遭遇
音もなく姿を現したのは、オルディンの前に二人、フリージアたちの後ろに三人の男たちだ。
五人とも揃って、昼間へルドで目にした兵士たちと同じ服を身に着けている。当然、彼らは予想通りの言葉を一行に告げた。
「我々はニダベリル軍の者だ。お前たちは何者だ? こんな時間に、この森の中、何をしている?」
ニダベリル軍制式の細身の片刃剣を抜きながら問いを発したのは、オルディンの前にいる男だ。ニダベリルの人間らしい黒髪に、あの目は――赤い色をしているのだろうか。鋭い眼差しで、油断なくオルディンの動きを窺っている。
「ただの旅人だ、と言って、信じるか?」
肩を竦めながら、軽い口調のオルディン。それに応じた赤目の男も、おどけた調子だ。
「そりゃぁ、ちょっとできない相談だな。お前たちは、昼間川の向こう岸をうろついていた奴らだろ?」
そして、ガラリと空気を変える。
「上流へ逃げて行った筈が、何故、戻ってきてるんだ?」
「知らねぇな。俺達はずっとこっち側にいたぜ? 狩りで暮らしててな、ちょっと深追いし過ぎたんだよ」
「狩り、ねぇ……そっちの白いのが、今回の収穫って奴か? ナイの村の医者んとこにいたのだろ?」
――白いの?
二人のやり取りを黙って聞いていたフリージアだったが、相手の男の台詞に首をかしげる。が、すぐに彼が何を指しているのかを悟った。
「ちょっと、『収穫』って何なんだよ! エイルは物じゃないだろ!」
「あの、バカ……」
思わず声あげてしまったフリージアにオルディンが額を押さえて呻いたのが聞こえたが、出てしまったものは戻せない。
「ああ? 何だよ、お嬢ちゃん。そいつに名前なんか付けてんの? 『混ざりもん』だぜ?」
「その『混ざりもの』って呼び方、何なの? やめてよね。なんか腹が立つ」
始めたからには取り繕っても仕方がない。フリージアは胸の内の憤懣を言葉に変えて男に投げつけた。彼女のその言葉に、一気に空気が棘を含む。
「……お前ら、その髪の色と言い、やっぱたこの国の者じゃねぇな? こりゃ、ちょっと詳しく話を聞かせてもらわねぇと」
彼の台詞が合図であるかのように、残る四人もそれぞれに鞘から剣を抜き放った。元々友好的とは言い難かった空気が、更に険を含む。
「ジア、お前が蒔いた種だからな?」
「う……解かってるってば」
大剣を手にしたオルディンに、フリージアは腰に差した短剣を取りながら答える。彼女が黙っていたからといって穏便に済ませられた可能性は低いが、それでも、余計なことを言ってしまったのは事実だ。
前方の二人はオルディンが相手をする。フリージアが対峙するのは、後方の三人だ。
短剣を提げたフリージアに、彼らは一様に薄く笑みを浮かべる。
「そんな玩具でオレたちの相手をするつもりか?」
「まあね」
フリージアは、肩を竦めて返した。彼女が小ぶりな得物を選んだ理由は、ちゃんとある。それは、頭上に繁る木の枝だ。
オルディンのように膂力があれば、多少枝に引っかかっても容易く剣を振り切れる。だが、フリージアではそれは命取りになりかねない。それくらいなら、攻撃範囲は狭くなるが、取り回しの利く短剣の方が、良い。
「ウル、エイルを守っててね」
小さく一声かけ、間髪を容れずに一番左端にいた男の懐へと跳び込んだ。
瞬時の出来事に無防備なままの胴体を晒すそのみぞおちに、クルリと返した短剣の柄を叩き込む。
「グッ」
呻いて前屈みになった首筋にすかさず回し蹴りを食らわせ、昏倒した男を振り返りもせずに次の獲物へと跳ぶ。それは猫のような身のこなしで、ポカンと口を開いた男に剣を構えさせる余裕を与えなかった。
ハッと我に返った男が殆ど反射のように振り下ろした剣を、短剣で受け流す。フリージアの力で弾き飛ばすことは叶わなくとも、相手の力のままに切っ先を逸らせるのであれば、その何分の一の力で済むのだ。
