第3話:秘密任務
冬は僅かばかり身を乗り出して、差し出された写真へ視線を落とした。
そこには一人の少年が写っている。
年の頃は10代半ば。橙色の髪を持ち、控えめに笑っている。
自己主張の薄い、大人しそうな若者だった。
「要人、ですか?」
「彼について今多くを語ることはできない」
「一介の護衛が知る必要はないと?」
「もしもの時、秘密を知らないからこそ守れることもある」
勇魚の言葉から危難が見込まれることを読み、冬の表情は幾許か硬くなった。
このような密会に近しいやり取りをしている時点で、何がしか後ろ暗い案件だろうことは想像に難くない。
正式な軍令を発せられる四啓将軍がその立場を使わないのだから、もうその時点でおかしい。
「先にも述べましたが、僕の啓示は戦力として当てになりません」
「直近の戦闘要員は他にいるので問題ない。貴君には兵站を任せたいのだ」
「使う人間を最小限に絞りつつ、手数を確保するための人選……」
「いい読みをする。やはり貴君を選んで正解だったな」
冬を見ながら、意味ありげに勇魚の唇が緩む。
言外に伝えられる真意、この話を聞いた時点で拒否権がないことを、冬は理解させられた。
既に自分は秘密の共有者であり、なにも聞かなかったことにして逃げることは出来ないのだと。
「覚悟を決める必要があるみたいですね」
「そうしてもらえると助かる。私も無用な口封じは望んでいない」
「帝国軍人なら将軍の命令に従うは必定。断ることなどありえません。なのに何故、上位者の権限を行使しないのですか?」
「これは四敬将軍としてではなく、西葛勇魚個人の頼みだからだ。そして他に漏れるのが好ましくない仕事でもある」
「秘密任務……」
「その特性上、人選には気を使ったさ。帝国軍人は層が厚い故、啓示に於いては少数でこそあるものの、貴君と同等の働きが期待できる人員は存在した」
「そうでしょうね」
「しかし人格や有事の挙動、そして信用の観点で、任せられるのは貴君だけだった。私が貴君を選んだのは、貴君こそが最も相応しいと判断したからだ。そのことは知っておいてもらいたい」
勇魚は冬の目を真っ直ぐに見詰め、明晰な声音で告げた。
引き締められた表情に偽りの気配はなく、本心の言であると教えてくる。
将軍自身によって適者として見出されたとの告白は、冬の顔に困惑と喜色が綯い交ぜとなる複雑な感情を浮かばせた。
憎からず思う存在に認められた栄誉と、後には退けない厄介を強要される事実。相反された思いが入り混じり、苦虫を噛み潰したような笑みが口元を歪める。
「そこまで言われてしまっては、全力で臨む以外にありません」
「期待しているぞ。早速で悪いが、明日一番に滋賀領へ渡ってもらいたい」
「彼は其処に?」
「ああ、そうだ。琵琶湖に存在する唯一の有人島、沖島で暮らしている」
「名前は教えてもらえますよね」
「枝和太砂。沖島には小さな集落が一つあるきりだからな。探せばすぐ見付けられるだろう」
「僕以外の護衛というのは?」
「風奥と猫山。どちらも信の置ける軍人だ。両名は既に現地入りしている。貴君が合流する旨を伝えておこう」
「僕を含めた三名で任務に当たると?」
「そうだ。詳しいところは向こうで開示される」
「分かりました」
「こちらについてだが、訓練時の負傷により療養中という態で配置を弄っておく。気にせず仕事へ集中してもらいたい」
未だ釈然としないものを抱きながらも、冬は了承の意を頷きで返した。
思うところは多々あれども、既に引き返せない状況へ絡め取られている。かくなるうえは正面から事へあたり、致命的な失敗を踏まぬよう立ち回り、流れを渡り切るよりない。
思考の切り替えは比較的スムーズに進んでいた。ここで反意が働かなかったのは、勇魚個人に頼られたという面が大きい。
高潔で優秀で、家柄も良い美貌の持ち主。多くの若兵にとってそうであるように、冬にとっても彼女は憧れの女性である。
本来ならば接点を持つことも難しい天上人へお近付きになれるという、単純な下心が冬の原動力を張っているのは間違いない。
この任務をやり遂げたなら、勇魚からの評価爆上がりが見込めるという心算だった。




