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オムレツ

文が散かり放題ですみません・・・。

 西国の者が是非にと言うので来て見たら、何とも私に似つかわしくない店だ。

 私は北国で五指に入る程グルメで知られる美食家なのだぞ。こんな寂れた庶民の店等に私の舌に合うものか。


 魔術か何か知らんが我が家の扉を開ければすぐに行けると言われ承諾したが、女子供も居るが殆どの客は野蛮な傭兵共か。


 西国の者が親しげに店主と思われる中性的な男と話をし、カウンター席を薦めてくる。勿論カウンター席など初めてだ。

 それもそうだろう。

 普段はそんなものも無いようなところで食事をしているのだからな。


「ノルベルト様、こちらのお店は他では食べられない珍しいものばかり食べれるのですよ」

「珍しいもののう……」


 胡乱な話しだ。

 それは私から見たら庶民の食べ物など珍しいに決まっているが、よもやそう言う事か?

 むしろ庶民からしたら普段私が食しているようなものが珍しいものかも知れぬな。

 それならば特に外れと言う事も無いだろうが……。


 店の外観こそは見なかったが、店内を見渡せば質素な木製の物ばかり。

 木で出来たカトラリーなど初めて見た。


 それに目の前で作業をしている店主を見る限り、たいした出身の者でも無さそうだ。


「ここはですね、異世界料理? でしたかな。そう言う物や食用として育てた魔物なんかも出しているのですよ」

「魔物だと?」


 ゲテモノ料理と言う事か!?

 魔物などジビエでも何でも無いだろう……だが、周りの者が食べている物を見ても取り立てて奇抜な物ではないようだが……美食家としてはこれはどうしたものか。


 しばし辺りを見渡し、誰でも出来、失敗しないような無難な料理を思いついた。


「ここでしか食べられぬ卵料理を。出来るだけシンプルな形でお願いしよう」

「ノルベルト様? そのような物で宜しいのですか?」

「なに、問題無い。ここは珍しい物を出すのだろう? 魔物でも何でも卵料理なら失敗もあるまいよ」


 あぁ、と付けたし周囲でこちらの様子を伺う他の客達にわざと聞こえるように言葉を続ける。


「腕の立つ冒険者や傭兵なんかが居たら、『竜の卵』でもお願いしたものを」

「なっ……!?」


 伺うように静まり返っていた店内の客が、一斉に立ち上がり詰め寄ってくる。


「てめぇ! ブランさんとリラ姐さんの前でっ!」

「あんた何どさくさにまぎれて私の事『姐さん』なんて呼んでるのよ」


 冒険者と思われる男が私に食って掛かると、カウンターの端で金髪の少年と一緒に座っていた髪の長い女性――リラと呼ばれた者だろう――が頬杖を付き適当にその男を止め店主に視線を送る。

 視線の先の店主は腕を組み唸りながら何か考えているようだ。


「うーん……。さすがに竜の卵は無い、よねリラ? と言うかあっても嫌だし……それくらいの物で代わりになる卵……?」


 『ある訳ないしあってもあげないわよ!』と食って掛かる女。

 けしかけておいて何だが、私の想像と違うところで皆怒りを覚えているような気がする。


 喧々囂々と口々に騒ぎ出す客を店主は諫める事無く未だ深く考えを巡らせている様子。


「あっ! う、うーん……。ちょっと今在庫が無いけど、採って来ても良いのならそれっぽいのがあるかも……?」


 突如思い出したように華やかな顔になったと思いきや、採りに行くのが面倒なのか厳しい表情になる。

 そんな顔を見てか、カウンターの端で頬杖を突いていた女が重そうに口を開く。


「……何が必要なの? ノアの事見ててくれるなら私採って来ても良いわよ? と言うか……私の行ける範囲、よね?」


 自身の隣に座る金髪の少年の頭を撫でながら店主にそう宣言すると、『ちょっと待っててね?』と少年に言い聞かせている。


「ありがとうリラ! リラなら大丈夫だと思うけど、一応これ持って行って。あと場所なんだけど……」


 満面の笑顔でカウンターから出てきた店主は、紫色の小さな何かを手渡しながら採りに行く物と場所を伝えているのだろう、それを聞いた女は『うわ、言うんじゃなかった……それ私からしたら強制一択だけど』と不満をあらわにしつつ、金髪の少年を店主に預け足早に扉を出て行った。


