29話 右腕の枷
「死んでないって・・・どういう事ですか?」
間違いなくボクはあの黒い服の人の首を切り落としました。
切った感触も覚えているし、その後地面に転がっていく頭も見ています。
「その人は、首を切られた時に何らかの術を使って、状態を凍結させたみたいなんだよね」
「『凍結』?ってどういう事ですか?」
また、お母さんの難しい話が始まるのでしょうか?
「人間って、首を切り離されてもすぐに死ぬわけじゃなくって、少しの時間はまだ意識があるんだよ」
「それはそうかもしれねえが、首を切られたらもう助からねえよな?」
「あっ、そうか! お母さんなら・・・」
「そう!私だったら、首を切られた人でも完全に死ぬ前だったら助けられるんだよ」
普通の治癒魔法では、首を切られた人を治す事は難しいかもしれないけど、魔女であるお母さんならやっぱり治せるみたいです。
「あの黒服の人は、おそらく自分では切られた首を治す事は出来なくて、でも何か助かるあてがあったんじゃないのかな? その術者か何かのところに行くまでの間、命を維持させる事が出来れば、助かると思って、状態を固定したんだよ」
「だったら、やっぱりルルは人殺しじゃねえな」
ボクは・・・人を殺してはいない?
ほんの少し、ほっとした気持ちになりましたが、それでもやっぱり、人を殺そうとした事に変わりはありません。
「たしかに・・・ボクは、人を殺してはいないのかもしれない・・・でも、やっぱり自分が許せません・・・」
「ルルは真面目だな。あんな奴、殺しても良かったのに」
「ソラ君は、あの人が誰か知ってるんですか?」
「ああ、俺の実の兄だ」
・・・えっ!・・・お兄さん!?
「どうして!・・・どうしてお兄さんがソラ君を殺そうとするんですか?」
それに・・・ソラ君もお兄さんを本気で殺そうとしたって事ですよね?
「ソラ君、もしかして王位継承者ではなくて?」
「ああ、わかっちまったか」
「お母さん!それって、どういう事ですか?」
「こんな離れた国まで、兄弟がソラ君みたいな子供の命を狙いに来るって言ったら王位争いぐらいしかないと思ってね」
「その通りだ。まあ、隠すつもりはなかったんだが言う必要もなかったからな」
「ソラ君が…王子様だったんですか?」
「オレの国では、王の三親等まで全員平等に王位継承権を与えられる。その中で最も強い者が、次の王になる」
「オレは国を出る時、王位継承権第七位だった」
それって、結構高いのではないでしょうか?
「だが、オレはあの国にも王位にも何の興味もなかった。だから国から勝手に抜け出してきた」
「勝手に・・・ですか?」
「普通だったら、勝手に国からいなくなった奴は誰も気にしねえ。どう考えても王位継承争いから脱落するに決まってるからな」
「だが、オレはここに来てから急激に強くなった」
「うん!ルルと一緒にがんばって鍛錬してたもんね!」
お母さん、深刻な話の最中なのにちょっと嬉しそうだ。
「ここに来てからのオレの成長速度は異常だった。それはオレにもわかる」
「ボクもソラ君と一緒に自分が強くなったのを感じてます」
「それも問題だったんだ」
「えっ!どういうことですか?」
ボクが強くなる事がソラ君のお兄さんに何の影響が?
「おそらく今のオレの強さは王位継承者の中で2番目か3番目くらいになっている」
すごい!ソラ君、そんな強くなってたんだ。
「そして、今回襲ってきたあいつは、オレが国を出た時点で2位だったんだ」
「そういう事か、ソラが国に戻ったら王位を奪われる可能性が出てきたからだ」
お父さんが口を開きました。
「ああ、おそらくオレに監視でも付けていたんだろう。やばいと思って殺しに来たわけだ」
「でも、自ら殺しに来るなんて・・・」
「オレに付けていた密偵では手に余ると思たんだろうな。それに直接倒した方が箔がつく」
「さっきの、ルルが強くなった事も関係あるってどういう事?」
そうだった、なんでボクの強さが関係するんだろう?
「王位継承者同士で明確な優劣が付かなかった場合、配偶者の強さも判定基準になる。より強い子孫を残すためとかなんとか?だからオレの国では女も剣の腕も磨くんだ」
「・・・・・ええっ!それって、ボクがソラ君と結婚するって思われてたって事ですか?」
「ああ、デートもしてたし、そう思ったんだろうな。俺の知る限りじゃルルより強い女は剣聖ぐらいしかいねえからな」
そんな・・・もし結婚したとしても子供が作れないって、はっきりアピールしておけば良かったんでしょうか?
「・・・ガキなんて作れねえのに・・・早とちりしやがって・・・」
えっ?
ソラ君が小さな声で呟いているのが聞こえました。
・・・どういう意味でしょうか?
ソラ君はボクの事を知っているのでは・・・・
「ありがとう!ソラ君の事情は分かったよ!話を戻してもいいかな?」
お母さんがソラ君に尋ねました。
「ああ、俺の話はこれで全部だ」
「じゃあ、ソラ君のお兄さんと、ソラ君の右腕の状況なんだけど・・・いろいろな偶然が重なったせいで、術が絡み合って解除できなくなってしまったみたいなの」
「解除できないって、どういう事だ?」
「ソラ君の右腕が治せないのと同じ様に、お兄さんも首と腕が元に戻せなくなってるはずだよ」
「お兄さんがかけた術は、本来ならお兄さんが解除できるから、首を治癒できる状況になったら『凍結』の術を解除してその瞬間に治癒するつもりだったんだと思うんだけど、お兄さん一人では解除できなくなっちゃってるんだよね」
「なんで、そうなったんですか?」
「ここからは半分私の推測なんだけど、首を切られたお兄さんは切断面を固めて状態が変化しない術をかけたんだけど、切断したのがソラ君の『念技』を使った剣だったから、ソラ君の『念』ごと固める必要があったみたいなんだよ」
またお母さんの難しい話が始まってしまいました。
「術自体はお兄さんの『念技』だから、お兄さんの『念』とソラ君の『念』の両方が一緒に凍結した状態になってるんだね。その影響で、お兄さんの『念技』でつけられたソラ君の傷も凍結してしまって治癒が出来ない状態なんだよ」
「お兄さんに解除できないのはどうしてですか?」
「ここで問題が起きたのが、ソラ君の剣を使ったのがルルだったからだね」
「ボクのせいですか?」
「ルルはなぜかソラ君の『念技』の剣が使えてしまったんだけど、本来の正しい『念技』ではなくて、ちょっと特殊な使い方になってたんだよ」
「そもそもボクは『念技』なんて習得した覚えはありませんから・・・」
「それで、お兄さんの術が誤作動してしまったって事みたい」
・・・ボクが余計な事をしたばっかりに事態が複雑になってしまいました。
「さっきも言ったがルルが悪いわけじゃねえだろ!・・・それで、解決するにはどうすればいいんだ?」
ソラ君は、ボクが落ち込むのが分かって励ましてくれました。
「いくつか選択肢があるんだけど・・・鍵を握るのは、ルルだよ」
ボクが・・・・・ですか?