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揚げ出し豆腐 後編

「お客さんが何をさして『珍しい竜』って言ってるのか分からないけど、慌ててもしょうがないし、ここは変な事すると危ない所だから気長に探そうよ。という訳でノルベルトさん、特に注文も無かったから適当に作ってみたよー。新作なんだけどどうかな? 味薄い?」


 全く。

 相変わらずわざとかと思うくらい険悪な空気など無視するんだなブラン殿は。

 で、当たり前のようにカウンターに置いた小鉢は……しっかり二人分か。

 ブラン殿もこの様子だし、このまま皆で押し通せば魔術師の男も馬鹿馬鹿しくなるだろう。


「新作か、折角なので魔術師様も暖かいうちに食べましょう。えーと、どれどれ……ん? ブラン殿これは何で出来ているのだ?」


 意気揚々と立ち上がり凄んで見せた魔術師だったが、他の客は勿論店主にさえのらりくらりとかわされてしまい、怒りを通り越し棒立ちになっていた。

 その棒立ちになっているのを良い事に、勝手に目の前にある席に魔術師を座らせると当たり前のように木の匙を持たせた。


「ノルベルトさんお豆腐って食べた事あったっけ? それを水切りして油で揚げて出汁につけた料理だよ。お餅で作っても美味しいらしいんだけど、まずはこっちが受け入れられてからかなぁ」


 ほう。

 トウフは以前食した事があったが、トウフ自体はあまり主張しない味だったはず。

 それをわざわざ油で揚げる意味は何なのだ? 以前頂いたヒヤヤッコのように、トウフにそのままダシをかけてはいけない物なのか? 水抜きもしないといけないとは何とも面倒な事だな。


 では頂こうか。


「あつっ!!」

「あっ、揚げたてだから気をつけてよー?」


 遅いわブラン殿!

 それにしてもこのトウフと言う物は熱を通すとこうも熱くなるのか! 

 うむ……。

 あぁそうか。

 揚げた衣にダシが良く絡むのか。なる程、この旨みは揚げないと出せない旨みだ。

 うぅむ、きっとこのダシの染みた衣だけでコメが何杯も食べられるぞ!

 『ダシ衣丼』とかは無いのだろうか? いや、さすがに店ではそんなモノ出せないかも知れないが、どうにかならないものか……。

 んっ! このダシが染みてクタクタになった衣とトウフのまろやかな味も良いが、まだサクサクとした部分の食感も捨てがたい!

 ブラン殿の作るものは総じて優しい味付けだな……まぁそのせいで食べ過ぎてしまうのだがな。


 味わっていたつもりだったが、どうにも無言のままガツガツと食べてしまっていたようだ。

 だが、何も言わずともカウンターの向こうから満足そうにブラン殿が見ていると言う事は、きっと伝わっているのだろう。特に味の感想など述べなくとも良いか。

 っと……。


「どうされた魔術師様? 冷めてしまいますぞ?」


 あぁすっかり忘れていた。

 魔術師の男は呆然と匙を握り締めたまま目の前の器をただ眺めていた。


 えぇい全く! 早くしないと冷めてしまうではないか!

 この料理は出来たての熱いうちに食べてこそ旨い料理だと断言できる! もし冷めてしまったものを温め直しても、この出来たての物とは全くの別物になってしまうだろう。

 それなのにこの魔術師めグズグズしおって……!


「……帰れない」

「は?」


 イライラした気持ちで魔術師を見つめていると、ポツリと小さな言葉こぼした。

 突如怒り狂って魔術を使うのだけはやめてくれよ……?


「竜を見つけないと帰れないのだ」


 何を突然言い出したのだ。

 店中の者が同時に同じ事を思ったのだろう。先程までの険悪な雰囲気は無くなり、純粋に次の言葉を待っている。


「さっき私が南方の魔術師だと言っていたな。 では今南方の魔術師たちが必死に他国に認められようとしているのは知っているだろう……。さっきは焦っていたからあのような事を言ってしまったが、実はまだ私はそこまで術が使える訳ではない。魔物の気配すらはっきりとした殺意でも向けられねば分からない程なのだ。だから結界を張ると言って脅せば、場所を知っている誰かが慌てて口を割ると思ったんだが……」


 ううむ。

 そこの常連の傭兵共でさえそれなりに魔物の気配は探れると言うのに。

 それに案の定、他国への体裁の為であったか。


「『珍しい竜が世界樹にいる』と聞いた時、正直自分にはどうしようも出来ないと分かっていたのだが、それでも、せめて実際にこの目で竜を確認して報告さえ出来れば何もしないよりマシだと思ったんだ」

「……もしその竜を確認しても、一人じゃ生きて帰れないかも知れないじゃないか」


 さっきまで険悪な雰囲気を出していた常連たちだったが、基本的には単純……と言うか、根はいい奴らだ。当たり前のように自分の酒の入ったグラスを持って、魔術師に話しかけながら隣に座ってしまった。


「分かってた。それでも、魔術師なのに一人では何も出来ないなんて嫌だった。私の唯一の特技『飛竜に乗る』を活かせれば、その珍しい竜ももしかしたらと思いたかったんだ」


 そう言うと先程の勢いはどこへやったのかと思う程、うな垂れ黙り込んでしまった。

 まだ見習いと思われる魔術師が一人で飛竜に乗って必死にここまで来たのだな。

 だからこそあの焦りようか。


「その竜を連れて帰らないといけないのか?」

「いや、そう出来るのが一番なんだが、『竜と会った』や『契約した』と言う証明さえ出来れば良いんだ。どうせ他国へアピールするだけだしな」


 ふぅん。

 では別に珍しい竜で無くとも良いわけなのでは?