体勢を崩してたたらを踏んだ男の顎の下、その首の拍動を、フリージアはトンと手刀で叩いた。
直後、彼は白目を剥いて、へなへなと倒れ伏す。
この間、鼓動十回分ほど。
「うわぁ……」
ウルがため息ともつかない声をあげるのを背中で聞いて、フリージアは残る一人に向き直った。
「お前……クソッ」
驚愕と共に呻いた最後の一人は、息一つ乱していない彼女の視線を向けられ、慌てて剣を構える。男のその目からは、フリージアを小娘と侮る色は消え失せていた。
向き合ったのは一瞬のことで、先に動いたのは男の方だった。
数歩の距離を一気に縮め、男はフリージアに向けて剣を振るった。
月の明かりで煌めく切っ先。
だが、空気を切り裂く音を立てて振り下ろされたそれを、フリージアは紙一重の間合いで避ける。彼女の動きを封じるように間断なく繰り出される刃を、フリージアは踊るような軽い足取りでことごとくかわし続ける。時折、数本の赤い毛がハラリと舞ったが、それだけだ。
次第に男の息が荒くなり、その額には汗の珠が光り始めた。対するフリージアは、鼓動すら早まっていない。
男が今またフリージアに向けて剣を振り上げる――一歩を踏み出しながら。
その瞬間。
フリージアはヒュッと、地に吸い込まれたかのように身を屈める。一瞬の、男の呆気に取られた顔。
地面に手をつき、片足を軸に、もう片方の脚を伸ばして、フリージアはグルリと男の脚を薙ぎ払った。
「うわっ!」
重心が上に行っていた男は後ろ向きに倒れ、したたかに背中と後頭部を地面に打ち付ける。
「グッ」
下が土なだけに、そのまま脳震盪、とまではいかなかったようだ。息を詰まらせ頭を抱える男をヒョイと覗き込み、目が合った彼にフリージアは笑い掛ける。
「おやすみ」
一声かけて、拳をみぞおちにめり込ませた。
*
オルディンの見守る中、フリージアは瞬く間に男二人を昏倒させた。残るは一人、まず問題ないだろう。フリージアの腕は信じていたが、やはり、気になってしまうのは仕方がない。
ホッと一息ついた彼に、ふてくされたような声がかかった。
「おい、ちょっと、兄さんよ。無視はねぇんじゃねぇの、無視は?」
声の主は最初に誰何してきた男だ。
「ああ、悪いな。じゃ、やるか」
言いながら、オルディンは剣を片手にニダベリル兵二人に向き直る。
「随分と余裕かましてくれてるねぇ」
「まあな」
挑発する気はないが、実際、腕の差は明白だ。見たところ、この赤目の男はそこそこの技を持っていそうだが、もう一人は殆ど戦力外だ。
「俺とやり合うなら、骨の一本や二本は覚悟しとけよ?」
「は! 弱い犬ほどよく吠えるもんだろ?」
赤目の男が、せせら笑う。
だが、オルディンの宣告は脅しでもはったりでもなかった。
元々、彼の剣は殺す為のものだ。フリージアと過ごすようになって手加減というものを覚えたが、それでもつい加減をし損ねることがある。フリージアに相手を殺さず戦闘不能に陥らせるような体術を教えたのはオルディンだが、同じ意識でその腕を振るえるとは、限らない。
「いくぞ」
一声かけて、オルディンは地面を蹴った。と、鏡のように相手二人も動く。
左右からほぼ同時に攻撃を仕掛けてきた二人だったが、やはり赤目の方が少し早かった。ギィンと鋼と鋼がぶつかる音を響かせて、オルディンは迫る刃を手にした大剣で打ち払う。と、その勢いのまま、赤目の男に体当たりを食らわせた。直後、オルディンの身体があったその場所を、もう一人が振り下ろした剣が削いでいく。
