決闘
「えっ、なんか言った?」
「いえ、何も言ってないです」
「変なルクス」
何をやっているんだ、俺……と呟きながら今回のクエストの報告をする為にギルドへ向かった。
「シャルルちゃん、こんばんわ」
「ルクスさん、何度言えばわかるんですか。シャルルさんです」
シャルルちゃんは三年経っても見た目は全く変化がなかった。相変わらず小さくて可愛いままだ。だから十九歳でありながらプラシアの冒険者達から未だにちゃん付けで呼ばれている。
「もう、いい加減シャルルさんと呼んであげなさいよ。ごめんなさい、シャルルさん」
「いえいえ、いいんですよ。もう慣れました」
この三年でこの二人は随分仲良くなった。最初出会った頃は何故かギスギスしていたものだが、いつしかルミナはお姉さんとしてシャルルちゃんを頼るようになっていた。二人が話しているのを見ると、ルミナの方がお姉さんに見えなくもないのだが。
「今日はジャイアントタイガーの討伐でしたね。見た感じ今日も問題なく達成できたようですね」
「まぁね」
俺が腕を組んで得意気に返事をすると、ルミナに軽く頭を叩かれた。
「今日ルクスはサボっていただけでしょう。倒したのは私です」
「はいはい、そうでしたね。ルミナさんのお陰です」
「わかればよろしい」
と言ってルミナも俺の真似をして腕を組んで偉そうにしている。
シャルルちゃんから報酬を受け取って、ギルド内にある食堂で夕食をとることにした。今日の献立は魚の塩焼きだ。ルミナも同じものを食べているが、俺が一匹であるのに三匹も皿にのっている。白米も自分の茶碗の三倍はあろうどんぶりにてんこ盛りにしてある。もう毎日のことでその光景にも慣れたものだが、よくそんな食って今の体型を維持できるものだ。幸せそうに食べるルミナを見ていると、後ろから誰かが話しかけてきた。
「よう、疾風迅雷のお二人さんじゃねぇか」
「なんだよ、ゴラン」
大柄でスキンヘッドの顔の厳つい男だ。三十代にも見えるがまだ二十歳になったばかりらしい。しかし冒険者であり、なんとランクはA級である。ルミナを気に入っており、自分のパーティーに入れたがっているようだ。なので、いつも一緒にいる俺に対しちょいちょい絡んでくるのだ。いつもは軽く流して収めるのだが、いい加減面倒くさいと思ってきた。
「なんだよじゃねぇよ、それに呼び捨てにすんじゃねぇ。大分年下のくせに生意気だな。その年でA級だからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ」
「はいはい、すいませんでした。ゴランさん」
と今日も軽く流そうとしていた。
「ふん、腰抜けが。なぁ、ルミナ。こんな奴ほっといて俺達とクエスト行こうぜ。腰抜けに合わせてクエストにいくのは飽きただろ」
と言いながら、ルミナの横の席に座る。
「ルクスは腰抜けじゃないわ。それに私は今のパーティーに満足しているから、あなたのパーティーに入る気はありません」
ルミナは凍り付くような冷たい視線で言い放った。
「こんな奴のどこがいいんだか。なぁ一回でいいから、一緒にクエスト行こうぜ。俺の強さを見せてやるからさぁ」
と言いながら、ルミナの肩に手を回し抱き寄せた。
「おい! その汚い手をどけろ」
机を叩き、立ち上がる。ゴランがルミナにふれた瞬間耐え難い怒りが込み上げた。
「あぁん? 誰に向かっていってやがる」
「お前だよ、ゴラン。お前こそA級だからって調子乗っているんじゃないのか」
俺はゴランを睨みつけ指をさす。ギルド内がシンと静まる。
ルミナも俺の言葉に驚いているようだった。
「おい、ルクス。もう後には引けないぞ。今までは年下だから多目に見てやっていたが、もう我慢できねぇ。決闘だ。まさか逃げねぇよな、腰抜けちゃん」
「こっちのセリフだよ。その決闘受けてやる」
