No.49 夜の散歩~紅猫は眠らない
<ハルクside>
空がうっすらオレンジがかった時刻。
姫君の部屋は、賑やかだった。
エメラル国の深緑色の侍女の服装をしたダークブラウンの髪色の女性が、王子様と一緒に現れたのがつい先程。
エメラル国の侍女だと分かったのは、独特の色・深緑色を使っていたから。
今までの経験上、緑色を使っているのはエメラル国だけだったはず。
新緑・緑・深緑に分けられていて、新緑はメイド。
緑と深緑は侍女。
色が濃くなればなるほど、侍女でもランクが上になるとか。
この辺の知識は、エメラル国に忍び込んだ時にメイドに聞いた話だから間違いないはず。
「ティア、彼女と会ったの覚えてる?」
王子様の言葉に姫君はすぐに反応して、頷くと軽く頭をペコリと下げる。
「ドレスのデザイン画を描いてくれた人でしょ?その節はお世話になりました。私はディアティア。貴女のお名前をうかがっても?」
綺麗な所作で、ドレスを持ち足を引いて中腰のまま頭を下げる侍女。
「再度御目にかかれて光栄にございます。私はリンジー・エモリカです。現在は、サンエーリ様の侍女をしています」
「リンジーさん、こちらこそよろしくお願いします。私の筆頭達は、右から魔導師ハーツ、執事ユーリ、騎士ジェニー、護衛ハルクです」
姫君に名前を呼ばれると、俺達は一人一人頭を下げる。
内心俺は筆頭の仲間に入れた事に、心が満足感でいっぱいになる。
「全員、……筆頭なんですか?」
リンジー嬢が驚くのも無理はない。
筆頭とは、王よりも主を優先していい唯一の人間達だ。
それは、王の許可はもちろん宰相の許可も必要で、細々した手続きが必要だ。
俺がすぐなれたのは、今までの実績とディル王子の仕事の早さ、陛下の配慮があったから。
筆頭と名乗れるようになったのは、火事の事件の次の日。
どんなに迅速に周りが動いても、二・三日はかかってしまう。
それも、びっしり細々した手続きに拘束されて。
俺の場合は異例で、ディル王子と陛下が上手くやってくれて手間なしだったけど。
「護衛のハルクさんは、最近ですけどね。でも、全員筆頭で私の親友達です」
「……親友、ですか?」
「はい。私の背中を守ってくれる、自慢の親友達です!」
姫君の笑顔に呆気に取られるリンジー嬢。
姫君の一点の曇りもない笑顔に、王子様とリーフ殿はクスクス笑っている。
「ティアが規格外の意味、分かった?」
「えぇ……確かに」
「この程度では、まだまだだな。まぁ、それはさておき…ドレス持ってきたんだろ?」
リンジー嬢がパンッと手を叩くと、ティアの目の前に大きな箱が現れた。
さすが、魔法の先進国は違うね~。
リンジー嬢は箱を開けて、ドレスを広げる。
淡い空色のドレスに、腰から段々のレースには金色の花の刺繍。
シンプル・イズ・ベスト。
背中のリボンが可愛らしい、姫君らしいドレス。
「着てみて?少しでも変な所は、リンジーが手直しするから」
「あの、多分大丈夫だと思うよ?リンジーさんの手を煩わせるなんて、申し訳ないしですし!」
引いている姫君をハーツが、ガシッと捕まえてリンジー嬢に引き渡す。
姫君は豪華なドレスが、苦手なのかもしれない。
もしくは、ドレスの出来の良さに引いてしまったか。
「さぁ、リンジーちゃん!サクッと着替えさせちゃってちょうだい!この子ったら、着飾るとなると逃げるのよ~」
「まぁ、勿体ない!こんなにお可愛らしいのに!さながら、お花畑の可憐な野花ですのに!」
「野花にドレスは必要ありませ~ん!」
「製作したドレスがお気に召されなかったのでしょうか……」
急に俯き気味になったリンジー嬢に、慌てたのは姫君。
手をバタバタさせて、一生懸命に言葉を並べる。
「あの、そうじゃなくて…えーと、すごく素敵だと思いますよ?ただ、私が着るのが勿体ない気がして…」
「…本当ですか?」
「はい、本当です!」
「じゃ、着てくれますね!一安心致しました!製作者代表として、感謝致しますわ!」
「え、あの」
勢いに負けてズルズル引きずられて、衣装部屋に連行される姫君。
王子様達はクスクス笑いながら、扉の方を向いて話し合う。
「リンジーも落ちるね。もう半分落ちてると思うよ?」
「だな。リンジーの好きなタイプだもんな~ティアは」
「罪な子ね~♪でも、ティーちゃんだもの。仕方ないわよ~」
ハーツの言葉に、俺達も笑ってしまう。
経緯や理由は違うにしても、今は同じ筆頭・仲間として一緒にいる。
それは、姫君が主であるのが大前提だ。
皆だって同じはずだ。
「筆頭がいるのは、そちらの国では珍しい事なんでしょうか?」
「珍しいね。王子の私でも、筆頭はリーフだけだからね」
「そうなんですか…」
ユーリの瞳が不安そうに揺れる。
同じだから分かる不安。
筆頭が姫君の嫁入りについていけるか。
それは、俺達の今後を大きく左右する。
微妙に空気が固くなる。
「あ、安心して。君達の事は父上の了承も、フェリオス王の了承も得ているからね」
