76話 高地の戦い方
今までの二人の戦い方を見てわかった事があります。
まずは、体を動かすと普段より息が切れるのが早いという事です。
特に極限状態の戦闘は、体中の筋肉を限界まで使用するので、あっという間に息が切れてしまいます。
そのうえ、一旦息が切れると回復するにもいつもより時間がかかるのです。
つまり戦闘中に呼吸が乱れるほど激しく動いてはいけないという事です。
それから、『身体強化』ですが、レィナちゃんが言っていた通り、『身体強化』に必要な魔力自体は空気がうすい事とは無関係ですが、『身体強化』はあくまでも肉体の能力のサポートであり、肉体を動かしている事に変わりは無いのです。
ですから、『身体強化』を使った状態でも、激しく動けばそれだけ早く息が切れるという事です。
最後に『念技』ですが、『念』は、おそらく『呼吸』と密接に関係しています。
・・・これは『念』の訓練を始めた初期の頃の経験によるものですが・・・ボクは『念』があそこに集中してしまうため興奮して呼吸が粗くなりがちだったのですが・・・呼吸が粗くなると、『念』が思った様に操作できなくなってしまうのです。
でも、呼吸を落ち着けるほど『念』が正確に操作できることが分かりました。
つまり、『念技』を使う場合でも、肉体の疲労を最小限にして、呼吸が乱れない様にしないと『念』が操作でなくなってしまうのです。
以上から導き出される結論は・・・
ボクはいつも通り戦えばいい・・・という事です。
「ではお願いします」
本当は、相手に攻撃させてこちらは受け流すだけの方が消耗が少ないのですが、この場ではボクの方から動かない訳にはいかないでしょう。
ボクはまず、最高速度ではなく、ゆったりとした速度で師範代さんに接近していきます。
そして師範代の攻撃範囲内に入ったところで、急激に速度を上げて、剣を打ち込みます。
これには出来るだけ『念』を使用して、筋肉の負担を最小限に抑えます。
最近、だいぶこのへんのコントロールが出来る様になって来たのです。
ボクの緩やかな動きからの急加速に、師範代は一瞬怯みましたが、即座に対応して躱しました。
ボクは一旦師範代さんから距離を取ると、再びゆったりした動きで近づいていきます。
そして、相手の間合いに入る瞬間に急加速して切りつけます。
今度は、師範代は、ボクの攻撃を躱しながら反撃してきました。
ボクはそれを紙一重でゆるやかに躱しながら距離を取ります。
それを何度も繰り返しました。
「へえ!面白い戦い方ね」
ボクは再びゆったりした動きで、相手との間合いを見定めています。
「でも、それでこちらの攻撃を躱せるのかしら?」
今度は師範代が積極的に攻めてきました!
ボクはこれを待っていたのです。
師範代の片刃剣が、きれいな円弧を描いてボクに迫ってきます。
幅広の片刃剣は剣身の厚みを出来るだけ薄くして、その代わりに幅を持たせる事によって強度と質量を確保した剣です。
つまり相手を一太刀で切り裂く事に特化した剣です。
東の方の国にはそう言う剣があると剣術の講座で教えてもらった事があります。
まともに切られたら体が真っ二つになってしまいますし、剣で真っ向から受けたら剣ごと切られてしまいそうです。
ボクのレイピアは附加装備なので折れる事はありませんが、剣自体の質量が相手の方が上なので押し負けてしまいます。
ですから真っ向から受けずに、相手の剣の軌道を僅かに逸らすだけです。
向こうの剣は重たい分、すぐに切り返す事が出来ません。
その点、ボクのレイピアはほとんど重さを感じないくらい軽いので、瞬時に切り返す事が出来ます。
剣を振り切って隙の出来た師範代さんの胴体にレイピアを切りつけます。
しかし師範代さんは、巧みに体を捻ってボクの攻撃を躱しました。
・・・今の動きは何でしょうか?
師範代さんはとんでもなく体が柔らかいのです。
蛇の様に体をくねらせてボクのレイピアを躱しつつ体勢は崩さず、振り切った片刃剣の速度を殺さずに体の周りを一回りさせてボクに再び切りつけました。
ボクもぎりぎりでこれを逸らして次の攻撃に繋げます。
師範代さんも再びさっきと同じ要領でボクの攻撃を躱しました。
そうやって師範代さんの片刃剣は、常に速度を殺さずに、師範代さんの体の周りを回り続けて、防御と攻撃の両方の役目を担っているのです。
ボクは攻撃のパターンを様々に変えていきましたが、師範代さんは柔らかい体を様々な形にくねらせながら、巧みによけつつ、剣の軌道は維持し続けているのでした。
基本的な考え方はボクやお母さんの技に近いのですが、とにかく柔らかい体を使ったぬるぬるした動きが、どうも捉えにくいのです。
「もういいわ、大体わかったから」
結局、ボクと師範代さんの試合は決着がつきませんでした。
「三人とも入門を許可するわ。というか、あなた、特にもう教える事は無いわよ。既にこの地でこれだけの時間戦い続けられるんだもの。一体どこで誰に剣術を教わってきたの?」
「ええと、お母さんに教えてもらいました」
「へぇ、あなたのお母さんって何者?」
「・・・『勇者』です」
「・・・ああ!なるほどね。納得したわ」
「お母さんを知ってるんですか?」
「『勇者』を知らない人なんていないでしょ?」
まあ・・・確かにそうです。
「確か今の『勇者』には双子の子供がいたはずだけど・・・あなたがその一人ね?」
「・・・そうです」
「何か事情がありそうだけど、まあいいわ。他の二人と一緒に明日から鍛えてあげるから、今日は帰りなさい」
・・・師範代さん、お母さんの事を何か知っているのかもしれません。