もんどりうって地面に転がる赤目の男は放っておいて、オルディンはすかさず身を翻し、もう一人の男と向き直った。斜めに切りつけてくるのを易々と払いのけ、がら空きになった胴へと回し蹴りを叩き込む。ボキリ、と、肋の折れる鈍い音を響かせて男は吹っ飛び、その先にある樹へ叩き付けられた。そして、微動だにしなくなる。
振り返れば、頭を振りながら赤目の男が手をついて起き上がろうとしているところだ。
「お前ひとりになっちまったが、まだやるのか?」
耳を向ければ背後は静かになっていて、フリージアの方は片が着いているようだ。オルディンのその台詞に、赤目の男が怯む気配はない。いや、むしろ、高揚したような空気が漂ってきて、オルディンは微かに眉をひそめた。
「あんたたち、スゲェな。ただのコソ泥かと思ってたけどよ、そうじゃねぇな。何なんだよ。どこの誰なんだ?」
駄賃でも待つ子どもの様な、浮き立った、声。
立ち上がった男は、剣を構える。
「こんな楽しいのは、初めてだ。なぁ、殺すまでやり合おうぜ?」
「ああ?」
五人中四人が倒され、どう見ても形勢不利だというのにやる気に満ち満ちている男に、オルディンは眉間の皺を深めた。どうやら、おかしなのに捕まってしまったらしい。
「おら! 呆けてんじゃねぇよ!」
怒号と共に、男が跳ぶ。
繰り出された刃を、オルディンは大剣で払う。と、手首を返し、男に向けて下から上へと斬り上げた。
「ッぁぶねッ!」
その腕を狙ったオルディンを、男は後ろに跳んでやり過ごす。すかさず一歩を踏み出し、男を追った。息をつく暇を与えず、剣を振るう。
素早さでは、男もそこそこなものだった。
間断なく襲いかかるオルディンの刃を、かわし、あるいは自らの剣で受け流していく。防戦一方だというのに男の目には焦りも苛立ちもなく、剣を交えれば交えるほど、生き生きと輝きを増していくようだった。
――さて、どうしたもんかな。
オルディンは一際強烈な一撃をお見舞いし、男が受け止め損ねてふら付いたところを蹴り飛ばす。
このままでは、本当に殺すまでケリがつかないかもしれない。だが、そんなことをしたらフリージアからどんな目で見られるか、今からでもその眼差しがありありと脳裏に浮かぶ。殺すのは論外だとして、となれば、腕の一本や二本、へし折るか。
吹っ飛んだ拍子に口の中でも切ったのか、顎を伝う血を拭いながら――嬉しそうに――立ち上がる男を眺めつつ、オルディンはそんなことを考える。
「イイなぁ、おい。ホント、あんた、イイわ」
陶然とした口調で呟く男を、オルディンは少々うんざりした思いで見やった。
「もう止めとかねぇか?」
「は! 寝言は寝て言え!」
無駄だろうなと思いつつ口にした台詞を、予想通り男は一蹴する。そして彼は、再び地を蹴りオルディンに迫った。
「せぃッ!」
気合と共に振り下ろされた剣を、オルディンもまた己の得物で受け止める。
ギィン、と、夜闇を貫く耳障りな金属音。
その余韻を残したまま、二人はギリギリと剣を交叉させる。
赤目の男の長剣は、オルディンのものの半分の厚みも太さもない。にも拘らず、激しい打ち合いに刃こぼれひとつせず、渾身の鍔迫り合いで折れもしない。それもまた、ニダベリルの優れた精鉄技術の賜物なのだろう。
どちらも一歩も引かない膠着状態。
先に押し負けた方が手傷を負う。
互いに、それが判っていた。
力は拮抗しているかと思われたが、次第にその差が明らかになってくる。
剣を抜いた時からまるで変わらぬオルディンに対し――
「クッ……!」
赤目の男の額に、汗がにじむ。わずかに震え始める、その身体。
喰いしばった歯の間から唸りが漏れた、その時だった。
「あ!」
背後で上がった、小さな声。それが誰のものなのかなど、オルディンには考える必要などない。殆ど反射のように彼の体は動き、男を力任せに薙ぎ倒した。
振り返る彼の視界に入ってきたのは――
