いま旅立ちのとき
ルミナが今はお腹いっぱいで動けないというので、三時間後に闘技場に待ち合わせという事になった。とりあえず一旦家に帰り休んでいるとルミナがいつもの普段着に着がえて心配そうに俺の部屋を訪ねてきた。
「ルクス、私大丈夫かな? さっきはS級の人と立ち会えるからって喜んじゃったけど、認めてもらえなかったら一緒にいけないよ……心配になってきた……」
ルミナはベッドにちょこんと座り、暗い声で漏らした。
「安心しろよ、ルミナ。普通にやればS級ぐらいの力はあるんだから大丈夫だよ。いつも見ている俺が保証するよ」
クレアさんがどれくらい強いかは分からない。実際この世界のS級冒険者には今まで会ったことがないのでS級の基準が分からないのだ。しかしA級のゴランの動きを見る限り、ルミナはあれより下のレベルであるわけがない。たぶん戦えば圧倒的に勝てるはずだ。だから安心もしていたし、もしかしたらクレアさんを倒してしまうのではという期待もあった。
「そっかぁ、じゃあ一生懸命がんばるね。元気出た。ありがとうルクス」
ルミナはいつもの明るい元気なルミナに戻っていた。
「おう」
約束の時間になり闘技場へ着いたが、クレアさんの姿はなかった。
「まだ来てないみたいだな」
「そうだね、じゃあ少し動きたいからいつもみたいに手伝ってよ」
「あぁいいよ」
ボックスから木刀を二本取りだし、模擬戦を行うことにした。クエストがない日はこうやって二人で実践形式の模擬戦をして対人戦の練習をしてきたのだ。
「よし、じゃあ本気できていいよ」
「わかった。今日こそ一撃当ててやるんだから。いくわよ」
目にもとまらぬ速さで俺の懐に潜り込み、木刀を横に払う。速くて重そうな一撃だ。常人が食らえば木刀といえども絶命しかねない。それに反応し木刀を縦にして受ける。しかしルミナの攻撃はこれでは終わらない。次々に剣を振るい俺はそれをいなした。そのスピードはまさに突風が吹き荒れるような連続攻撃だ。それが白の疾風と呼ばれる所以である。最後にはその場で横に一回転しつつ勢いをつけて木刀を振るった。それも止めたが、木刀が半分に折れてしまった。ルミナの木刀もまた半分に折れている。
「これまでだな」
「そうね。今日も当たらなかったなぁ」
「いやいや、最後の攻撃なんて当たったらケガじゃすまないって」
「ルクスなら大丈夫だよ」
大丈夫かもしれないけど、きっと痛いんだろうなぁ。
「なんなの、あの子達……」
クレアは闘技場の入り口の陰から二人の戦いを見ていた。ルクスが強いことはゴランとの決闘ですでに分かっていた。ただ強さの底が全く見えなかった。それは父と対峙した時と同じだった。自分の力では相手の力が巨大過ぎて想像もできない。もしかしたらルクスは父並みに強いのかも、いや勝ってしまうかもしれないとまで思った。
それよりもあの女の子である。あの女の子の実力はしっかり計ることができた。あの早さ、あの剣技、あの身のこなし、どれをとってもA級の実力ではない。A級どころか、史上最年少でS級になった私とも互角かもしれない。いやスピードではきっと勝てないかもしれない。しかし経験と技術は勝っているはず。だが本気でやり合えばきっと互いに大きな傷を残すだろう。ならば今戦う必要はない……
パチパチパチパチ
クレアさんがゆっくり拍手をしながらの俺達の元に歩いてきた。
「二人の模擬戦しっかり見させてもらったよ。素晴らしい動きだった。あれだけの戦いができるなら、私と戦う必要もないだろう。合格だ。一緒に王都へ行こう」
「えっ、いいんですか。やったぁ」
ルミナは王都へ行けることに喜んで一人で万歳していた。俺としては二人の戦いを見たかったのだが…まぁ戦っていたら大きな怪我を負ったかもしれないし。これでよかったのかな。
「よし、そうと決まれば明日には一緒に出発しよう。わざわざここまで来た意味があったな。A級同士の決闘というから、戦力になるかと思ったがまさかS級以上の戦力が揃うとは。まぁ高いスカウト料はかかったが……」
クレアがちらっとルミナの方を見るとビクッと体を震わせ、
「頑張らせていただきます」
と申し訳なさそうにしていた。
しかし俺達にはもう一つやっておかないといけないことがある。
「ちょっと待ってください。一応母の許可をいただかないといけないので、正式な返事は明日という事でお願いします」
俺とルミナがプラシアを離れると母を一人残してしまうことになる。もし嫌と言われるなら簡単に王都に行くわけにはいかない。
