クレーマーアルス
「ちょっとお父さん、落ち着いてよ!」
「俺は至って冷静だ」
「全然落ち着いてないよ! 王宮に乗り込むなんて、本気で国家指名手配の犯罪者にでもなる気!?」
突如として始まった俺とアルスの押し問答に、隣のルミナも「あわわ」と手を口元に当てて困惑している。
「いやいや、俺は今回の件について、ちょっと国王の親父さんに文句を言ってやろうってだけだ」
「だから『いやいや』なのはそっちだっての!」
思わずツッコミの口調も荒くなる。
いくら辺境の小国とはいえ相手は一国の王だ。この世界にも厳格な身分制度――王族や貴族が存在する。平民である冒険者が貴族に直接文句を言うなんて、聞いたこともない。万が一そんな無礼を働けば、最悪は即刻打ち首、良くても奴隷に身を落とされるのがオチだ。
貴族相手ですらこれなのに、今回はその頂点たる『王族』に突撃するという。……バカなのだろうか、この親父は。
「まあまあ……今日はもう遅いし、宿に戻ってご飯を食べて寝よう? 一日中砂埃を浴びて疲れたよ」
「むっ……そうだな。言われてみれば腹が減った。よし、王宮乗り込みは明日に変更だ!」
……時間を置けばこのヒートアップした頭も冷えるだろう。この年でお尋ね者の逃亡生活なんて勘弁してくれよ、アルス……。
宿に着いた俺たちは、まずは部屋の確保へと向かった。
十三歳とはいえ、ルミナは立派な女の子だ。年相応のプライバシーには配慮して二人部屋と一人部屋の計二部屋を確保。さらに砂漠の過酷な泥と汗を流すため、風呂付きのプランをチョイスした。
しかし、乾燥地帯ゆえに水のコストが高いらしく、一泊食事付きで三万ピアという跳ね上がった宿泊費だった(一般的な相場は一泊五千ピアほどだ)。これで「特別に勉強しておきました」というのだから恐ろしい。
まあ、今の俺たちはお金に困っていないから問題ないが。
先ほどのゴーレム討伐の報酬は三人で均等に山分けし、一人あたり四十万ピアという大金を手に入れていた。この街へ来る途中に討伐した盗賊の懸賞金が二人で五十万ピアだったことを考えれば、ギルド側がかなり色を付けてくれた形だ。
一瞬は遠慮したものの、「国を救ってくれたお礼と、適正な難易度を設定できなかったギルドのお詫びです」と頭を下げられれば、受け取らない方が野暮というものだろう。
ルミナもこれから装備を揃えたりとお金が必要だろうし、俺もボロボロに砕けた新しい装備を買わなきゃいけない。
それぞれの部屋の風呂で汗を流してサッパリした後、俺たちは一階の食堂で待ち合わせをした。
今日の過酷な戦いを労うご褒美として、夕食は豪華な『砂漠羊の炭火焼肉』に決定! 飲み物は流石に未成年なので酒ではなく、果汁一〇〇%の最高級『マンゴンジュース』だ。
アルスも「うまい、うまい!」と豪快に肉を口へ運び、一心不乱に噛みしめている。どうやら美味しい飯で機嫌が直ったらしい。たしかに肉の脂と甘酸っぱいマンゴンの組み合わせは飛ぶほど美味い。
ふと隣を見ると、ルミナもものすごい勢いで肉を口に運んでいた。
……いや待て、一番食べていないか? 少なくともアルスの倍以上のスピードでお代わりを重ねているぞ。少女の華奢な体のどこにそんな大量の肉が入っていくんだ……?
お腹一杯食べて部屋に戻ると、一気に緊張が解けたのか猛烈な眠気が襲ってきた。
アルスも同じらしく、ベッドに倒れ込むようにして横になる。
「おやすみ、お父さん」
「おやすみ、ルクス……」
「……お父さん。明日、絶対に王宮へ乗り込んだらダメだからね?」
「っ……!?」
布団の中で、アルスの体がビクッと跳ねたのを見逃さなかった。
明日は朝一番で全力で引き止めないと……そんな策略を練りながら、俺は深い眠りへと落ちていった。
◇
「……ふぁぁ、よく寝たぁ」
眩しい朝日目を覚ます。少々寝過ぎてしまったようだ。
ふと隣のベッドへ目をやると、アルスの姿がなかった。食事にでも行ったのだろうか。起こしてくれればいいのに。いや……まさかね。。
身支度を整えると、俺は隣の部屋に泊まっているルミナの扉をトントンとノックした。
「ルクスだけど、起きてる?」
『えっ!? あ、は、ちょっと待ってくださいね!』
室内からドタバタと慌ただしい足音が響く。少しして静かになると、
『どうぞ〜!』と可愛らしい声が返ってきた。
「失礼します。おはようルミナ」
「おはようございます、ルクスくん! 昨日は本当にありがとうございました」
扉を開けると、パタパタと駆け寄ってきたルミナがペコリと深く頭を下げた。
慌てて着替えたのだろう、ベッドの上に可愛らしいパジャマらしき衣類が脱ぎ捨てられている。……パジャマ姿も少し見てみたかったな。
「昨日のことはいいって。もう仲間なんだから。あ、それと……俺の方が年下なんだから、敬語もやめてね? 俺もルミナにタメ口で話すし」
「えっ……うん! わかったわ! これからよろしくね、ルクス!」
パッと咲くような満面の笑顔。不覚にもその可憐さにド直球で魅了されてしまった。
顔が赤くなっていないかを誤魔化しつつ、俺は尋ねた。
「ところで、お父さん見かけなかった?」
「ううん、今日はまだ会っていないわ」
やっぱり一階の食堂かな。
「ルミナ、お昼まだでしょ? 一緒にいかない?」
「うんっ! 食べる食べる!」
心底嬉しそうに目を輝かせるルミナ。やっぱり食べるのが大好きなんだな。
アルスを探すついでに、二人で一階へ降りることにした。
だが、広い食堂を見渡してもアルスの姿はない。一体どこへ行ったんだ……?