「灰色大熊……」
呟いたのは、地面に転がったままの赤目の男だ。
ウルとエイル、そしてフリージアの向こう側に見えるのは、巨大な獣だった。グランゲルドでよく見かける大爪熊よりも二回りは大きな、熊。オルディンよりも遥かに大きく、後ろ足で立ち上がり戦闘態勢を取っているその姿は、フリージアの倍の背丈はあるだろう。
「あの小娘、マジかよ」
赤目の男の呆れたような、感心したような声で発せられた台詞は、そのままオルディンの心情を表わしていた。
フリージアはウルとエイルを庇うように、剣を抜いてその灰色大熊に対峙しようとしている。その太い腕の一払いで彼女は木の葉のように飛ばされ、爪の一裂きで真っ二つにされてしまうだろう。
「チッ」
舌打ちと共にオルディンは走る。
一歩、二歩、三歩。
そうして、殆どひったくるようにしてフリージアの腰を掻っ攫うと、自分の後ろに回す。
「オル!」
彼の名を呼ぶその声にホッとした響きが含まれているのは、多少は危険の程が解かっていたからか。
「あいつらと下がってろ」
「あ……うん……」
その返事と共に背中から温もりが消えるのを待って、オルディンは目の前の巨体を睨み上げた――常には見せぬ、殺気を漲らせて。彼の目に射抜かれ、灰色大熊は一瞬びくりと身を竦ませる。
どちらも、爪の先一つ、動かさなかった。
ただ、互いの目を見据え、その一挙手一投足を見張る。
熊がほんのわずかでも動こうものなら、オルディンは一撃のもとにその首を落とすつもりだった。手負いの獣ほど、厄介なものはない。中途半端に命を助けようとしては、この場の皆が――フリージアが、危うくなる。
だから、オルディンは、手加減をするつもりは微塵もなかった。
凍った時間。
その場の誰もが、息をひそめていた。わずかな動きが張りつめた糸のような均衡を崩してしまうことを恐れて。
やがて。
ゆっくりと灰色大熊が頭を下げ、前足を地に着ける。そうして数歩後ずさり、のそりと踵を返すと、ゆっくりと木々の影の中へと消えていった。
「良かったぁ……」
完全に、その影すら見えなくなって、間の抜けた声を上げたのは、ウルだ。それに応じて、フリージアも頷く。
「ホント、良かったよ。あの熊、死なせたくなかったし」
「ええ? そんなのんきな。危なかったのは僕たちの方でしょう?」
心配どころが間違っているとばかりに、ウルがフリージアに言う。だが、そんな彼に、彼女は笑顔で返した。
「オルと熊だったら、断然、オルの方が強いよ」
「まさかぁ」
「ホントだって。牙狼だって、一撃だもん」
信用されているのはいいのだが、頼むから多少の危機感は持ってくれと、オルディンは心の底から思う。ここは、彼を置き去りにしてでもさっさと逃げて欲しかったところだ。グイとフリージアの頭を掴み、自分の方に向き直らせる。
「お前な……熊とやり合おうとは思うな、熊と」
「でも、後ろ向いて逃げたら、追いかけられるだろ? いつも言うじゃないか。獣と鉢合わせしたら、目を逸らすなって」
「それは、一人きりの時だ。俺と交代した時点で、さっさと逃げるべきだったんだよ」
「オルを置いて? それはないな」
「ありだ」
「無理、できない」
「しろ」
キッパリと断言したオルディンは、目でそれ以上の反論を封じ込める。
口を尖らせたフリージアは不満そうだが、オルディンとしても譲るわけにはいかない。
睨み合う二人を、ウルはおろおろと、エイルは無表情で、見守っている。
と、そこに、すっかり存在を忘れられていた第三者が参入した。
「ちょっと、お宅ら、オレのことを忘れてねぇ?」
不満そうなその声に、そう言えば、とオルディンは振り返る。その先には、当然、あの赤目の男が立っていた。
「ああ、すまんな、忘れてた」