「そうか、わかった。では明日の正午ギルドで待っている」
「わかりました、ではまた明日返事をします」
クレアと別れ、すぐ家に帰った。
「「ただいま」」
「おかえりルクス、ルミナ。ご飯できているわよ」
いつも通り三人で食べるはずの食卓に六人分ぐらいの料理が並んでいる。もちろん多い三人分はルミナの分だ。マルシェで食べた高級料理も確かにおいしかったが、母の味というのもやはり格別なものだ。王都へ行くとこの味が食べられなくなると思うと少し悲しくなった。
夕食を食べ終わりコーヒーを飲んで一息ついている所であの話をきり出した。
「あの、お母さん……少し話があるんだけど」
「なに? 急に神妙になっちゃって」
「明日から王都へ行こうと思うんだ。国や同盟国が魔物に襲われているから助けにいきたいんだ。駄目かな……」
「そう。気をつけていってらっしゃい」
あれ? なんか想像していた展開と違うぞ。ここは「お父さんみたいに出ていくの?』とか「寂しくなるから行かないで』とか「まだ早いから家にいなさい』とかを想像していたんだけど……
「お母さん、いいの? 寂しくないの?」
「まぁ寂しくはなるけど、あなたはもう立派な大人で冒険者よ。自分の道は自分で決めなさい。ルミナも一緒に行くのよね。しっかり守ってあげなさいよ」
さすがは元A級冒険者だ。自分も過去に同じような事があったのだろう。
「あっ、王都でお父さんに会ったら、いい加減早く戻ってきなさいって伝えてね。あと、あなた達が結婚するときにはちゃんと報告にくるのよ」
ルミナはびっくりして飲んでいたコーヒーでゴホゴホむせている。俺も動揺を隠しきれず、
「な、何言ってるのさ、お母さん。付き合っているわけでもないのに結婚とかあるわけないじゃん」
と慌てて否定した。
「はいはい。じゃあ楽しみに待っているから、頑張ってきなさい。危険も多いと思うけど絶対に親より先に死ぬんじゃないよ。まぁルクスなら心配ないか」
「うん、わかったよ。ありがとう」
自分の部屋に戻り、明日の準備をしているとコンコンと誰かがノックしてきた。
「ルミナだけどちょっといい?」
え……こんな時間になんだろう……夜に俺の部屋に来るなんて珍しいな。
「うん、大丈夫だよ」
ガチャと扉が開き、寝間着姿のルミナがゆっくり部屋に入ってきた。
「ごめんね、こんな時間に」
「いや全然大丈夫だけど、どうしたの?」
大丈夫といいながらも俺の胸は大きく脈打っていた。もしかして……
「えっと、明日にはこの家を出ちゃうから最後にお礼が言いたくて」
「え? お礼?」
「うん、そう。お礼。さっきアメリアさんには言ってきたんだけど、やっぱりルクスにも言わなきゃなって」
これは真面目な話だなと察して、心を落ち着かせてルミナと向き合った。
「あのさ、出会った時のこと覚えている?」
「もちろん。お父さんとクエストに行こうとしていたら、いきなり後ろから女の子に声かけられたんだよ。一緒に連れて行けって」
「行けなんて言ってないよ。連れて行って下さいってお願いしたの。それなのに戦いでは迷惑ばかりかけて、足手まといで、何度ももう死んじゃうって思ったけど、その度ルクスとアルスさんが助けてくれて……最後にはルクスがすごい魔法使って倒してくれたね」
「そうだったっけ。ルミナも頑張っていたよ?」
ルミナは首を大きく横にふっている。
「私は空回っていただけ。あの日まで誰にも負けたことが無くて調子に乗っていたのかな。でもあなたを見て私なんかまだまだちっぽけだって思えた。あなたに少しでも近づきたいって思ったの。今の私があるのはルクスのおかげだよ。出会わなかったらこんなに成長できてなかったと思う」
ルミナは少し早口になってきたのを落ち着かせるように、深呼吸して再び話し始めた。
「それに私、不安だった。お父さんの仇を討てたのはいいけど一人で生きていけるのかって……そんな時ルクスの家族が私を受け入れてくれた。あの時ほんとに私は救われたんだよ。今ではみんな本当の家族だって思えるの」
ルミナの頬に一粒の涙が流れる。
なにこの雰囲気……途轍もなくいい雰囲気じゃないのか……いくべきなのか……
「だから、本当にありがとう。それとこれからも宜しくお願いします」
と涙を流しながらも笑顔で足早に部屋を出ていってしまった。
「あっ……」
チャンスを逃してしまい、出ていったドアをずっと見つめるのであった。涙を流すルミナを抱きしめる勇気が今の俺にはなかった。