お茶漬け
失敗から学び成長していくのが人間。
前回無謀にも一人で世界中に登り遺跡探索に出かけた私ですが、恐ろしい事に全く成長出来ていませんでした。
えぇ……そうです。また来ちゃいました世界樹に。一人で……。
深く入り組んだ世界中の小さな隙間に蹲りながら溜息を一つつき、足元に生える苔を爪先で弄りながら途方に暮れる。
今回はブランさんのお店からスタートした。
前回は一番下から時間をかけ登って来たが、体力の限界であのお店が限界だった。なので今回はブランさんのお店から元気よく登って来たのは良いけど、一個ずつしか学習出来ない自分の頭をこれ程恨んだ事は無い。
いや、もっと慎重に考えて計画を立てれば分かる事だったと思う。
思いついたらすぐ行動に移したくなってしまうのは考古学者だからだ。って思いたい。
そうよ、そうじゃ無かったらまた一人で世界樹に登ろう何て思わない。ミノタウロスに襲われた事を失念しない。魔物の巣を元気に走り抜けない!
前回はミノタウロスで今回はハーピー。
ハーピーはミノタウロス程力は強くないけど、空を飛ぶし複数まとまって攻撃してくる。現に今もどうにか世界樹の隙間に潜り込んだけど、隙間から見える空にはハーピーが飛び回っているのが確認出来る。
こんな事ならブランさんの言う事を素直に聞いておけば良かった……。
今日は星の日。ブランさんのお店は休みだった。
休みなのにも関わらず身支度を整えた私が自信満々にお店のドアから現れた時、眠そうに目を蕩けさせながら出迎えてくれた。
「んぁ……どうしたの? 今日は……眠い日だよ? 大荷物でどこ行くのぉ」
「起してごめんなさい。今日はこれから世界樹に登るの! もっと上の遺跡を見にねっ」
今にも寝落ちしてしまいそうなブランさんとは対照的に、早朝からやる気に満ちいつも以上に元気な私。
私の言葉を聞いたブランさんは目を瞑ったままカウンターにもたれ掛り、『世界樹……遺跡……』と言葉を反芻し眠い頭で理解しようとしていた。
「もっと……上に? また急な話だね……。常連の誰かを誘ってか」
「だいじょーぶ! 今回はちゃんと反省を踏まえて登るんだから。ブランさん、遺跡から帰ってきた時オコメ料理作ってね。じゃっ! お土産もってきまーす!」
すっかり根拠の無い自信にとりつかれている私は、ブランさんの言葉を半分も聞く事無くお店を飛び出していってしまった。
きっと普通ならここで『ドアを閉めるときブランさんが何かを言っているのが聞こえた』とかだろうけど、有頂天の私の耳には一切何も入ってこなかった。
それで現在に至る。
前回は滑落して身動きが取れなかったけど、今回は動けるけど動けない。
もうちょっと慎重になりなさいと昔から言われていたけど、ここまで来るともう笑えない。
……うん、ここでグズグズしててもしょうがない。どうにか脱出しなくちゃ。
大きく息を吸い込み周りを見渡す。
複雑に入り組んだ世界樹の幹と枝葉の隙間をくまなく見渡し、ハーピーに見つからず見つかる事無くお店まで戻るルートが無いか探す。
この際荷物など捨てて、着の身着のままで迷路のような世界樹の枝の中に潜り込み先を進む。
外のハーピーに気付かれず、出来るだけ外が確認出来る範囲で移動を開始する。
世界樹の上は前も思ったが独特の生態をしている。
前回出合った光る苔や植物、地上では見たことも無い虫にも驚いたが今は世界樹自体に驚いている。
世界樹の枝を掻き分けて慎重に進んでいるのだが、私が進みたい方向にある枝が道を譲るように少しだけ動いてくれるのだ。
最初は気のせいか、私が力ずくに道を作っているのかと思ったけど、違う、世界樹が道を作ってくれている。