「それでティアに断られたら困るから、先手打たせてもらったんだよな?ティアの不安は、出来る限り消していきたいからな」
ふっと、空気が緩んだのと同時に、扉が開く。
淡い空色のドレスが動作に揺れて、レースの金色の刺繍がキラキラ光る。
腰までの青銀色の髪を緩く編んで、はにかむ姫君は咲き初めの花。
夜空に淡く輝く月。
王子様が手を差しのべてティアが手を乗せると、手を引いてクルッと姫君が一回転させる。
ドレスの段々になったレースが、ふわっと広がって綺麗な円になる。
これで化粧をして完璧にしていたら、噂に振り回されていた男は悔しがるだろう。
「綺麗だね。皆に見せるのが勿体ないくらい」
ギュッと姫君を抱き締めると、次はリーフ殿が姫君を抱き寄せる。
「閉じ込めたいけど、自慢もしたい!そんな気分だよな…うん、文句なしに綺麗だぜ」
「ありがとう…」
ポッと頬を染める姫君は、ディル王子やフェリオス王のような神々しいまでの華やかな美しさはないけど、初々しい花のような優しい美しさはある。
比べる対象の顔面偏差値が高いから、姫君自身気がつかないだけ。
「動いてみてどうでしょうか?違和感や不具合などありませんか?」
リンジー嬢が姫君を見つめて、裾などまでに目を光らせる。
職人の目で上から下、左右に至るまで真剣に見つめる。
「大丈夫です。素敵なドレス作って下さりありがとうございました。皆さんにも、感謝の言葉を伝えていただけたら幸いです」
ちゃんと頭を下げる姫君。
リンジー嬢は驚いた顔で姫君を見る。
そりゃ、そうだよね。
王族の姫君が、貴族相手だろうと簡単に頭を下げる事はしないはずだ。
姫君は公私をはっきり別ける人だ。
だからプライベートの今は、侍女が相手だろうと頭を下げる。
それが姫君の性格だから。
リンジー嬢は一瞬黙ったかと思うと、パッと頬を染めて王子様を見る。
「サンエーリ様っ!ディアティア様が輿入れ致しましたら、是非私にディアティア様の侍女を!」
「それは構わないけど…大丈夫?」
「お任せ下さい!サンエーリ様やリーフ様が一緒にいられない時は、私がお側でお守り致しますわ!こんなお可愛らしくてお優しい子、なかなかいらっしゃいませんわ!」
「やっぱり落ちたな。サン、いいんじゃないか?身辺捜査する必要のない侍女は、かなり頼もしいぞ?」
三人の会話をポカーンと聞いていた姫君に、王子様は笑いながら教える。
その表情は、悪戯を成功させた子供みたいだ。
「リンジーは兄上の乳姉弟で、家族で王宮に勤めているんだ。リンジーの母上は、姪と甥の教育係りをしているんだよ」
「父と弟は、魔導騎士団に所属して、妹も侍女として働きだしました。主人は騎士団長と医療局に所属しています。身辺捜査して頂いても、分かりきってる事しか出てこないのです」
フフフッと頬笑むリンジー嬢に、なんとなく納得してしまう。
二度しか会ってない姫君を芝居で動かす豪胆さ。
王子様に迷わずに意見を言える、王子様との間にある気安い空気感。
姫君は困った表情を浮かべて、王子様とリーフ殿を交互に見る。
「あの…侍女とメイドは、必要最低限でお願いしたいのです…慣れていないので」
姫君の意見は分かる。
今まで専属の侍女やメイドはいなくて、自活出来る姫君だから。
侍女のいる生活に慣れるまでは、きっと時間がかかるはずだ。
人数が多いとストレスになってしまうかもしれない。
「分かってるよ。ティア、何か不安があったり悩みがあったら、遠慮なく相談して?」
「俺達が解決してみせるし、一緒に解決していこう?」
「…はい。ありがとう」
姫君がふわっと笑うと、空気が柔らかく変化する。
王子様もリーフ殿も、姫君を見つめて頬笑む。
リンジー嬢は、何か納得した顔で小さく頷いていた。
そうして、ドレスの微調整を終えたリンジー嬢は…王子様の転移魔法で颯爽と帰って行った。
*********
銀色の月明かりに照らされながら、俺の前を歩く姫君。
今の格好は、冒険者寄りの飾り気のない姿だ。
「俺だけでも、情報収集は大丈夫だよ?姫君は俺に命令して、くつろいでいたらいいのに」
「ありがとう。でも、父様とお兄様の役に立てるのは…きっともうないと思うから。少しでも二人の役に立ちたいの」
自己満足だ、と笑う姫君。
その表情は、少しだけ寂しげ。
でも行動そのものは真っ直ぐで、迷いがみられない。
「転移魔法があんだし、寂しくなったら帰ってきたらいいよ。ここは、姫君のスタート地点なんだし?」
「まぁ、ここで産まれたから間違えではないけど…それで言うと、ゴール探さなきゃいけなくなるよ?」
「ゴールは棺桶で。そう簡単にはゴール出来ない!」
俺が宣言すると、姫君は喉の奥で小さく笑う。
前を歩く姫君の顔は見えないけど、笑っているのは分かる。
やっぱり姫君は、笑顔が一番いい。
ポツポツと会話をしながら、南の宮にたどり着く。
ーーガシャンッ!