「おい……」
ムッと眉間に皺を寄せた男だったが、すぐにそれを消し去り、続ける。
「まあ、いいや。お宅、すげぇな、ホントに。この時期の灰色大熊を睨みで追い返すって、有り得ねぇよ」
感心しきりの男だったが、実際のところはそれほどたいしたことではない。熊は意外と臆病だ。怯まぬ様子を見せれば、相手が手強いかどうかを、勝手に判断してくれる。
「まあな、ということで、お前も諦めて、さっさと俺達を行かせてくれよ。こっちは四人だぜ?」
肩を竦めてそう言いながらも、オルディンは相手が引くとは思っていなかった。また、戦いを挑んでくるのだろう、と予想していたのだ。
だが。
「いいぜ」
男は軽い口調で首肯した。
「ああ?」
「あんたらを捕まえる気も報告する気もねぇよ」
「いいのか?」
半信半疑で、オルディンは確認する。男は再び頷き――代わりに突拍子もないことを言い出した。
「オレも行くから」
「はぁ?」
思い切り怪訝な声を出したオルディンに、男はにんまりと笑って続ける。
「オレもあんたらについてくわ」
「何言ってんの、お前?」
「オレさ、今の生活に退屈してんのよ。うんざりなわけ。だから、あんたとやり合いたいんだよね。オレがあんたを殺すか、オレがあんたに殺されるかするまで、付いてかせてくれよ」
言葉で断固拒否するか、それとも手っ取り早くこの場で息の根を止めてやろうか、オルディンは迷った。その横で、フリージアがこそこそと彼に囁く。
「この人……変な人?」
「ああ、そうだな」
相当変な人間であることは、確かだ。その変な人間が、至極まともなことを口にする。
「なぁ、そうと決まればさっさとここを離れねぇ? こいつら目を覚ますだろ? 寝てる間に距離稼いだ方がいいんじゃねぇの? 目ぇ覚ましたらヘルドに戻って援軍呼んでくるぜ、絶対。あそこにゃ、兵隊わんさかいるからな。逃げるのも一苦労になるぞ?」
今すぐ、昏倒させてやろうか。
そんなふうに考えたオルディンだったが、ふと考え付いて、胸中で首を振る。ニダベリルの兵士を連れ帰れば、単なる雑兵だとしても、軍の内情を知るのに多少の役には立つかもしれない。敵の情報を手に入れるのは、戦いの基本中の基本だ。
利益と不利益を天秤にかけ、オルディンは決める。
「まあ、いいだろう」
頷いたオルディンに素っ頓狂な声を上げたのは、フリージアだ。
「ええ!? いいの? 連れてっちゃうの?」
「確かに、今は逃げるのが先決だ。バイダルも待ちくたびれて、動き始めちまう」
「そうだけど……うぅん……ま、いっか。オルディンがそう言うなら、あたしも彼の事、信じるよ」
彼女はそう言うと、屈託のない笑みを赤目の男に向ける。
「あたし、フリージア。君は?」
男は怯んだように赤い目を瞬かせると、気を取り直したようにニッと唇を歪めて、答えた。
「ロキスだ」
「ふうん。よろしく、ロキス」
「ああ、よろしくな」
そんな能天気な挨拶を交わす二人を横目に、オルディンの隣に近寄ってきたウルが声を潜めて彼に確認する。
「本当に、いいんですか?」
「まあ、構わないだろう」
不安そうな少年に、オルディンは肩を竦めて返した。
そう、構わない。
もしもこの男がフリージアの不利益になるようなことをするのであれば、その時には即座に消し去ってしまえばいいのだから。ほんのわずかでも怪しい動きを見せたなら、彼自身が望んだように、息の根を止めてやる。
「オルディンさんがそう言うならいいですけど……心配だなぁ」
オルディンの不穏な考えなどつゆ知らぬウルが呟くのを背中で聞き流し、彼は出発するべく荷物を拾いに向かった。とにかく今は、この場を離れ、一刻も早くグランゲルドへ帰ること。それが何よりも優先されるのだ。




