No.59 珍獣姫と宰相補佐~動き出した心
<ベルーナside>
ノル様の仕事を補佐しながら考えるのは、昨日のこと。
空色のドレスを翻して、暗殺者を的確に攻めていく姿。
動きと共に揺れる青銀の髪と、キラキラとこぼれる魔力。
控えめな美少女の行動力と、優しい心のアンバランスさに驚きと疑問が浮かんだ。
彼女は第二王子と公爵家次男の婚約者の尊き身でありながら、本人は守る側に立つと宣言したから。
『私は!……どんな場面だろうと、同じ行動をします!その相手が誰だろうと。ただ守られるだけの珍獣に、何の価値がありますか?』
真っ直ぐに言った彼女。
痛ましいまでの本音だろう。
十年間、そう生きてきたと。
他の生き方なんて知らない。
そう言って、金色の瞳にうっすら涙を浮かべた彼女を見て……正直、綺麗すぎて僕はクラっときていた。
『私は……父様やお兄様、筆頭達がいました。私は決して不幸ではありません!』
真実の叫び。
ティア様は、本心でそう思っているんだと、すぐに分かった。
多くを望まないティア様だからこそ、出た言葉なんだと。
無いものを嘆くより、在るもの大切に腕に抱き締めて。
必死に守ろうとしている。
事実、今まで守ってきたんだろう。
なんて、希有なお姫様なんだろうか。
僕がその中に入れたら……なんて、無意識に考えて自嘲する。
愚かにも゛ディアティア゛と言う、月の灯りにも似た綺麗で優しい少女を抱き締めたいと思ってしまった。
自分は不幸ではないと言えるティア様が、僕には眩しすぎるから惹かれる。
でも、サンエーリ様やリーフ殿が現れて、ティア様を腕に抱き上げた時。
ふっと胸に燻る何かがあって……今もそれを持て余している。
ジリジリ胸を焦がす何か……。
「ベルーナ……ティアに会いに行ってこい
」
「何故です?」
「書類が逆さまだ。それに、昨日は妹君のお礼が言えてないだろう?誤解されたままなのも、アレだしな」
目をすがめた自分に、ノル様は呆れた顔で肩を竦める。
コホンッと、咳払いで恥ずかしさを飲み込む。
確かに、ルルーのお礼は言えてない。
あの暗殺者は、結局誰の命令かは頑として言わなかった。
まぁ、公爵家の家督をつぐルルーとその旦那達を葬りたかったのは想像に容易い。
養子の僕にまで暗殺者が向けられる事があるんだから、正当なキートス家の継承者のルルーはうちが邪魔な人間に狙われる。
まだ十六歳のルルーが家督を継ぐのは、一応十八歳になってからって事になっている。
何にしても、父上は元気溌剌の美中年で、仕事以外は母上や僕達を構いたがるまだまだ公私供に現役だ。
宰相と公爵家の仕事をそつなくこなす、陛下いわく化け物らしい父上が、今回の暗殺者をみすみす逃がすなんて考えられないが。
「浸っている所悪いが、行くだろ?行くなら、コレを渡して来てくれ」
ノル様が渡してきたのは、月の形のブローチ。
小さな水晶が月を飾る。
月の石は、ノル様の魔力で込められた魔石だ。
綺麗な黄色の魔石。
それを箱にしまうと、俺の手にそっと乗せる。
「ベルーナ、否とは言わせないぞ。さっさとティアと会って、スッキリさせてこい。俺からの命令だ。このブローチを、この前の謝罪だと伝えてくれ」
何をとは言わないのがノル様らしい。
僕はノル様が主で恵まれている。
僕は頭を下げて囁く。
「御意に。行って参ります」
「あぁ、気持ちが晴れるまで帰って来るのは、許さないからな。時には素直になるのも必要だ。ベルーナは我慢するきらいがあるからな、ただ我武者羅になる時があってもいいと思う」
ノル様は慈愛のこもった瞳で、簡単に僕の背中を押す。
それがサンエーリ様にとって多少不愉快な事になろうとも、ノル様は僕の気持ちを、慮りながら背を押し見守る。
なんて恵まれているんだろう……感謝の言葉と一緒に頭を下げる。
「行って参ります。ノル様が主で自分は、最高に幸せです」
「ティアの部屋は、緑の宮の翡翠の部屋だ。筆頭達に嫌われるなよ」
「はい、分かっております」
書類をサッとまとめて、箱を大切に持つと部屋を出る。
目指すは翡翠の部屋。
少し足早に進みながら、頭には控えめなちょっと風変わりなお姫様を思い浮かべていた。
筆頭達に守られどころか、筆頭ごとルルーまで守ってたな……。
どこまでも規格外なお姫様。
ーー緑の宮・翡翠の部屋。
目の前のドアをノックする前に、小さく深呼吸する。
トントンッ、二回目でドアが開いて濃い青色の髪の美少年が顔を出す。
ティア様と同年代ぐらいだろうか?
