揚げ出し豆腐 前編
番外編に近いのかな?
さて、久しぶりにブラン殿のところに行こうか。
最近は娘のアイラが暇を見つけてはブラン殿の店に行っているお陰で、あまり私が行く時間が取れなくなってしまった。
まぁ、別にアイラと一緒に行っても良いのだか、たまには一人で羽を伸ばしたいのだ。
その、何というかたまには『北方の美食家ノルベルト』では無く、ただの『ノルベルト』として食事をしたいのだ。
皆と食事をすると必要以上に感想を述べなくてはならなかったり、一人で居ても店によっては味の感想を聞かれる。
その点、ブラン殿の店は楽で良い。
たまにお互い意見を交換するが、それは純粋に『常連客』に意見を聞いているような感覚なのだろうな。
変に無理な評価をしなくて楽だ。
はやる気持ちをどうにか押さえ、落ち着いた事を自分で確認しゆっくりと扉を開ける。
「失礼する。ブランど……」
一歩踏み込んだ瞬間の違和感。
普段のあの実家に戻ったような柔らかい店の雰囲気ではなく、どこと無くピリッとした雰囲気が一瞬で感じて取れた。
ふと顔を上げるといつもの常連たちの他に見知らぬローブの人物が一人カウンターの真ん中に座っていた。
まぁここにどうやってたどり着いたかは気になるところではあるが、別にここは店なのだから新規の客が居ても不思議ではない。
ただ違和感の元は、毎日飽きずに大騒ぎしてはユリカやリラ殿に怒られている常連たちが今日は大人しいと言う事だろう。
皆一様にローブの男を意識しているのは嫌でも分かる状況だが……なぜだ?
少しの疑問を抱きつつ、いつも通りカウンターの奥に腰掛ける。
さて、今日は何に……
「馬鹿馬鹿しい。珍しい竜が居ると言うから来てみればただの店ではないか」
……なる程、店の中が険悪な雰囲気なのはそう言う事か。
カウンターに座ってるローブの男は腕を組み、苛立ちを隠せないのか足を激しくガタガタと揺らしながらグチグチと文句を言っていた。
あの貧乏ゆすりを見る限りなかなか気の短い御仁のようだな。
「あの、お客さんご注文は……」
「食事などしに来たのではない! 気安く話しかけないで頂きたい」
ユリカも可哀相に。
ローブの男も食事をしに来たのでないなら早く帰れば良いものを。何をいつまでも居座ってグチグチ文句を言っているのだ。
まぁユリカもそれ位で逆上したり泣き崩れたりする程脆い精神で仕事をしてないだろうから良いものの、常連どもの気が立ち始めているし、万が一にもローブの男がユリカに危害を加えようものならブラン殿も静かにしていられないだろう。
「……っち。店主! 何度も言っているだろう! 私はこの辺で目撃情報があった珍しい竜の居場所を聞きに来たのだ! この店に来れば会えると有力情報を得たつもりだったが……本当に何も知らないのか!?」
この辺で会える珍しい竜ね……そうかそうか。
そう言えば良く確認していなかったが、あのローブは確か魔術師協会のものだったような覚えがある。
あの肩にあるエンブレムのようなものがあの男の階級なのだろうが、さすがにそれがどの階級の魔術師なのかまでは分からぬな。
が、エンブレムの文字が臙脂色な所を見ると南方の国の魔術師だろうな。
南方の国の魔術師協会は最近出来たと聞く。せいぜい他国へ自分達の実力を見せ付けるには竜の捕獲か討伐かが一番手っ取り早いとでも思ったのだろう。
「んー珍しい竜って言っても……リヴァイアサンの事じゃないんだよね? この辺で珍しい竜ってそれ位しか思いつかな……」
「だからそんなものを求めているのではないと言っているだろう!」
ガタガタと足を揺らす魔術師の男の向かい側で、腕を組み困ったようにそう告げるブラン殿。
うむ。確かにブラン殿の言う通り『世界樹』の上で『リヴァイアサン』に会うのは珍しい事だな。
そのリヴァイアサン……リラ殿も今日ここにはおらぬし、と言うかそもそもなのだが、ブラン殿は自分が何者か忘れているのか?