「多分一時間……二時間はかからないと思うけど、少しお待ち下さい」



                 *



「たっだいまー……ブラーン、採って来たわよー。もー、おもーい!」

「あっおかえり! 無事で良かったよリラー!」


 一時間を過ぎた位だろうか、採りに行った女が抱える程大きな卵を一つ持って扉の前に立ち尽くしている。

 ゆっくりとお茶を頂いている私の横をすり抜けるように通り過ぎ、その卵を受け取った店主は、女に席を薦めお茶を置き、すぐさまカウンターの内側に戻ると準備を始めた。


「すぐ出来るのでもう少しお待ち下さい。結構量も出来そうだし、皆の分も出来るよー」


 大きな卵をまな板の上に載せ、包丁の背中を使い上手く殻を割りながらふんわりとした表情で他の客に笑いかける店主。


 シンプルな卵料理を注文したのだからそれは早く出来るだろうな。


 問題は何の卵かと言うところだが……。

 横目で卵を採って来た女を見ても、疲れたと言っていたが実際はそれ程大して苦労しなかったのか、今は微笑ましく金髪の少年とお茶を楽しんでいる。


 言ったは良いがなんの卵か分からないと言う恐怖に怯えていると、店主は慣れた手つきで卵を混ぜ、フライパンに流し込んでいた。


「はい! どうぞー!」


 フライパンに卵を流し込んで数回かき混ぜただけのようだったが、もうさらに乗せ目の前に料理が運ばれて来た。


「これは……オムレツか?」


 異世界料理でもなく、これは一般的に食べらている卵料理。

 少し肩透かしな気もするが、これはこれで安心して食べられる。


「ノルベルト様、我々も頂きましょう!」


 西国の者の言葉で周りを見渡してみると、店内中の客に同じ物が振舞われ、皆は早速口に運んでいた。


「あっあぁ……では」


 通常の卵よりも鮮やかで濃い色のそれに、木製のスプーンを差し入れ一口分すくい口に運ぶ。

 ほろりと歯を使わず雪解けの様に口の中でなくなっていくオムレツは、その見た目通り普段食べる卵より遙かに濃厚で甘い。

 注文通りバターと必要最低限の調味料のみのシンプルな作りながら、卵同様バターも特別な物なのだろう、軽い口どけながら皿の上ではケーキのようにしっかりと厚みのある形を保っている。


「……旨い」


 無意識に口をついて出た言葉に自分自身はっとし顔を上げると、無邪気な少年のような笑顔の店主の姿があった。


「ごほっ! うむ、ところで店主これはなんの卵なのだ? それと使われているバターもそれなりに市場の物と違うようだが?」


 何でも見透かすように微笑む店主に見られるのが苦しく、質問をする体で気まずさを誤魔化すと、それすらも見透かすかのように楽しそうに口を開く。


「お客さん凄いね、バターも分かるんだ。ふふふっ……これは『ヒュドラ』の卵だよ」

「ヒュッ……!!?」


 わいわいと店内の客がそれぞれオムレツを堪能していたところにヒュドラ。

 勿論皆手が止まり、店主の顔を口を開けたまま仰ぎ見るのみだったが、当の店主と卵を採って来た女は楽しそうに会話を進めていた。


「全く。さっき言われたやつの中で採って来れるのヒュドラだけよー? 私だってさすがに空間は越えれないもの。ヨルムンガンドもヤマタノオロチもブランだけよ採って来れるの。お客さんが言ってたバターだってどこから採って来たんだか……」


 ヒュドラ……ヨルムンガンド……ヤマタノオロチ……。


「言っといてなんだけどヨルムンガンドってオスだった気がするしね。バターがねー結構面倒なんだよね。アレはアウズンブラから作ったバターだから」


 アウズンブラ……。


「あぁ、北欧の最初の牛ね。結局それも空間を越えなきゃ駄目じゃない」

「あっそうだね。でもルフに頼めば空間越え位軽くしてくれると思うよ? 今度紹介するよ」


 ルフ……。


 見渡せばこの会話に付いて行けてないのは私だけではなかったようで、皆まじまじと自身の皿に視線を落とし観察している。


「……店主、つかぬ事を伺うが、このオムレツの代金は相当なものになるのではないのか? いや、それはいいのだが……その」


 『二人は何者なんだ』の一言を言ってはいけない気がする。

 私の不安をよそに、店主と女はさも忘れていたかのように揃って目を丸くしていた。


「そっか、全然考えてなかった。えーと……僕は普通のオムレツ料金で良いけど、リラはどうする? 調達料払うけど」

「わっ私も何も考えて無かったし、調達料なんて貰っても困るし……んーじゃあ、ノアと私にお土産頂戴! それで良いわ。ねーノア?」


 隣で満足そうに口いっぱいオムレツを含んでいる少年にそう確認し、話しはまとまったようだ。が……。


「で……では、私は何をすれば……」


 肝心の私は普通のオムレツ代を払うだけで良いという事か?

 それは私のプライドが許さん!!


「よし! 先のオムレツ代は全員分私が払おう! 勿論お土産代も出そう!」


 気付けば私は立ち上がり、高らかに宣言していた。


「マジか!? 何だよ実は良いヤツじゃねぇか!!」


 先程食って掛かってきた冒険者の男が随分失礼な事を言いながら私の肩を組み、他の客と盛り上がり始めた。


 色々聞きそびれた事もあるが、きっと私はここの常連になるだろう。

 後々少しずつ聞いていけば良いか……。


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