 それに、それだけで良いのならネタばらしをしても良さそうだが、はたしてその本人が『証明』をくれるかど……


「へぇ……大変なんだね魔術師って。でも探そうにも情報が少な過ぎるね」


 ……ブラン殿?


「もうちょっと詳しい情報があれば僕も協力出来るのに……」


 ……本気かブラン殿?

 見回すと真剣に悩んでいるのは魔術師の男とブラン殿だけで、あとの全員は本気か冗談か分からないブラン殿の発言に困惑気味なようだ。


「そっか……協力してくれるのかブランさん。 じゃあお手」

「? はいっお手ー」


 完全に傍観していた騎士のリック殿が半笑いでそう言うと、ブラン殿に向かって手を差し出す。

 そしてその差し出された手の上に、何の躊躇いも無くぽんと素直に手を乗せるブラン殿……何なのだこの構図は。


「よいしょっと」


 バチッ!!


「いっっっっったーー!!!」

「ほいっ。『世界樹に居る竜』捕獲かんりょーう」


 ブラン殿が大人しく差し出した手の上に、リック殿が何かを置いた瞬間、落雷かと思う程けたたましい破裂音と共にブラン殿が叫び飛び退いた。

 ブラン殿を含む店内に居たリック殿以外の者は何が起きたか分からなかった。

 が、飛び退きリック殿に触れた箇所を痛そうにさすっているブラン殿の姿を見て、一同はまた言葉を発する事が出来なかった。


「ちょっとっ……! リックさんブランに何したの!?」


 ユリカが持っていたトレイを投げ出し駆け寄ったブラン殿の姿は、辛うじて人型ではあるがリック殿と触れた腕は完全に竜のそれで、普段は出したとしても人間の頭部とバランスがとれたサイズだった角も、今は不釣合な程大きく後ろに伸びていた。

 カウンターが邪魔で腰から下は見えないが、背中から飛び出した翼はカウンター中では狭いらしく、折りたたむようにうな垂れてしまっていた。


「いや、まさかここまで効くとは自分でも思わなかった……よ。その、ブランさんごめん?」


 リック殿が手に持っていたは魔封じのタリスマンと、以前ブラン殿から貰ったと言っていた鱗。

 しかもタリスマンは市販の簡易な物ではなく、王族達の警護が持っているような易々とは手に入らない強力な代物。

 リック殿はそれをブラン殿の鱗と併せる事で更に強化して使ったのだな……鱗をくれた本人に。


「うえぇぇ……目がチカチカ体がシビシビする……」


 情けない声をあげながら顔を上げたブラン殿の目は爬虫類のような竜独特のものになっていて、顔にうっすらと鱗も現れていた。

 相当強力だったようだな。可哀相に……。


「その……もしや店主は……」


 ようやく頭が働き出した魔術師の男がブラン殿とリック殿を確認するように交互に見ながら、たどたどしく口を開いた。


「そうそう。たぶんブランさんが魔術師さんが探してた『世界樹で目撃された珍しい竜』だと思う。たぶん。いやー皆はじめから分かってたんだけど、さすがにお気に入りの店の店主を捕獲されるわけにはいかないから黙ってたんだよ。と言うかその店主本人がその事忘れて……」

「店主殿! 契約してくれ! 一緒に南方に来てくれないか!? 背中に乗せてくれないか!? 店なら新しい物を南方で用意する!」


 リック殿の言葉を遮るように、脳が完全覚醒した魔術師の男はカウンターから身を乗り出しブラン殿の腕をしっかりと掴みながら要望を一気に伝えた。

 と言うかそれではさっきと言ってることが違うではないかっ! ブラン殿を持っていかれたら困るぞ!


「えー世界樹に僕が居ても珍しく無いじゃん。んー背中に乗せてあげても良いんだけど今目がチッカチカ頭グッルグルで気持ち悪いからごめんね……。あと世界樹の上は僕には住みやすいしユリカも居るし、折角だけどここから動く気は無いんだ。それとリックさんはユリカに近付かないで? 次からそれ持ち込み禁止ね」


 ブラン殿はユリカをリック殿から遠ざけつつ、まだあまり良く目が見えていないのか探り探りカウンターの位置を確かめていた。


「でっでは鱗か角か、何か竜の証をくれないかっ!?」

「今鱗剥いだら竜に戻っちゃいそう……って、うー気持ち悪いぃ。鱗はリックさんが持ってるからひとまずそれ借りて何とかしてぇ」


 ばたーーん!


 その発言で魔術師の男の興味の矛先がリック殿に向いたところで、危険を察知したリック殿がいち早く店から飛び出して行った。

 だがいつもなら店の扉を開けると好きな場所に転移していたのだが、ブラン殿の体調のせいかはたまたわざとか、扉の向こうは世界樹の上、第四の遺跡が広がっていた。


 まぁブラン殿をこんな風にした原因はリック殿にもあるし、責任を取らせると言う事で良いな。

 それに扉が使えないとなると我々もここから移動出来ないと言う事だしな。


 全員二人を追うように店の外に出ると、大騒ぎで追い掛け回されるリック殿を酒の肴にし盛り上がり始めた。

 ついでに実はそれ程体調が悪くはないのか、楽しそうにブラン殿が新たな料理を作りはじめたのはリック殿には内緒にしておこうか。

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