ハッピータイム
翌日、最後にアメリアとの昼食をとりギルドへ向かった。クレアさんはギルドの入り口に仁王立ちで待っていた。さすがに威圧感あるな。
「「宜しくお願いします」」
と二人で揃って挨拶した。
「うん、こちらこそ宜しくたのむ」
国が用意したという馬車で王都ブランへ向かった。以前サンドラへ向かった馬車とは大違いで、揺れも少なく、中も広い。アルスもいないし快適な旅になりそうだ。あ、アルスと言えば……
「そういえばクレアさん、アルスって名前、聞いたことあります?」
「アルス……アルス・ローウェル王子のことか?」
王子! ものすごい人違いだ。
「いえいえ、私の父親なのですが、王都へ行ったきり戻ってこないので知っているかなと思いまして」
「そうか、役に立てなくて済まなかったな」
しかし、アルス・ローウェル王子か……一度会ってみたいものだな。バカじゃなきゃいいけど。
王都ブランまでは約三泊かかるようだ。途中一日は近くの町に寄るらしいが残りの二日は野宿になるようだ。
初日は特に何事も起こることなく移動できた。夜になったので、馬車を止めて休むことにした。
「ねぇ、ルクス。お腹へったよ」
移動中は途中で町や村がない限り、ボックスに入っている保存食か動物を狩って料理したり、果物や野草を食べるしかない。ボックスにはナマモノも入れることもできるのだが、ボックスの中はあまり良い環境とはいえず、生だとすぐに腐ってしまうのだ。今日は道中に特に食べられそうな動物もいなかった為、保存食で我慢しようとなっていた。
「しょうがないなぁ。何が食べたいんだ」
「いのしし!」
「ほんと好きだな。ちょっと待ってろ」
「サーチ【猪】」
「おっ、いたいた。ちょっと遠いな、狩ってくるからここで待ってて」
俺は全力で猪の元に走った。
【サーチ】は近くにあるものを検索できる魔法だ。俺にとっては便利な魔法だが、普通の冒険者はあまり使わない。検索範囲が狭いのだ。保有魔力により検索範囲が決まるのだか、ルミナでも三十メートル程と狭いのだ。しかし、俺は軽く一キロ以上は検索できる。それでもサーチは万能でない。
魔力を持った生き物は検索できない。人は誰でもわずかながら魔力を持っているので人探しには向かないし、B級以上は魔物が相手となるので、クエストでも使えない。
実はこの魔法、最近アメリアに教えてもらったのだ。爪切りが無いと言いだしてサーチを使っていた。確かに主婦にはすごく便利な魔法なんだろうな。ちなみに爪切りは、ルミナの部屋からでてきた。ちゃんと元に戻しなさいと怒られていたな。
俺は猪をあっさり捕まえ戻った。
「ありがとう、ルクス」
と言いながら、ルミナは猪を焼くための落ち葉や枝を集めていた。
「では私は猪をさばくとしよう」
クレアは手際よく猪の肉を切り分けていった。
やることがなくなった。猪捕まえたから、おとなしく待っていていいのかな。と思っていたら、
「ルクス、なんか付け合わせの野菜とかないかな?」
「はい、はい」
全く人使いが荒い女の子だ。
皆の頑張りで猪のステーキとサラダができあがった。ルクスの目の前には肉の塊が置いてある。ルミナに料理を任せると基本ステーキになる。これが一番肉を感じられるらしい。肉を感じるってなんだよ……
「クレアさんは猪とか野生の肉は好きなんですか?」
「いやあまり好きではないが、冒険者をしている以上好き嫌いはできないからな。それに保存食ばかり食べるよりはいくらかましかな」
さすがはS級冒険者だ。食べ物に対してわがままを言ったりしない。
俺は半分くらい食べたところでギブアップした。すると余った肉はいつも通りルミナが食べてくれた。
「じゃあそろそろ寝るとしよう」
クレアはボックスからテントを取り出す。一般的なものとは違い豪華なテントだ。
「君たちもこのテントを使うといい。これは特別な結界が張ってあり、弱い魔物や動物は近づけない」
と言いながら俺とルミナ用に二つのテントを出した。
「あっ、俺たち一つでいいです」
ルミナは未だに外では一人で寝られないのだ。なので、泊まりがけのクエストの際はいつも二人で寝ていた。それを俺はハッピータイムと勝手に名付けていた。まぁ特になにかするわけでもないのだが、一緒に寝られるだけで嬉しかった。
「あぁ、君たちはやっぱりそのような関係なのだな。すまん、すまん」
「いやー恋人とかではないんですけど、ルミナは一人で寝られなくて……」
足をガッっと蹴られた。ルミナがそんなこと言うな、と言わんばかりに睨んでいる。こわっ!
「なるほど……いくら強くても女の子なのだな。よし、それなら私が一緒に寝てあげよう」
「えっ!」
「恋人同士でもないのに、男女が同じテントで寝るのはまずいだろ。遠慮するな」
「じゃ、じゃあお願いします」
ルミナはチラチラと俺の方を見ながら、クレアのテントに入っていった。
「なっ、なんてことをしてくれるんだぁぁぁぁぁ! 旅の一番の楽しみを! 俺のハッピータイムを返してくれぇぇぇぇぇ! 大事な女の子を襲ったりするわけないじゃないか!』
っと、言えるわけもなく心の中で叫んだ。