「どちら様ですか?」
「自分はベルーナ・キートス。ティア様に、昨日の謝罪とお礼。王太子殿下の謝罪の品をお持ち致しました」
目礼すると美少年は小さく息を吐いて、僕を招き入れる。
そして荒い足取りで、庭へと足を向けて静かに優しく語りかける。
「ティア様、王太子殿下の使いの方が来ていますが……昨日、何をやらかしましたか?」
「えー……と、何だったかな~?」
「サンエーリ様に抱かれて帰って来たと思ったら!さぁ、サクサク吐いてください」
やたら笑顔で迫る美少年に、クスクス笑う声に奥を覗くと、悠然とティーカップを傾けるサンエーリ様とリーフ殿。
賢者殿と女騎士は、ティア様の背後に佇んでいる。
「いやだわ~ユーリったら!ちょちょいと、可憐なお姫様をティーちゃんが、勇者よろしくに敵を捕獲して尋問しただけよ?」
「ティアらしいよね。ユーリ殿もそう心配せずとも、ティアとハーツ殿の敗北なんて考えてないだろ?」
「そうですが、ティア様。報告・連絡・相談は、忘れない約束でしょ!」
まだ、仲良く話が続きそうな面々に声を掛ける。
ティア様のすぐ横に、膝をついて頭を下げる。
「ディアティア様。昨日は妹、ルルーを助けて頂きありがとうございました。そして無神経にも、傷つけてしまった事……まことに申し訳ありませんでした」
俺の態度に慌てた様に左右に顔を振ったティア様は、すぐに手を引っ張って僕を立たせる。
青銀の髪も動作と一緒に、サラサラ動くと綺麗だ。
「謝罪は受けとりました!私は自分がしたいように、自由に動いただけですから!戦うのは、ダンスより得意分野なんで……妹さんに怪我がなくて良かったです」
ふわっと微笑んだ表情に、嘘・偽りは全くない。
ただ、本心を紡いでいるだけ。
本当に眩しいお姫様である。
「ルルーは無傷でした。キートス家にとって、大切な公爵家の継承者なんです。自分より、ずっと尊い妹なんです」
「誰かが誰かの代わりになるは出来ないと思いますよ?ベルーナさんも、妹さんと同じくらい大切なんじゃないですか?」
「違います。自分は今となっては、必要のない人間です。かつて、キートス家が子宝に恵まれなかったので、孤児院の中でもそれなりに頭の回転が早かった自分が選ばれて……二年後にルルーが産まれた時、自分はいらない人間になったんです」
何故話してしまったのか分からない。
ただ、ティア様の包み込むような雰囲気に、言葉がポロポロと溢れて流れて行く。
ティア様は、困った子を見る目で小さく頬笑む。
「家族に暗殺者を向けられた事は?解毒剤を用意しなきゃいけない。頻繁に食事に毒を混入された事は?」
ティア様は自嘲気味に言葉を続ける。
その瞳が寂しそうで、その瞳には憐愍が混ざっている。
「本当にいらない人間には、昼夜問わずに暗殺者、毒殺、殺気は日常茶飯事なんですよ?会話なんてまともに通じないんですから」
「そうよ~?ティーちゃんが今生きてここにいるのは、血のにじむような努力なしには語れないのよ」
クスクス笑うティア様と賢者殿に、僕は呆然と二人の顔を見る。
ティア様の言葉が、僕の胸の奥の塊を溶かしてくれるみたいで。
「すぐに自分の認識を変えるのは、無理だと思います。でも、危険を承知で会いに来てくれる家族がいる……それは、とっても幸せな事だと想います。私は間に合わなかったけど、ベルーナさんは余裕で間に合いますよ」
「経験者は語る、ですね。産まれた瞬間から、存在否定されたティア様に比べれば……ねぇ?」
「産まれた瞬間に、存在否定……」
先日の話を思い出した僕の言葉に、ティア様は苦笑を浮かべて頷く。
青色の髪の美少年も、同じく苦笑を浮かべて。
「似てないからですよ。ただそれだけで、元王妃と妹君や貴族達は蔑み、侮辱して。青銀の髪も金色の瞳も、前王様と同じ珍しい色彩だったのに」