全く理由は分からないし、私を帰そうとしているのか迷わそうとしているのかも分からない。実際は幻覚なのかも知れないけど不思議と恐怖は無かった。
と言うか今はハーピーの恐怖しか無いので他の事に気を配れないのかも知れないけど……。
そのまま世界樹に導かれるように歩を進めていると、急に外のハーピー達が騒ぎ出した。
それと同時に世界樹が、まるで私をここで待機させるように道を作るのをやめる。
全く状況が理解できないまま、ただただすぐそこで聞こえるハーピー達の声に怯え、しっかりと世界樹の枝にしがみ付く。
すると、外で騒ぎ立てていたハーピー達と何かと争うような音が聞こえた直後、『ゴドン』『バゴッ』と何か重たい物が落下し壊れるような音が喧騒の間から聞こえてきた。
何が起きているかは分からないが、今はただ外が静かになるのを待つしか出来ない。
しばらくすると、外でハーピー達の声も争うような音もしなくなった。
「終わったのかな……? って、えぇ!?」
恐る恐る外を確認しようとした時、全く同じタイミングで張り巡らされた枝の隙間から現れたのは蛇。蛇が私の顔の前にヌルッと現れたのだった。
先生の研究の手伝いでよく遺跡に行っているので蛇は慣れているけど、いきなり顔の前に出てこられるとさすがに息が止まる。
その蛇は私を確認すると、すぐに戻っていってしまった。
……なんかこの展開に見に覚えがある気がする……。
蛇が戻っていくのを追うように世界樹が道を開き、枝で私の背を押す。先に進むように促しているようだ。
ずっと四つん這いで進んでいるせいで手も膝もボロボロになりながら先を進むと、密集していた枝葉の外が見え恐る恐る顔だけを出し外の様子を確認する。
「ゴゲェ」
「ぬわぁぁびっくりしたー!!」
四つん這いの低い姿勢のまま外に顔を出したら、丁度その頭上から声をかけて来たのはバジリスクだった。
やっぱりさっきの蛇はバジリスクの尻尾だったんだ。
けど一つ気になることが……。
「君……あの時の子だよね……? 固体の見分けなんて出来ないから分からないけど……さ」
「ゴアッ!? グワァァ! ゴゲェェェェ!!」
バジリスクがなにか騒ぎながら地団駄を踏み始めてしまった……。何だろう、待ったく分からない。
世界樹の枝の集合体から顔だけ出し、バジリスクに怒られる(?)と言うよく分からない事態に陥っていると、一本の細い枝がスルスルと伸びてくる。
その枝を大人しく見つめていると、私のポケットからブランさんから貰ったお店の鍵を器用に摘み出し、バジリスクに渡す。
するとすぐバジリスクはその鍵を咥えたと思うと、当たり前のように飲み込んでしまった。
「ちょっ……! きゃぁ!」
言葉を発しようとした瞬間、目の前のバジリスクの体が淡く光り始めたかと思うと、徐々にその光は強くなっていき目も開けていられない程のものとなった。
「ってんめーミリア! 俺の顔が分からないって何だよ! 一回会ってんだし種族が違っても見分けくらい付くだろ普通!」
直後、眩しい光の中から突如出てきた腕に引きずり出され、反射的に顔を上げるとそこには先程まで居たバジリスクではなく、一人の見知らぬ青年が私を持ち上げたまま睨みつけていた。
「はっ!? えっ……ううん!? えっとー……見分けなんか付かないわよ!」
パニックになりすぎて疑問より先に思いっきり反論しちゃった。
けどもう慣れたわ、何が起きても不思議じゃないんだものここは。
今目の前で鼻息荒く私を持ち上げている銀髪のこの青年は、きっとさっきのバジリスクなのだろう。そしてさっきの発言からすると前に助けてくれたあのバジリスクらしい。
なんで急に人型になれたのか、はきっとあの鍵のせいだろうけどそれは戻ってからブランさんに聞くとしよう。
