第60話「ここには戻れない」
第60話「ここには戻れない」
レイドは、里の詰所に連れて行かれた。
里の長が、直接取り調べることになった。
「話は、後で聞く」と長がミアに言った。「今日のところは、休んでくれ」
「はい」とミアが言った。
* * *
家に戻ると、ルナはまだ眠っていた。
小さな寝息だった。
何事もなかったかのようだった。
「よく眠ってる」とミアが言った。
「疲れたんだと思います」とセリアが言った。
セリアも、疲れ切った顔をしていた。
でも、どこか、すっきりした顔でもあった。
* * *
「セリア」とミアが言った。
「はい」
「大丈夫?」
「大丈夫です」とセリアが言った。「まだ、少し手が震えていますが」
セリアが、自分の手を見た。
確かに、震えていた。
「当たり前だよ」とミアが言った。「あんなこと、初めてでしょ」
「はい」
* * *
その日の夕方、レイドが詰所から出されることになった。
処分が決まるまで、外に出ることは禁じられていた。
だが、セリアに会うことだけは、許された。
「セリア」と長が言った。「会うか」
セリアは、少し考えた。
「会います」
* * *
詰所の外で、レイドが立っていた。
両脇に、里の見張りがいた。
レイドの顔から、感じのいい笑顔は、もう完全に消えていた。
「セリア」とレイドが言った。「来てくれたのか」
「はい」
* * *
「言い訳はしない」とレイドが言った。「俺は、間違ったことをした」
セリアは、何も言わなかった。
「ただ」とレイドが続けた。「里を思う気持ちだけは、本当だった」
「それは、わかっています」とセリアが言った。
* * *
「セリア」とレイドが言った。「見合いのことだが」
「その話は」
「もう、俺には言う資格がないな」
レイドが、少し笑おうとした。
でも、うまく笑えなかった。
* * *
セリアは、しばらくレイドを見ていた。
(昔は、優しい人だと思っていた。)
(里が好きで、まっすぐな人だと思っていた。)
(でも。)
セリアの手が、動いた。
* * *
乾いた音が響いた。
セリアが、レイドの頬を打った。
周りの見張りが、動きを止めた。
レイドも、動かなかった。
* * *
「これは」とセリアが言った。「見合いを、正式にお断りする分です」
声が、震えていた。
でも、はっきりと聞こえた。
「そして」とセリアが続けた。「ルナちゃんを傷つけようとしたことへの、わたしからの分です」
* * *
レイドは、頬を押さえなかった。
ただ、セリアを見ていた。
「……そうか」とレイドが言った。
「レイド」とセリアが言った。「わたしは」
セリアが、一度、目を閉じた。
* * *
「わたしは、ここには戻れません」
その言葉は、静かだった。
でも、確かな言葉だった。
「里が嫌いになったわけじゃありません」とセリアが続けた。「でも、わたしの帰る場所は、もうここじゃないんです」
* * *
レイドは、何も言わなかった。
しばらくして、小さく頷いた。
「……わかった」
「はい」
「幸せに」とレイドが言った。
それが、精一杯の言葉のようだった。
* * *
セリアは、それ以上何も言わず、背を向けた。
涙が出ていた。
今度は「目に何か入っただけです」とは言わなかった。
本当に、泣いていた。
* * *
家に戻ると、ミアが待っていた。
「セリア」とミアが言った。
「先生」
セリアが、ミアに駆け寄った。
そのまま、泣いた。
声を上げて泣いた。
* * *
ミアは、何も聞かなかった。
ただ、セリアの背中をさすった。
ヴァルも、静かにそばにいた。
ルナだけが、まだ眠っていた。
* * *
数日後、里を出る日が来た。
長が、見送りに来た。
「セリア」と長が言った。「いつでも、戻ってきていい」
「ありがとうございます」とセリアが言った。
でも、その声には、もう迷いがなかった。
* * *
「先生」と長が、ミアに向かって言った。「あなたを、災厄の魔女と呼んでいたことを、詫びなくてはならない」
「別にいいです」とミアが言った。「怖がられるのは、慣れてるので」
「それでも」と長が言った。「今回、里を救ったのは、あなただ」
* * *
「私だけじゃないです」とミアが言った。
ミアが、セリアを見た。
「セリアが、いなかったら」
セリアが、少し照れたように笑った。
「先生と一緒だったから、できたことです」
* * *
「ぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
ルナが、腕の中で元気よく声を上げた。
里を出る日も、いつもと変わらなかった。
「ルナも、ありがとうって言ってるみたい」とミアが言った。
「ぁ!」
* * *
里を出て、少し歩いたところで、セリアが振り返った。
里が、遠くに見えた。
「セリア」とミアが言った。「大丈夫?」
「大丈夫です」とセリアが言った。
もう一度、前を向いた。
* * *
「先生」とセリアが言った。
「何」
「わたし、強くなれたと思います」
「うん」とミアが言った。「なれたと思う」
「これからも、教えてください」
「もちろん」
* * *
ヴァルが、少し先を歩きながら言った。
「次はどこへ向かう」
「決めてない」とミアが言った。「ルナが行きたいところに」
「ぁーーー」
ルナが、前の方を指差した。
特に意味はなさそうだった。
それでも、みんなで、その方向へ歩き出した。
<続きます>
【次回予告】
旅は、また新しい場所へ。
ルナが、遺跡の壁画とは違う何かに反応する。
「これ、月の光と同じ……?」
セリアがつぶやく。
静かな夜が、また少しずつ、動き出す。
ようやく60話来ました。ちょっとこの辺りで一息つきたいのと、たまには別の話を書きたいので、少しだけペース落ちます。




