第1話「赤ちゃん、拾いました」
作者です!
今回から新しいシリーズをお送りします。
ぜひ楽しんでいただけると嬉しいです。
第1話「赤ちゃん、拾いました」
戦場は、うるさい。
爆発音。怒号。魔法の炸裂する轟音。帝国と連邦、どっちがどっちを攻めているのかもよくわからない混戦の中で、ミアは一人、崩れかけた廃屋の影に身を潜めていた。
(なんで私がこんな目に……)
依頼は「廃屋跡に残された魔道具の回収」。簡単な仕事のはずだった。まさか回収中に戦線が動くなんて、誰が予想する。
魔女歴八年。破壊魔法の腕前は大陸でも指折り。そのミアが今、膝を抱えて廃屋の隅に縮こまっている。
(恥ずかしい。でも出たら死ぬ。恥ずかしいけど死ぬよりはまし。)
優先順位は明確だった。
爆発が一つ、また一つ。壁が揺れる。埃が落ちる。
そのとき。
「……ふぇ」
聞こえた。
(……今、何か言った?)
ミアは耳を澄ます。爆音の合間。確かに聞こえた、小さな声。
「ふぇ……ふぇ……」
ミアは立ち上がり、声の方向を見た。廃屋の奥、崩れた棚の影。布にくるまれた、何か。
(何かって……)
近づく。しゃがむ。布をめくる。
「……ふぇ」
赤ちゃんがいた。
* * *
生後、数ヶ月といったところか。
小さな手。小さな頭。ふっくらした頬に、うっすら光る銀色の産毛。目はまだ半分閉じていて、泣き叫ぶ力もないのか、ただただ「ふぇふぇ」と声を出している。
(か……)
ミアは固まった。
(かわいい)
(いや待って。戦場。今戦場。)
(なんで赤ちゃんがここに。誰かが逃げるときに置いていったの。)
(それより爆発の中でこんなにふぇふぇしてるだけって、この子の精神力どうなってるの。)
「……ふぇ」
赤ちゃんと目が合った。瞳の色は、薄い銀。月みたいな色だった。
「…………」
ミアは三秒考えた。
置いていけるわけがなかった。
「はあ」
ため息を一つついて、抱き上げた。
* * *
赤ちゃんは思ったより軽くて、思ったより温かかった。
布ごと抱き寄せると、「ふぇ……」という声が少しだけ収まった。
(なんで私が抱いたら落ち着くの。やめて。責任感じる。)
爆発音。また揺れる。
「……行くよ」
赤ちゃんに向かって言った。返事はない。当たり前だ。
ミアは廃屋の壁を思い切り蹴り破り、外に飛び出した。
破壊魔法というのは、要するに「ぶっ壊す」魔法だ。応用は広い。壁を壊す。地面を壊す。敵の陣形を壊す。敵の士気を壊す。ついでに味方の家も壊す(これは事故)。
ミアが右手を振るうたびに、行く手を塞ぐものが消えていった。
帝国兵が吹っ飛ぶ。連邦兵も吹っ飛ぶ。どっちがどっちでもよかった。邪魔なものは全員邪魔だ。
「なんだあいつ!」
「魔女か!?どっちの魔女だ!」
「わからん!でも近づくな!」
(そうそう。近づかないのが正解。)
左腕で赤ちゃんをしっかり抱え、右腕だけで魔法を撃ち続けながら、ミアは戦場を一直線に突っ切った。
「……ふぇ」
赤ちゃんは爆発にも怒号にも動じず、ただぼんやりとミアの顔を見上げていた。
(この子、度胸ありすぎない……?)
* * *
森に入ったところで、ようやく爆音が遠くなった。
ミアは木の根元にへたり込んだ。腕の中の赤ちゃんを、改めて見る。
「……名前、あるのかな」
当然、返事はない。
「……ないよね。わからないよね」
銀色の瞳が、ミアをじっと見ている。
「月みたいな目だね」
ぽつりと言った。
「……ルナ、とか」
赤ちゃんが、口を開けた。
「ぁ」
(今、何か言った気がする)
「……ルナ?」
「ぁ」
(言った!言ったよね!?返事した!?)
(生後数ヶ月で返事できる!?この子天才!?いや私の名付けの才能!?)
テンションが急上昇した後、ミアはふと我に返った。
(……待って。私、今からこの子どうするの。)
抱いたまま固まる。
(家に帰る。帰ってどうする。育てる?私が?)
(私、ミルクの作り方知らない。オムツ替えたことない。寝かしつけも知らない。)
(そもそも今月、食費カツカツだし。)
でも。
ルナが、小さなあくびをした。それから目を細めて、ミアの胸に頭をもたれかけた。
「……」
(置いていけるわけがない)
「はあ」
ため息、二度目。
「……わかった。帰ろう」
ミアは立ち上がり、赤ちゃんを抱いたまま、森を歩き始めた。
* * *
その夜。森の家。
ミアはテーブルに突っ伏して頭を抱えていた。向かいではセリアが、引きつった顔でルナを抱いていた。
「……先生」
「なに」
「これ、どこで拾ってきたんですか」
「戦場」
「……」
「なにその顔。しょうがないじゃん。いたんだもん」
「しょうがないじゃん、じゃないですよ……」
ルナが「ぁ」と声を上げた。二人同時に見る。銀色の瞳が、きょろきょろと部屋を見回している。
「……かわいいでしょ」
「……まあ」
「名前はルナにした」
「早い」
「だって月みたいな目だし」
「論理が親バカです」
「うるさい」
ルナがまた「ぁ」と言った。ミアは思わず立ち上がり、のぞき込んだ。
「なに?お腹空いた?眠い?」
(どうすればいいの。ミルク?まだ作り方調べてない。やばい。何もわからない。でもなんとかしなきゃ。この子、私が守るって決めたんだから。)
「……セリア、ミルクの作り方知ってる?」
「知りません。先生が調べてください」
「わかった。本棚に育児書とかない?」
「魔女の家に育児書はないと思います」
「明日買いに行く」
「先生が?」
「私が」
セリアが珍しく、少しだけ笑った。
「……頑張ってください」
「頑張る」
ミアはルナを抱き直した。
ルナが、ミアの指を握った。小さな手。あったかい。
「……ルナ」
「ぁ」
「しばらくよろしく」
「ぁ」
(返事してる。絶対してる。)
(この子、天才かもしれない。)
満月が、森の家の窓を白く照らしていた。
<続きます>
【次回予告】
育児書を買いに街へ。しかし帰り道、ルナが浮いた。




