37話 母の魔法陣
「お兄さんの婚約者・・・ですか?」
・・・という事は、目の前で婚約者が首を切り落とされたという事ですよね・・・
あの時の二人の鬼気迫る様子はそのためだったのです。
「・・・ボクはあの二人にとって婚約者の仇になるわけですね」
「向こうだってオレとルルを殺そうとしたんだ。お互い様だ!」
確かにそうですが・・・ボクは、誰かの最愛の人を目の前で殺すところだったのです。
・・・あらためて自分のした事が怖くなりました。
「だから、あいつを元に戻して、それから改めて正面から挑んで、オレ達が勝てばいいって事だろ?」
「・・・そうですね・・・まずはそれを考えます」
ソラ君はいつも、さりげなくボクの悩みをわかってくれています。
それから、ボクとソラ君は、毎日剣の特訓を続けながら、旅に出る準備を進めていきました。
ボクは、魔法が使えるようになった時のために、お母さんからいくつもの魔法陣を教えてもらいました。
覚醒して魔女になったとしても、すぐに全ての魔法を使えるようになるわけでは無く、徐々に魔法の使い方を思い出していくそうなのですが、魔法陣を知っていれば、その魔法に関してはすぐに使う事が出来るそうです。
そこで、主に治癒系の魔法陣を中心に覚えていきました。
ソラ君のお兄さんの『凍結』の術を解除すると、お兄さんとソラ君はすぐに治療が必要になります。
その時に治癒魔法を使える人がいないと、二人とも死んでしまう可能性があるからです。
でも、ソラ君はまだしも、首を切られたお兄さんをボクが確実に治せる保証はありません。
一般的な治癒魔法の中には、首を切断されたような重傷を治す魔法は無いからです。
だから、術を解除する時にはお母さんに連絡してその場に来てもらう必要があります。
そのための遠距離連絡魔法と、転移魔法のための転移魔法陣も覚えさせられました。
転移魔法陣はかなり複雑で、覚えるのは一苦労でした。
「これで主な魔法陣は大体覚えたかな?」
「はい、いきなりたくさん詰め込んで、もう頭からこぼれ落ちそうです」
「ふふっ、がんばったね! じゃあ最後に、この魔法陣を覚えてもらおうかな?」
お母さんが描いた魔法陣は、大きさはそれほど大きくありませんが、とてつもなく緻密に紋様が描き込まれた、今までで一番複雑な魔法陣です。
「これは、何の魔法陣ですか?」
「治癒系の最高位の魔法の魔法陣だよ!これは、死んでいなければどんな状態でも元通りの健康な体に直す事が出来る究極の治癒魔法だよ!」
・・・つまり、首を切られた人でも元通りに出来る魔法という事ですよね?
でも、そんなとんでもない治癒魔法、聞いた事がありません。
「そんな魔法陣があったんですね?」
「無かったよ。だからたった今、作ったんだよ」
・・・また、さらりととんでもない事を言っています。
「魔法陣って、そんなにすぐ作れるものなんですか?」
「うん、私の固有魔法を、一般の魔法士が発動できる魔力回路お使って再構築して、それを図式化して魔法陣にしたんだよ」
・・・何を言っているのかよくわからないです。
「ええと、お母さんの魔法の魔法陣って事ですか?」
「厳密に言うとちょっと違うかな?」
「前にも言ったけど、魔女って一人一人が異なる魔力回路を持っていて、それを使って魔法を発動するんだけど、それぞれが違う言語を使っているみたいなもので、他の魔女や魔法士がそのまま使う事は出来ないんだよ」
「それを誰でも使える共通言語に翻訳したものが魔法陣だね」
あれっ?それってもしかして・・・
「・・・もしかして、魔法陣って魔女が作ったんですか?」
「うん、そうだよ。現存する魔法陣の大半は大昔に魔女が作ったものだね。そして実は、現在一般的に使われている魔法陣の半分以上は『強欲の魔女』が作った魔法陣だったりするんだけどね」
・・・お母さん、魔法陣作りの大ベテランでした。
「でも、この魔法陣は今まで見たどの魔法陣とも様子が異なりますね?」
魔法陣は基本的に、『下級』、『中級』、『上級』の三つに分類され、それぞれの級で外側の円の大きさが決まっています。
外円は順に大きくなっていき、中に描かれる紋様の複雑さと密度も上がっていきます。
だけど、この魔法陣は、大きさ的には『下級』と『中級』の間くらいですが、中に描かれた紋様は『上級』以上に複雑だし、見慣れない紋様ばかりで構成されています。
「これは『上級魔法士』にも発動できない、『魔女』専用の魔法陣だからね」
「えっ!魔女専用の魔法陣なんてあったんですね?」
「無いよ。これは今回みたいな特別な状況だから作ったんだよ」
「特別な状況?」
「魔女がこれから覚醒する別の魔女のために魔法陣を作ってあげるなんて状況は無いからね」
ああ、そうか。魔女って基本的に横の繋がりが無いんだっけ?
「ルルも覚醒してしばらくしたら、自分でこれくらいの魔法は使えるようになると思うけど、今回だけは覚醒直後に必要になるからね」
「お母さんが来てくれるんじゃないんですか?」
「そのつもりだけど、何があるか分からないから念のためにね!」
そうです、もし、お母さんが間に合わなかったらソラ君のお兄さんはすぐに死んでしまいます。
「わかりました。がんばって覚えます」
この魔法は万が一の時にきっと役に立つはずです。




