73話 魔女になった少年
「『亜魔女』・・・ですか?」
「はい、『魔女』ではないけれど、『魔女』に近い魔法が使える存在という意味らしいです」
その様な呼び名は聞いた事がありません。
「成功した例は過去に数人しかいなかったそうですが、中には男性もいたそうです。わたしに魔女の適性を見出した師匠は、『亜魔女』にするための秘術を試みました」
「・・・それは、どのような方法なのですか?」
「師匠が持っていた特殊な魔道具を使用して行われました。適性の高い人間にその魔道具を使用する事によって術が施行出来るそうです。ただし成功する可能性は極めて低く、失敗すれば精神が崩壊し、眠ったまま目を覚まさないか、覚ましたとしても記憶と自我を失い廃人になってしまうそうです」
「・・・キラさんはそれでも挑戦したんですか?」
「はい、師匠と別れて、一人になるならそれでもかまわないと思いました」
「・・・師匠さんはそんな危険な術をキラさんに試したんですか?」
「ははは、後で聞いたら諦めさせるために少し脅したそうで、失敗しても治療方法があったそうです」
・・・師匠さんに悪意が無くて良かったです。
ボクは少しだけほっとしました。
「そして、術は成功し、わたしは魔女の力を得る事が出来たのです」
「魔女になるのって、どんな感覚なんですか?」
ボクはキラさんに尋ねました。
「そうですね、術を施された時は、体と心が一旦バラバラにされて、それが再び組み立てられてた様な感覚でした」
「痛かったですか?」
「痛い、というか、普段感じた事の無い・・・何とも表現のしようもない感覚でしたね。死ぬという感覚ではないのですが・・・やはり生きたままばらばらにされるというのが一番近いかもしれません」
「体に違和感とかなかったのですか?」
「身体的には何も変わりが無かったと思います。しいて言えば体が軽くなってすっきりした感じはありました。それ以外では、自分の体内と周囲にある魔力をかなり鮮明に感じ取れるようになりました」
「キラさんはそれまで魔法は使えなかったんですよね」
「はい、元々は魔力がほとんど無くて『下級魔法』も発動する事が出来ませんでした。当然、自分や他人の魔力を感じる事など殆んどありませんでした。でも覚醒してわかった事は、わたしは魔力が無かったのではなく体内に封じ込められていたのだという事です」
・・・それは本物の魔女と同じなのかもしれません。
「体の中にこれまで蓄えられていた膨大な魔力が自由に使える様になったのです。そして、体内の魔力を認識できる様になったので、それまで出来なかった身体強化も使える様になりました」
それは、今ボクが『念』で行なっている様な感じなのでしょうか?
「それから、魔法陣を覚えれば、次からは魔法陣を描いたり呪文を詠唱しなくても魔法が発動できました。あまりにも自然に出来てしまったので、普通の魔法使いにはそれは出来ないと言われても、最初は意味がわかりませんでした」
「その後しばらくは師匠から主だった魔法の魔法陣を教えてもらう日々が続きました。一般的に使われている魔法陣は一通り覚えさせられましたし、魔女が使う特殊な魔法陣も教え込まれたのです」
・・・それはこの旅の出発前に、ボクがお母さんから教え込まれたものと同じかもしれません。
「こうしてわたしは魔女になったのです。正確には『亜魔女』ですけれど」
「魔女になるのにそんな方法があったんですね?」
「ルルさんも魔女になりたいですか?」
ボクの場合同じ方法で魔女になれるのでしょうか?
「なれるものならなりたいですけど・・・いろいろ条件が厳しそうですね」
「そうですね。言ってはみたものの、今は師匠がいませんのでわたしにはどうしようもないのですが」
ボクの場合、多分その方法では魔女にはなれない気がします。
でも、覚醒条件のヒントにはなるかもしれません。
『亜魔女』になる事が魔女になる覚醒条件っていう可能性もあるのでしょうか?
「そういえばその衣装はどうしたのですか?いかにも『魔女』って感じですが?」
「これは師匠のお古をもらったのです。師匠は捨てようとしていたのですが、わたしが拾って使っています」
「絵に描いた様な魔女の衣装ですけど、お師匠さんは普段からその姿だったのですか?」
「はい、わたしの知る限りいつもこの服装でした」
「この姿でいたら誰が見ても魔女だと思いますよね?」
「もっとも、現実に魔女がいると信じている人はほとんどいないでしょうから、単に魔女の真似をしている人と思われるのでしょうね」
まあ、そうですよね。
「師匠はほとんど人前に出ませんでしたから、どのような姿でも構わないみたいでしたが、魔女である事に誇りを持っていたみたいです」
人と接点を持たずに、一人で暮らし、人よりも長い時間を生きる魔女って、何を考えて生きているのでしょう。
お母さんみたいに生きる事を思いっきり楽しんでいる魔女って他にもいるのでしょうか?
キラさんの師匠は何を考えて生きて、何を考えてキラさんを育てたんでしょう?
そして、今はどうしているのか?
キラさんはその事には触れたくない様でしたので聞かない様にしています。
ボクはお母さんみたいな魔女になりたかったけど、お母さんの様にはなろうと思ってもなれない気がします。
「夜も更けました。そろそろ寝ませんか?」
ボクが考え込んでいたらキラさんが声をかけてくれました。
「そうですね、ボクも眠くなってきました。そういえばソラ君とレィナちゃんはどうなっているのでしょうか?」
二人の様子を確認したら、寒かったのか二人いっしょに一つの毛布に包まって気持ち良さそうに眠っていました。
二人が寝ている『結界』を一度解いてもらって一緒の結界で寝ようかと思いましたが、結界を解くと夜風が入って二人が目を覚ましてしまうかもしれません。
「キラさん、二人はあのままにしておいてもう一つ結界を作って貰ってもいいですか?二人を起こしてしまうのは忍びないので」
「それは構いませんけど・・・わたしと二人で寝る事になりますが、いいのですか?」
そうでした!
深く考えずに提案してしまいましたが、それってつまり男の人と二人っきりで寝る事になってしまうのでした!
「ええと・・・あの・・・変な事はしませんよね?」
しばらく一緒に行動してキラさんの事はわかってきたつもりです。
無理やりそういう事をする人ではありません。
「信用して頂いて光栄ですが、以前いきなりキスしてしまいましたよね?」
・・・そうでした。キラさんには突然キスされてしまった事があるのです。
「ええと、あれはそういうのではありませんでしたよね?」
「はい、二度とあのような事は致しません」
「でしたら大丈夫です。男女で一緒に野宿なんて、冒険者だったら良くある事ですので」
「そうですか、では結界を張ります」
ボクとキラさんの二人を包む大きさの結界が発生しました。
日が沈んで気温がだいぶ下がっていましたが、結界の中は夜風が遮断されるので凍えるほど寒くはありません。
ボクはキラさんの隣で毛布をかぶって横になりました。
キラさんも毛布に包まって横になっています。
「ではルルさん、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい」
家族とソラ君以外の男性と二人で寝るのはこれが初めてです。
厳密にはソラ君は男性ではないので、実は初めて男性と二人っきりで寝る事になってしまったのでした。
キラさんの事は信用しているのですが、そんな事を考え始めてしまったら眠つけなくなってしまったのでした。