デジャブ、あの時と一緒だ。
「姫君、魔石と魔法の準備いい?」
小さく頷いた姫君は、パチッと指を鳴らすと手の平にあった二つの魔石が鈍く光る。
OKと指で知らせてくる姫君に、俺も頷いて姫君の手から記憶の魔石を取る。
素早い動きで柱から部屋の中が見える位置に、そっと魔石を置いて柱に隠れて準備完了。
『なぜ、貴女じゃなくてあの魔女なの?!』
手に持っていたらしいグラスが、絨毯を濡らし砕けている。
王妃の目の前にいるのは、悲痛な顔のローズニア姫。
『きっと気の迷いですわ!じゃなきゃ、美しい私にお声をかけるはずですもの!』
『そうよね。貴女はあの魔女に負けてはいけないの。ワタクシの誇りなんですもの…でもこのままでは、ダメだわ』
『毒も火事もダメでしたけど…私にはコレ、指輪がありますわ!』
『そうね…毒は解毒されて、火事も暗殺も失敗に終わったわ。ローズニア、それが最後のチャンスよ?王子を貴女の虜になさい。もう、後はないのだから』
『はい、お母様。私がエメラル国に、嫁いで見せますわ!麗しいサンエーリ様に相応しいのは、この私なんですもの!』
さぞ、ギラギラした目をしているだろう母娘に、現実を知らせてやりたい。
王子様とリーフ殿は姫君に夢中で、必死になって姫君を繋ぎ止めているのだと。
自らベラベラしゃべって自爆。
とことん、バカな母娘だ。
姫君の表情は微妙で、何とも言えない顔で小さく溜め息を吐く。
この情報は、姫君だけじゃなく王様もディル王子も頭と心を悩ませるだろうね。
『ラストチャンス…モノにしてちょうだい。ワタクシの自慢の娘ですもの、期待しているわよ?』
『はいっ!お母様の期待に添えるように、全力でサンエーリ様の伴侶になってみせますわ!』
フフフフッ、と高笑いするローズニア姫に、姫君は頭を抱えて膝をつく。
うん、頭痛になりそうなのは分かる。
意味不明な自信は、どっから沸いてくるんだろうか?
『では、お母様。明後日にそなえて、私は色々と準備があるので』
『えぇ。王女は王妃の次に、美しくなくてはなりません。大丈夫よ、ローズニアはワタクシに似て美しいもの』
『はい。でも今回は美しさの他に、指輪という心強いモノもありますわ!だから
大丈夫です、勝ってみせますから安心して下さいませ』
『そうね。ローズニアを信じているわ』
『任せて下さいませ。では、お母様また』
優雅に一礼して去っていたローズニア姫。
それを見送って、ポツリと王妃が呟いた。
『フフフッ、ワタクシのお人形は、ワタクシの望みの結果を持ってくるかしら?』
その言葉を最後に、王妃はメイドを呼んで片付けさせ始める。
これで終わりらしい。
まぁ、自爆してくれたから手間がはぶけたかな。
姫君はやっぱり、微妙な表情のまま素早く記憶の魔石を回収する。
「今日はもういいかもね。これ以上の収穫ないと思うし」
「そうだね…帰ろうか?この魔石、お兄様に届けてもらっていい?」
「姫君は何処へ?」
「地下牢に様子を見に。様子を見るだけだから、危険な事はしないから大丈夫だよ」
「了解。無理だけはしないでよね。俺が殺されるから」
姫君は軽く笑うと、手を振ってサッと闇に消えていく。
消えた方向を見て、俺は溜め息を一つ。
あの母娘はダメだ。
国を傾けかねない。
今までは、姫君が裏で動いてきたはずだ。
国の均一を崩さないために、影に日陰にと利益なんて考えずに。
でも、これからは姫君はいない。
姫君が助けたくても、姫君は違う国の人になって今までみたいに、助ける事は出来ない。
だから、今動いているんだと思う。
少しでも王様やディル王子の負担が減るように。
苦労性の姫君を思って、俺は苦笑する。
こんな姫君だから、俺は一緒にいる事を選んだんだよな~。
そう思いながら、俺はディル王子の部屋に急いだ。




