No.21 暗躍と不満~王子様の思い
<サンエーリside>
ずんずん無言で歩くのは、帰りがけに聞いてしまった会話のせい。
それじゃなくても、薄ら笑いしか出ない晩餐だったのに。
「もしかして、サンは怒っているの?」
「当たり前だろ。どうして、ティアがあんな風に言われなきゃならないんだ!」
「それは……まぁ、そうだけど」
帰ったと思ったんだろうね。
扉を閉めた瞬間に、彼女らは騒ぎだした。
まだいるとも知らずに。
ティアを物珍しいだけと言った。
確かに、最初は物珍しさもあった。
でも今はそれだけじゃない。
「なぜ、サンが怒るんだい?」
「なぜって!ティアはディルの妹だろ?」
「妹で言うなら、ローズニアもだよ。あれでも、僕の妹だからね…残念ながら」
「でも、ティアは人を貶めることはいわないだろ?」
「それだけ、かい?もし、ローズニアもそうだったとしたら、君は仲良くなれたのかな?」
確かめる様に言うディルに、私は少し考えてしまう。
あの姫がティアみたくなる?
色々と想像力を働かせてみるも、なかなか難しい。
「ティアを基準にじゃなくて、普通の姫として、僕の妹としてだよ?」
そう言われても、やっぱり考えはまとまらない。
道すがら考えた答えは
「想像力の限界だ。ティアとはすぐ仲良くなれるのに、彼女と仲良くなる自分が想像出来ない」
「じゃ、その意味を考えなよ。なんでティアがいいのか」
そこまで話すと、扉の前で話声が聞こえてくる。
「…もう、今日みたいに付いてきちゃダメだからね?」
「それは約束出来ないな。次もあればお供しよう」
「リーフ様はサンエーリ様の身辺警護でしょ?」
「だから、影ながら警護を」
「影の警護は私の仕事ですから!」
ポンポン会話を交わす二人は、リーフとティアで。
ティアはリーフを宥める様に、言葉を選んでいる。
「ティア、ご苦労様。何もなくて肩すかしだったね」
「お兄様もお疲れ様です。そうだと良いのですが……」
「あの会話からしても、まだ何も分からないんだし、今からそんな顔でどうすんだ?」
どこか不安そうなティアと、それを励ますリーフ。
ディルの言っている事とリーフの話から、二人が何処かで私達を見ていたのが分かる。
何より、前よりティアに遠慮がないリーフに、心がザワザワする。
「二人で何処にいたのか聞きたいね。調度私の部屋の前だし、中でゆっくり話を聞こうかな」
思っていたより刺々しい声に、自分自身が驚く。
「えーと……どうしたんですか?」
「サンはリーフとティアが仲良くなって、ちょっと妬いているんだよ」
ディルの楽しげな声に、私は耳を疑ってしまう。
確かに、面白くない気持ちもあるし、ザワザワした感じもある。
でも私は呪われた血筋の王子だ。
だから、妬くだなんて……。
「さっき言った事、ちゃんと考えないと後で後悔しても遅いよ?」
耳打ち程度のディルの呟きに、私は納得しないまま一応頷いておく。
部屋にティーセットが用意されると、ティアは困り顔で私を見て頭を下げる。
「覗いててごめんなさい!」
「僕は知っていたけどね。ティアのお仕事だし?」
悪びれる様子のないディルは、紅茶にミルクを入れると肩を竦める。
「ティアの仕事?」
「ティアの副職だよ。話したでしょ、ティアの隠密行動について」
「じゃ、今回も?」
「そう。今回のミッションは゛王子様を悪の手から 守る事゛でしょ?」
おどけているディルの言葉に、ためらいがちに縦に顔を振るティア。
「それに、俺が便乗した訳。俺もサンの腹心だからね」
「リーフは楽しそうにしか見えないけど?」
「ティアと一緒で意外に楽しかったな」
私の問いかけににこやかに答えるリーフに、やっぱり心はザワザワする。
だからか、少しだけ意地悪な言葉が出てしまう。
「私とディルは、あの場は気分が悪かったけどね?」
「まぁ、否定はしないね。あれじゃ、獲物を待つ感じだったしね」
「本当にごめんなさい!でも、何かあってからじゃ遅いと思って…」
また頭を下げるティア。
申し訳なさそうなティアを見ていると、こっちが大人げない気がしてくる。
頭を切り替えようと、頭を左右に振る。
「わかってるよ。意地悪言ってごめん」
「いいえ。私こそ言っておけばよかっただよね」
「大丈夫だよ、サンはそんなに心は狭くないから。ねぇ、サン?」
わざとらしい言葉に、私は頷くしかなくなってしまう。
「本当にディルは意地が悪いね。私が悪かったから、そんな目で見ないでくれないかい?」
ディルの目は楽しげに笑っている。
なのに、どこか突き刺さる。
「分かったならいいんだ。ティアにはいつも通りにしていて欲しいからね」
「お兄様……ありがとうございます」
はにかむ様に笑うティアに、私の胸がまたざわめく。
先程の嫌なザワザワじゃなくて、緩やかなざわめき。
どこか甘く感じるのはなぜ?
「今度は私にも、何かあったら相談して欲しい。私だけ仲間外れは寂しいからね」
「出来る範囲でなら。でも、付いてくるのはなしだよ?」
「どうして?」
楽しそうなのに。
ハッキリと言い切るティアに、私は首を傾げてみせる。
「危険だからです!心配で仕事が出来なくなる恐れが」
ーー心配だから。
ティアに言われて、自然と頬が緩むのが分かる。
ティアは嘘をつかないから、本心なんだろう。
目でも『ダメです!』と言っている。
どうしてだろう…。
それが、嬉しくて仕方ない。
緩んでいるだろう顔に、右手を当てて隠す。
「そんな顔をしても本当にダメです!」
「分かったよ。無理は言わないと約束するよ」
「本当に?」
「あぁ。ただ、大丈夫だと判断したら一緒に行こうかな」
「それじゃ、約束にならないよ……」
ガクッと肩を落とすティアに、私は微笑んでしまう。
こんなに心配してくれるティアが、やっぱり嬉しくて仕方ないから。
あの鬱陶しく思っていた気持ちが、嘘のように晴れていく。
帰りがけに聞いた会話は、今だに腹が立つけど。
それでも、ティアと一緒にいると気持ちも落ち着くし穏やかになる。
゛じゃ、その意味を考えなよ゛
答えが見えそうなのに、隠れてしまう。
簡単に掴めない気持ちを、紅茶を飲むことで誤魔化す。
でも、考えなきゃ後悔しそうで……持て余し気味の答えをしばし考えた。
もしかしら、もう少しティアの側にいれば分かるかな?