「ったく。世界樹が騒ぐから来てみればまた馬鹿みたいな事しやがって。どうしたらあんな大量のハーピーに襲われるんだよ!」
「あっ! そう言えばハーピーは!?」
次から次に起こる出来事にすっかりハーピーの事を失念していた。
私の襟元を掴みんでいる彼の腕にしがみ付きつつ周りを見渡すが、ハーピーの姿は確認できない。
「あ? あいつらなら足元に転がってるぞ? 邪魔臭かったから石にして粉々にした」
そう言われて足元を見ると、確かに元の形が分からない位に粉々になった石が大量にあった。
先程世界樹の中で聞こえた音はこれだったのか……。
私が先程まですっぽりと隠れていた世界中の隙間は、枝がモゾモゾと動き何事も無かったかのように元の状態に戻っていた。
キョロキョロと状況を確認していたらバジリスクはさっさと私を抱え下り始めていた。
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「あっ、ミリアさんおかえりー無事だったんだね」
帰りは何事も無かったかのようにさくっとお店まで戻る事が出来、扉を開ければうっすらと眠そうな瞳のブランさんが温かく迎えてくれた。
ブランさんはいつも星の日は一日自分の部屋で寝ていると言っていたが、今日はお店に居たみたい、やっぱり心配かけたんだろうな……。
「ご心配をおかけしました……」
私をいつものカウンター席に降ろしたバジリスクは、今度はふらふらと出迎えに来たブランさんを持ち上げ小上がりに押し込めていた。
「ブラン、勝手に使うぞー」
強引にブランさんを押し込んだと思った矢先、バジリスクはそう一言告げ当たり前のようにカウンターの向こう側にまわり、なにやら調理を開始する。
「無事で良かったねー。世界樹がハーピーの群れに突っ込んで行ったって言ってきた時はどうしようかと思ったよ」
「世界樹が?」
小上がりでゴロゴロしながらそう言うブランさんの方を振り返る。
確かさっきバジリスクも『世界樹が騒ぐ』って言っていたような……あと鍵の事もブランさんに言わないと。
「ほら出来たぞミリア、どうせ疲れてて重いもんは食えないだろうからな。これくらいで良いだろ」
思考を遮るようにコトリと目の前に置かれたのは、スープに浸かったオコメ……?
「え? これ」
「いいから熱いうちにかき込めよ。ほらそこにスプーンあるだろ?」
色々と迷惑をかけた罪悪感で全然食欲が沸かないんだけど……けどきっと私が食べるまでこうやって目の前で見ているんだろうな。
カウンターの向こう側で頬杖をつきながら私が食べるのを見守るバジリスク。
もう、ブランさんは彼が人型になっても何も言わないし、お店も自由に使わせるし。しかもよくよく考えればさっきまで人型になれなかった魔物が作ったものを食べようとしてるの私? ちょっと冷静になればおかし過ぎるでしょ、この状況。でも食べますよ。助けてもらっておいて食べないなんて言えませんもの。
ぐるぐると葛藤したあと、思いっきり言われたようにスプーンでかきこんだ。
ずずずずっ
はふはふはふ
ずずっ
熱いっ! 熱い熱い!
でも前ブランさんが作ってくれたナベヤキウドンよりも淡く易しい味。
ナベヤキウドンは限界だった体に染み渡る色んな旨みと栄養を感じたけど、このスープに浸かったオコメはシンプルな出汁の旨みと、それを邪魔しない程度に置かれた薬味と、焼きほぐされた魚の身が絶妙に心に染み渡ってくる暖かさがある。
そう、涙が出る位安心する美味しさ。
「へぇ、良いなーお茶漬けかぁ」
「今生じゃ初めて作ったから色々怪しいけどな。大丈夫そう……って、ミリア涙と鼻水拭けっ」
「らぁってぇぇぇ。うへぇぇぇんおいひいよぉぉぉぉ」
ただ食べ続けて泣き続けて笑われて。
いっぱい聞きたい事があるけど今は無理そう。