あぁ、この常連たちがピリピリしながら様子を伺っているのを見ていると、私がはじめてこの店に来た時を思い出す。
今思えば何とも恥ずかしいものだ……。
さて、さすがにユリカもイライラし出したところだ、大体の内容は分かったが話くらいは聞いてやろうか。
「もし、南方の魔術師協会の方とお見受けしましたが、いかがされましたかな? 私でよければ聞きましょう。飯でも食べながら」
そう飯でも食べながら、だ。
魔術師の男はいきなり話しかけながら隣に座った私を睨みつけるように見ると、そのまま訝しげに上から下までジロジロとなめるように確認し出す。
随分と失礼な態度であるが、はじめて来た時の自分を見ているようで何とも言えない。
そのまま魔術師の男はさも私に興味が無いかの様にワザとらしく溜息と付き、私のことなど一切見ずに口を開いた。
「お前は……商人か? 私が南の魔術師と分かっただけ他の者より知識はあるのだろうな」
常連たちよ落ち着け。
こんなところでお前達と魔術師が喧嘩でもしたら店が無くなってしまう。
それに、私が着ているただの北方独自の服を商人の服と間違える奴だ、言ってしまえばこの魔術師もあまり知識は無いのだろうな。
周りの常連の緊迫した雰囲気を知ってか知らずか魔術師の男は話を続ける。
「最近仕事を依頼した傭兵がここに珍しい竜が居ると言っていたのだ。世界樹に住める程強力で珍しい竜ならば、我らの役にも立つかと思って急ぎ飛竜に乗って来てみれば……何とも腑抜けた店主と知性の欠片も感じられない客が居るだけで何の情報も無い。全く……」
「おぉっ! 飛竜を操れるのですか。これはこれは……上位の魔術師様でしたか」
笑うな皆。
私だって好きでこんな心にも思ってない事を言っているわけではないわ。
この手の者は機嫌さえとっておけばいいんだ。
「ときに……魔術師様方は魔物の気配には敏感なのでしょう? その魔術師様がこちらで竜の気配を感じないと言う事は……その、言いにくいのですが、その傭兵にかつがれたのでは……?」
目の前に竜が居るのに分からないのか? それともここまでしっかり人型になっていると分からないものなのか?
何にせよこれ以上恥をかく前にどうにかした方が良いのではないか……?
「魔物の気配はするんだ! だがここが世界樹だから気配がぼやけていて特定出来ないのだ! こうなったらこの辺り一面に結界でも張ってくれようか……そうすれば否応にも出で来ずにはいられないだろう。よし! それが良い!」
「まっ待たれよ魔術師さ……」
「えー、痛いのは嫌だなぁ」
術を唱えようと勢い良く立ち上がった魔術師の男を止めようと、私や常連たちが慌てて立ち上がるも、この店の主の何とも間の抜けた一言でその場に居た全員が硬直してしまった。
「……店主、それはどういう意味なのだ?」
ゆっくりとブラン殿の方に視線を向けつつ、魔術師の男が低い声を発する。
「え? だってここで結界なんて張られたら外にいるお客さんの飛竜も痛くて暴れるよ? それにこの辺には結構魔物も多いし、結界にびっくりして暴れ出した魔物が店を攻撃してきたら大変でしょ?」
低い声で威圧をかけた魔術師だったが、ブラン殿には上手く伝わらなかったようだな……。
ブラン殿の言った『飛竜も』の『も』と言うのは、『ユリカも自分も』って事なのだろう。
確かにペットのような花ウサギのユリカが暴れてもなんとも無いが、飛竜とブラン殿が暴れたら我々も痛いじゃ済まないだろうな。
それに詳しくは知らないが近くにブラン殿が育てている『食用ミノタウロス牧場』もあるのだろう? とてもじゃないがそんな所で結界なぞ張ってほしくはないな。
……と言うかブラン殿に人間の魔術は通じるのか? それはそれで少し気になるところではあるな。