「あ、大丈夫です。私には父様もお兄様も、先生もいました。今では筆頭の魔導師・執事・騎士・護衛まで一緒の大所帯ですから!ユーリは、少し過保護なだけで」
「過保護じゃありません!ティア様は、もっともっと怒っていいはずなんです!誰が、他国の諜報員を捕まえて戦争が免れたか…ティア様の魔力で助けられた騎士や貴族がどれだけいたか」
「うーん、私の代わりに怒ったり、泣いたりしてくれる人がいるから平気かな~。考え方次第なんだよ?今が幸せなんだから、私は勝ち組!」
憤る青色の髪の美少年に、ティア様はビシッと指をさして満面の笑顔を浮かべる。
美少年は一瞬、きょとんとして…噴き出すと何度も頷く。
気安さの中にも、温かい空気がある。
゛いらない人間゛の凝り固まっていた気持ちが、キラキラした気がそっと包み込まれてほどけていく感じがする。
ーーあぁ、ティア様がいい。
彼女以外いらない……。
素直な気持ちは、自然と行動に現れる。
またティア様の横に膝をつき、手を取ると自分の額に当てる。
ビクッと驚いているティア様に、僕は頬が緩むのを止められずにいる。
ティア様は、頬を真っ赤に染めて口をパクパクしてるから。
「ティア様、僕の色を貰ってくれませんか?」
「はぁ!?」
「なぜっ!?」
リーフ殿とサンエーリ様は、声を荒らげて信じられないモノを見る目で僕を見る。
肝心のティア様は、眉をハの字にして僕を見ている。
何の事か分かってないんだろうね。
自分の色を贈ると言うのは、早い話昨今の流行りのプロポーズ。
きっと青銀の髪と金色の瞳に、ピンクは映えるはずだ。
「許して頂けませんか?」
「あの、それはどんな意味が……」
「ティア、聞かなくていいよ!聞かなかった事にしよう」
サンエーリ様が阻止するように、ティアに言い聞かせる。
リーフ殿は席を立つと、耳を塞いで思いっきり睨んでくる。
「リーフ様、説明してください!私だけ知らないなんて…寂しい」
少し俯いたティア様に、僕は優しい笑顔を心がけて手を握る。
「自分の色を贈るのは、伴侶の証明みたいものです。僕はティア様と、一緒に過ごしたいです。三人目なのは癪ですが、僕にもチャンスを下さいませんか?」
「えーと……」
視線を泳がせてるティア様の頬は、リンゴより真っ赤だ。
ルルーみたいなきらびやかな美しさはないけど、日だまりのような優しい柔らかな可憐さがある。
そんな彼女の表情を引き出したのが自分だと思うと、ゾクゾクしてしまう。
「えーと……あの、私はどうすれば……いいですか?」
熟れたリンゴようなティア様に、あと一押しと手に唇を寄せる。
「おい、ベルーナ!」
「冗談でも笑えないぞ?」
サンエーリ様とリーフ殿が噛みついてくる。
僕はクスッと笑って、二人を見て説明する。
「出会ったのは一昨日です。でも時間は関係ないのです。一目見て、心配になりました。そして昨日、ティア様の在り方に惹かれました。貴女は、僕には眩しい。だから、一緒にいれば……自分を誇れる気がするんです」
「ベルーナ、それは卑怯です。」
「どんな手を使っても、欲しいモノは手にいれますよ」
「腹黒い奴め!!」
三人で会話を聞いていのか、パニックになったのはティア様。
頬をリンゴのように染めて、僕達を見つめる。
「……どうでしょうか?」
「あの~……保留で!今すぐには、答えはでませんから!」
「ティア……」
「優しいのは知ってるけど、悪い虫にまで発揮しないで欲しかったな……」
リーフ殿とサンエーリ様の言葉に、ティア様は申し訳なさそうな顔をしながら俯いた。
でも、その頬は可愛らしく真っ赤になっていた。
希有なお姫様はと僕等の物語が、賑やかに始まった。




