No.20 珍獣のお仕事
父様と話をした日の夜。
私は色彩変化魔法と冒険者服に着替えて、お母様のいる宮の影にいた。
宰相さんの報告では、今日はお兄様とサンエーリ様が晩餐に招待されたとか。
私はこれ以上、何かあっては堪らないから大窓の柱の影に隠れて見守る事にした。
その横には、慣れた様子でいるリーフ様。
なぜ、リーフ様まで一緒にいるのだろう。
一応、止めたんだよ?
でも付いていくの一点ばりで負けました。
何かあればクロを使って、お兄様に報告すればいいだけだ、と思い直す事にした。。
私とリーフ様のアリバイもバッチリ。
チェルおじじ様と宰相さんと、晩餐を共に取っているとなっている。
『今朝、騒がしかったみたいだけど…何かありまして?』
お母様がそう言うと、ローズニアが芝居がかった仕草で驚く。
『どうなさったのですか?』
『いえ、少し探し物をしていたのですよ』
『サンも案外可愛いところがあるんですよ。大丈夫です、ありふれた物ですから。ねぇ、サン』
『そうだね。私とした事が。リーフにも叱られてしまったよ』
息ぴったりなお兄様とサンエーリ様。
二人とも頭もいいから、私達の出番はないかもしれない。
「さすが、腹黒王子達だな」
「腹黒って…まぁ、否定は出来ないね」
「だろ?チェスもカードゲームも、あの二人がいるだけでレベルが違うモノになるんだよ」
何度か負けているのか、リーフ様は悔しげにブツブツツブ呟いている。
私もお兄様には、カードゲームで勝てた試しがないから心情は分かる。
『わたくしがお手伝い致しましょうか?』
『いえ、大丈夫ですよ。失せ物探しはお姫様には不釣り合いですから』
『そんな事ありませんわ!サンエーリ様のお役に立てるなら、わたくしは嬉しいですわ!』
『そんな訳には参りません。さぁ、スープが冷めてしまいますよ?』
『本当にローズニアは、サンエーリ様がお好きなのね』
『えぇ!全てが素敵なんですもの!』
ローズニアの弾む声に、サンエーリ様は一瞬冷めた目をしてすぐに視線を反らす。
「今ので機嫌がダダ下がりだわ。サンは意外に分かりやすいヤツだからな」
「そうなの?」
サンエーリ様は、いつも笑っていた気がしたけど?
それは気のせいだったのかな?
視線だっていつも反らすのは、私が先だったりするし。
「アイツは嫌いなヤツは、目も合わせないからな~。それに、あの姫様じゃダメだわ。」
「…そうですか?」
「あぁ。外見と国しか見てないだろ?すり寄ってくるヤツと変わりないだろ?」
「あぁ…」
私は納得とばかりに、苦笑いします。
ヒロインになれないヒロイン。
ここに来ても弊害が。
まぁ、ローズニアとサンエーリ様がくっつくのも、死亡フラグなんで避けたけど。
ここまで嫌われるとは、ちょっとだけ複雑なのは…小説を読んでいたからで。
ファン心理と死亡フラグに悩むとは、前世では思わなかった。
『是非、うちのローズニアの婚約者になって頂きたいわ』
『私なぞ。それに、私は正式には招待されてませんから、その資格はないのですよ』
サンエーリ様の発言に驚いたのは私。
小説のストーリーでは、代表格と言っていいほどの招待者だったはず。
ゲームで言うなら、攻略対象である。
私は答えが知りたくて、リーフ様を見ると肩を竦めていた。
「本当だな。俺達が招待されたのは、ディルにだからな。言うならば特別枠か、なにかだろう」
「え、お兄様に?」
「あぁ、略すると暇なら顔出せって。丁寧に紋章付きの封筒でな」
紋章付き、すなわち正式な招待。
断るにしても、それなりの理由がないと難しくなる。
だから父様もサンエーリ様達の来訪っ知っていたのか…。
『そんな……』
『姫は父上の御目がねに叶った方と、結婚された方がいいと思いますよ』
『そうだね。父上も色々と考えただろうし』
『私はディルに会うついでに、パーティーに顔を出しただけだからね。ディルがいなきゃ、来ることはなかったので』
『僕が空いている時間は少なくてね。振り回した様ですまないと思っているんだよ?』
『分かっているよ。それに、私も休日を久々に満喫しているから、お互い様かな?』
二人の薄ら寒い笑い声が聞こえてくる。
あの二人は混ぜるな危険の感じが、ヒシヒシと伝わってくる。
お兄様は特に、通常を知っているだけに……今の運行状況はイライラMAXに近いのが分かる。
お兄様頑張って!
「あれは、サンもなかなかキテるぞ?」
「……ですよね。会話が薄ら笑いの上に寒いから」
なぜ、気がつかないのか不思議だ。
だから晩餐に呼べたのかもしれない。
だって、サンエーリ様はともかくとして、お兄様はお母様を毛嫌いしているのは有名な話。
それでもお兄様を呼んだ狙いは、サンエーリ様しかない。
単独では断られた可能性が濃厚。
『私では……ダメ、ですか?』
どうやら、ローズニアのターンになったらしい。
涙を溜めた目で、サンエーリ様を見つめます。
手を胸の前で組むのも忘れない。
『私は呪われていますから』
『それでもっ!』
『愛されずに、かえりみない夫が理想だと?』
『えぇ!愛してくださるまで待ちますわ』
『それは、一生あり得ないだろうね。食事も終わったし、ディル失礼しようか?』
ドロドロの昼ドラ展開ですよ。
誰かあのお馬鹿さんを止めて下さい。
遠回しの拒絶に気がつかないのは、もはやKYも真っ青。
あの視線だって、冷めきっているし。
私はその場で頭を抱えた。
「……なんか、大丈夫か?」
「どうだろう……変な頭痛に襲われそうなんだけど」
「でも、あそこまでバカ、いや……鈍いと色々大変だよな」
「うぅぅ……、本当に申し訳なくて」
「ティアのせいじゃないし、気にすんなよ?」
ポンポンと肩を叩かれて、私は小さく頷く。
『お母様、悔しいですわ!あの魔女には微笑まれますのに!』
『慌ててはダメよ。きっと物珍しいのでしょう。アレは珍しいだけの生き物ですもの』
お兄様達が退室した後の発言は、相変わらずで。
乙女モードは、王子様限定らしい。
「……なんなんだアレは?」
「あれはいつも。通常運行ですから、気にしないで。まだ今のはマシな方ですから」
「俺は気に入らない!」
「ありがとう。さぁ、戻ろうか?」
それに、言葉は雑でも的を射てる。
私は物珍しいに当てはまるから。
さして、腹も立たない。
『次こそ、可愛い天使の願いを叶えてあげますわ』
『本当ですの!?』
『えぇ、取って置きの方法ですわ』
フフフッと含み笑いが気になるけど、ネタバレの雰囲気ではない。
そうなれば、私達も長く居座るのも危険なので撤収する。
結局、お兄様達が窮地におちいる事はなく無事に晩餐の幕は閉じた。
私は部屋に戻りながら考える。
次に何を仕掛けてくるのか?
お母様が加わってくるのは、厄介ごとしかないことに、溜息をもらしてしまう。
神様、少し手加減お願いします。