同じギルドの冒険者同士で戦うことはギルドにより禁止されている。もし戦ってしまえばランクの降格、厳しければ冒険者としての資格を取り消される事もある。しかし荒れくれ者の多い冒険者だ。問題はちょこちょこ起こる。今回のように。
そうした時の為に、決闘制度が作られた。ギルドが審判として管理し、決闘を行う。またその決闘は闘技場で行われ観客も入る。その収益はギルドの収入となる為、ギルドも喜んで受けるのだ。
決闘を行う為の書類にサインして、シャルルちゃんに提出した。
「ほんとにいいんですか? ルクスさん。ゴランさんは強いですよ。近いうちにS級にもなれるだろうって言われています。本当に大丈夫なんですか?」
シャルルちゃんは日頃から冒険者が受けるクエストを管理している。ゴランが受けるクエストからだいたいの力が分かるのだろう。
「たぶん大丈夫だよ。あんなのには負けたくないし、頑張るよ」
「そうですか。無理しないで下さいね」
そう言ってシャルルちゃんは決闘の手続きを進め始めた。
「ではルクスさん、決闘は三日後の正午になります」
「ありがとう、シャルルちゃん」
「もう、またぁ」
「ごめん、ごめん」
手続きが終わると、ルミナが待っているテーブルに戻った。
「ごめんな、ご飯冷めちゃったな」
「ううん、いいんだけど……どうしてあんなこと言ったの? いつもみたいに無視すればよかったのに」
「いや……ルミナの肩をあいつが抱き寄せたんで……ちょっとイラっとして……」
「ふぅん、そっか……ありがとね、ルクス。守ってくれたんだね。私もあれは嫌だったんだ」
ルミナは嬉しげに顔を歪めている。
「でも大丈夫? ゴランさんはあれでもA級だよ。ルクスが同じA級に負けるとは思わないけど、あんまり手加減もできないでしょ。力はあまり見せたくないんじゃ……」
「いやぁ大丈夫だろ。もはや黒の迅雷って二つ名が付いてしまっている時点である程度強いっては思われているだろうし。ゴランがそんなに強くなかったってなるんじゃないかな」
「そうかもね。私としてはみんなにルクスは強いってこと知ってもらいたいんだけどな……」
「まぁ少なくともゴランよりも強いってことは証明してくるよ。あいつには普段からのイライラもつもり積もっていることだし。観客の前で恥をかかせてやる」
「ゴランさんに少し同情するよ……」
そして残っている食事を片付け、ギルドをあとにした。
決闘前日、プラシアの町は俺とゴランの話題でもちきりだった。下のランクでの決闘が多いプラシアではA級同士の決闘というだけで観戦チケットは完売となるのに、今回は将来有望な若手同士。
S級冒険者間近と言われているゴランと若干十五歳ながら数々のA級クエストをこなし黒の迅雷という二つ名を持ち、未だに実力が未知数な男の決闘。プラシアは大いに盛り上がっていた。
「なんかすごい事になっているね」
「うん。まさかここまで大きくなるなんて……」
俺達は町を歩いているだけで、多くの人から声をかけられていた。サインを求めてくる人もいた。いつもお世話になっている武器屋に行くのに倍の時間がかかってしまった。
「すいません。頼んでいた武器できました?」
「おぅ、お坊ちゃんか。できているぞ、ちょっと待っていろ」
決闘が決まった後、武器屋に行き、ある武器を作ってもらうように依頼しておいた。
「しかしほんとこんな武器でいいのか? 相手はゴランだろ。強いぞ」
武器屋の店主も心配してくれているようだ。
「大丈夫ですよ。心配しないでください」
「俺が心配しているのはお前さんが再起不能になって、頼んでいた依頼が達成されないことなんだがな」
と言って大声で笑っている。
「まぁ冗談はさておき、死ぬなよ。お前はまだ十五歳なんだ。まだ先は長い。絶対無理するなよ」
「だから大丈夫だって。でもありがとうございます」
新しくできた武器を受け取り、明日の決闘に備えることにした。