仕方が無いので二人で昼食を取ることにした。俺は無難な『肉野菜炒め定食』を注文したのだが……ルミナのテーブルには、漫画のような山盛りどんぶり飯と、俺の三倍はあろうかという巨大な肉野菜炒めが運ばれてきた。
昨晩の焼肉の時から薄々察してはいたのだが……。
「ルミナって……もしかして、かなりの大食い?」
「えっ!? そ、そうなのかな……? お父さんはもっと食べていたから、普通だと思ってたんだけど……ダメかな?」
上目遣いで不安そうに尋ねてくるルミナ。
「いやいや! 全然ダメじゃないよ! むしろ俺は、ご飯を美味しそうにたくさん食べる女の子の方が好きだな」
「ふふ、良かった〜!」
ホッとしたルミナは、どんぶりを片手に嬉しそうにバクバクとご飯をかき込み始めた。
……『お父さんはもっと食べていた』か。大食いって遺伝するんだな……。
二人生き生きと食後のお茶を飲みながら雑談を交わしていると、バシャーンッ! と勢いよく食堂の扉が開かれた。
視線を向けると、そこには爽やかな汗をかいたアルスが立っていた。
「ルクス、ルミナ! おはよう〜!」
何事もなかったかのように俺たちのテーブルへドカッと腰掛け、元気よく大声で挨拶してくる。
「おはようお父さん。……朝からどこ行ってたの?」
「え? あ、いや〜、ちょっと朝の散歩にね……?」
アルスの泳ぎまくる目線。怪しい。いや、確実に真っ黒だ!!
「お父さん。嘘をつくお父さんは嫌いです」
俺がジト目で威圧しながら問い詰めると、アルスは観念したように頭をかいた。
「……ちょっと王宮までお散歩に……」
「やっぱり行ってたのかぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
「落ち着けルクス! 大丈夫だ! ちょっと『お話』をしたら、向こうも理解してくれてさ。ちゃんと誠意ある謝礼をくれたんだぞ!」
アルスは自慢気に、ズッシリと重い革袋をテーブルにドンッと置いた。
おいおい……中身を覗かなくてもわかる。これ、三百万ピア以上入ってるだろ……!
「これは昨日のゴーレム討伐の正式な『追加謝礼』だ! みんなで分けようぜ。S級討伐としては並みだが、A級だと思えば大金だ!」
「……俺、いらない」
「私も……結構です」
俺とルミナは、一切の迷いなく首を横に振った。
「えぇぇッ!? なんでだよ!?」
「当たり前でしょ! そんな怪しいお金受け取れるわけないよ!」
いくら小さな国とはいえ、一国の王が平民の冒険者に素直に謝るはずがない。しかも予算をケチってC級指定した国が、自発的に三百万ピアもの大金を差し出すわけがないのだ。犯罪者になるならアルス一人でなってもらおう。
「お父さん、正直に言いなさい。脅し取ったの? それとも盗んだの? 今なら自首すれば罪が軽くなるよ?」
「信じてくれよー! ほんとに『話し合って』納得してもらったんだって!」
必死な顔を見る限り、嘘をついているようには見えない。……まさか本当に話し合えば分かる「いい王様」だったのだろうか?
「……分かりました。とりあえずお父さんの言葉を信じます。でも、そのお金は全部この国の復興のために使います」
「えっ!? ぜ、全部……!?」
「そう、全部。そもそもあのゴーレムを倒したのは誰ですか? 誰かさんは途中でお昼寝していましたよね?」
「うっ……! わ、わかりましたよ……持ってけ泥棒ぉぉ……!」
名残惜しそうに金の袋を見つめるアルスから袋を引ったくると、俺はルミナに向き直った。
「これでいいよね、ルミナ?」
「うんっ、完璧な使い道だと思うわ!」
俺たちはそのままギルドへ向かい、受け取った三百万ピアを全額職員へ手渡した。ゴーレムに破壊された街の修繕費、そして今回の件で亡くなった父親たち冒険者の遺族への見舞金に充てるよう指示を出した。
「あ、ありがたや……本当に、ありがとうございます……っ!」
ギルド職員はボロボロと涙を流し、何度も何度も頭を下げていた。感謝の勢いが凄すぎて汗が飛んできそうだった。
こうしてサンドラでの騒動を完全に解決した俺たちは、乗り合いの馬車を手配し、プラシアに向けて出発した。
……ん? 何か大事なことを忘れている気がするような……?
首をかしげつつも、まあいいかと馬車の揺れに身を任せる俺だった。




