、扉を開ける。
「うわ、眠そうな顔。また夜更かししてたんでしょ」
「いや、今日ルミナと町を出歩くのが楽しみで中々寝付けなくて……」
あっ、眠くてボーっとしていて、普段言わないようなこと喋っちゃった。
「そ、そう。じゃあしょうがないわね。ご飯できているみたいだから、行きましょ」
逆にルミナが恥ずかしそうにしている。
昨日、夕食をとった部屋で四人は朝食が並べられるのを待っていた。今日はルミナも大人しく待っている。しかし、朝食も多いな……ルミナ用だろうが、パンにご飯にスープに卵料理に朝から肉料理まである。全部食えるもんなら食ってみろといわんばかりの挑戦的な料理だ。
「では揃ったようだな。頂くとしよう」
グレイブさんがそういうとお預けを解除された犬のように朝食にかぶりつくルミナがいた。
ルミナ以外の三人が食べ終わりルミナだけがまだ食べていたが、料理が残り三皿になったころに、
「わぁー、もうお腹いっぱい。食べきれないや。ごめんなさい」
おぉ。初めてルミナが残すのを見たな。さすがにあの量は無理があったか……
「よし、勝った」
グレイブさんがガッツポーズしている。なんの勝負をしているんだか……
最後にコーヒーとデザートが出てきた。ルミナはそのデザートは普通に食べていた。
「お腹いっぱいじゃなかったの?」
と聞くと、
「甘いものは別腹よ」
と涼しい顔で言われた。そんなわけあるかい!
「さて、食事も落ち着いたとこだし、少し話をさせてくれ」
今日はここまでほとんど話してなかったクレアさんが切り出した。
「私は今日この町を出ようと思う。二人がこの町を拠点にしてくれるのであれば安心だ。私は旅に出て、最近の異常の原因を探りつつ、修行に出ようと思う。二人を見てまだまだ私は未熟だと感じた。このままでは何かあった時に足手まといになってしまう。それだけは嫌なのだ」
クレアさんの気持ちは固まっているようだった。
「そうだな、それがいい。私の下を離れ、誰もお前を俺の娘であると知らないところに行くことで得られることもあるだろう。がんばれ」
グレイブさんも応援するようだ。
「君達はどうするかね。部屋は余っているからここにいてくれてもいいが……」
「私達も自分達で住む場所は探します。昨日は泊めていただきありがとうございました」
ルミナは立ち上がり、グレイブさんに深々と礼をする。俺もルミナに合わせた。
「そうか、一気に寂しくなるが仕方あるまい。この町で困ったことがあれば言ってきなさい。力になれることも多いだろう」
ほんと優しい人だ。これでこの国最強なのだからほんと人間ができた人だ。
皆コーヒーを飲み干すと、クレアさんが俺の方を見て、
「では、私はそろそろ行くとするよ。数日間だったが楽しかったよ。また会おう」
と言って、手を出してきたので、握手して別れた。意外に柔らかい手だ。剣を振っているのでタコなどはできているが、思ったより小さく力を入れると壊れそうなくらいだった。
クレアさんが部屋を出る前に最後にグレイブさんが、
「なにかあったらすぐ戻ってこいよ。ここがお前のホームなのだから。傷つくことがあったら帰ってこい。また私が鍛えてやるから」
と言いながら手を振っていた。
クレアも大きく手を振り返して部屋を出ていった。
やっぱり親子っていいよな。アルスは一体何をしているのだろう。王都には来たはずだから手がかりはあるだろう。今度探してみるか。
少しの静寂があった後に俺が切り出した。
「じゃあそろそろ俺達もいきます」
「そうか。では町に何かあったら、宜しく頼む」
「はい。クレアさんにも任されたのでこの町が危機にさらされることがあれば全力で守らせてもらいます。自分から攻めることはしませんけどね」
俺が念を押すと、それで十分だと言ってくれた。
俺とルミナはガーランド邸を後にして宿屋に入った。
「あの、今日から無期限で二部屋借りたいんですけど」
宿屋のおばちゃんに尋ねると、
「無期限かい? それはちょっと無理だねー」
「えっ、何故ですか?」
普通、宿屋っていうものは無期限で借りてもらえると喜んで貸し出すものなのだが……
「いやぁ、ほんと申し訳ないが、七日後にブラン祭という年に一度の祭りがあるんだよ。だから、国中からブランの町に人が集まるから、予約でいっぱいなんだよ。しかも祭りは五日間。どこの宿屋も無理だと思うよ」
うわぁ、それは困った。祭りは楽しそうだが泊まる場所がないのは困る。何日間かグレイブさんにお世話になろうかと考えていたら、宿屋のおばちゃんが、
「泊まるところを探しているんだったら、フドーサン屋に行ってみな」
「「フドーサン屋?」」
「知らないのかい? 住むところを探してくれる所だよ」
おぉ、そんなところがあるのか。とりあえず行ってみよう。おばちゃんに礼を言って、教えてもらったフドーサン屋に向かった。
店に入ると、
「いらっしゃいませ、どういったご用件でしょうか」
と元気な声が響いてきた。
「あの、初めてくるんですが、宿屋とはどう違うんですか?」
と尋ねると詳しく説明してくれた。
宿屋は宿にある部屋を貸し出すものだが、フドーサン屋は家を貸し出す、もしくは売ると言う場所らしい。プラシアでは家に住みたいときは空いている土地に大工を雇い家を建ててもらえばよかったが、王都では人が多く、勝手に家を建てられてはすぐ飽和してしまうので、フドーサン屋が管理しているらしい。
なるほど。よくわかった。宿屋は部屋を借りるのに対して、フドーサン屋は家を借りるか、買うかってことだな。よし、じゃあ早速借りよう。一生住むわけでもないから買う必要はないな。
「じゃあ二軒借りたいんですが良い所ありますか?」
「えっ、二軒ですか? お二人なら一つ借りれば部屋も沢山ありますし、お金も安く済みますよ?」
「「えっ!」」
ルミナと二人して驚いた。たしかに安く済むだろう。宿屋よりも一泊当たりの値段は結構違うはずだ。しかし、一緒の家に済むってことは同棲じゃないのか? いや同棲で間違いない。どうしよう……節約といって押し通すか? いや、まだ付き合っている訳じゃないし、やっぱり女性と二人っきりはマズイか? と様々なことを考えていると、
「わ、わたしは一緒でもいいよ?」
ルミナは俺から顔を反らしながら小さな声でそう言った。
「えっいいの?」
と聞き返すと、何も答えずただ首をコクリと縦に振った。顔は反らしたままだが、耳は真っ赤になっていた。
予期せぬことで、同棲生活が始まるようです。