第48話 LAST VAULT
アラームが止まったあと、
部屋は異様に静かだった。
玄蔵の映像は暗くなっている。
《CONNECTION CLOSED》
葉月は座らない。
立ったまま、
黒くなった画面を見る。
晴斗も何も言わなかった。
二階堂は端末へ手を置いたまま。
汐里は医療画面が消えた場所から目を離せない。
理人は、
玄蔵が最後に言った言葉を考えていた。
見なくていい。
結果を。
それが、
最後まで格好をつけた言葉なのか。
本当に見たくなかったのか。
分からない。
もう聞けない。
中央画面が切り替わった。
《DECISION 13》
《VOTE RESULT》
六人が見る。
《CONTINUE : 1》
二階堂は動かない。
《SHUTDOWN : 1》
越智がゆっくり息を吐いた。
《DISCLOSE : 4》
理人。
汐里。
葉月。
晴斗。
四票。
《APPROVAL REQUIREMENT MET》
一秒。
《DECISION ACCEPTED》
誰も喜ばなかった。
勝った側も。
負けた側も。
これは、
そういう投票ではなかった。
二階堂がDISCLOSEの表示を見る。
「四ですか」
晴斗が二階堂を見る。
「意外?」
「いいえ」
「怒らないんだ」
「投票ですから」
晴斗は少しだけ笑う。
「そういうとこ、ほんと変わらないね」
「変える理由がありません」
越智が二階堂を見る。
「私はSHUTDOWNです」
「あなたらしい」
「褒めてませんね」
「評価です」
理人が思わず息を漏らした。
久保田の真似。
二階堂も気づいたらしい。
少しだけ視線を逸らした。
*
DISCLOSEの実行画面。
《EXTERNAL DISCLOSURE PACKAGE》
《REGULATORY NOTICE》
《LOCAL GOVERNMENT NOTICE》
《EMPLOYEE NOTICE》
《PUBLIC RISK SUMMARY》
《INDEPENDENT REVIEW REQUEST》
一つずつ、
送信待ちへ変わる。
苑子が外へ送ったデータと照合。
《PRIOR EXTERNAL HASH FOUND》
理人の目が止まる。
苑子。
すでに外にある。
玄蔵が死んでも、
施設が止まっても、
消せない場所に。
《INTEGRITY VERIFIED》
続いて、
《EMERGENCY TRUST STABILIZATION》
九十日。
給与。
保守。
地下水監視。
緊急補強。
住民対応。
準備金。
三百億が、
初めて動き始める。
誰かの口座へ入るのではない。
残すため。
止めるため。
調べるため。
払うため。
晴斗が画面を見る。
「三百億って、こんな使い方する金だったんだ」
葉月。
「最悪の遺産」
二階堂。
「使い方次第です」
葉月が振り向く。
「最後までそれ言う?」
「最後だからこそです」
葉月は少し考え、
笑わなかった。
「嫌い」
「知っています」
玄蔵と同じ返答。
葉月の顔が一瞬止まる。
二階堂も気づいたのか、
ほんの少し眉を寄せた。
「今のは撤回します」
葉月。
「遅い」
*
次の画面。
《INTERIM AUTHORITY》
六人の名前。
《MANABE》
《ARIKAWA》
《OCHI》
《MIKUMO》
《KASHIWAGI》
《NIKAIDO》
その下。
《FINAL OPERATING AUTHORITY MAY BE EXERCISED BY 4 OF 6》
理人は表示を見る。
四人いれば、
K-13の今後まで決められる。
続ける。
止める。
契約を切る。
金を動かす。
六人に、
九条玄蔵の代わりをさせる仕組み。
玄蔵は一人ではなく六人にした。
それが、
あの男なりの修正だった。
汐里が画面を見る。
「これ、このまま使います?」
理人が顔を向ける。
「何がです」
「四人で決められる権限」
越智。
「緊急対応には必要です」
二階堂。
「当面は維持すべきです」
晴斗が嫌そうな顔をする。
「また六人だけで決めるの?」
二階堂。
「今夜から数万人を集めて投票はできません」
「分かってるよ」
葉月は信託書類を見る。
《AUTHORITY DELEGATION》
小さな項目。
「これ、移せる」
越智が近づく。
「どこへ」
葉月が開く。
《PUBLIC MULTI-STAKEHOLDER BOARD》
未設定。
構成員。
自治体。
地域住民代表。
従業員代表。
取引先。
環境・地質専門家。
医療・公衆衛生。
金融。
信託受益者。
規制当局。
二階堂の目が細くなる。
「最終決裁権まで移すと遅くなります」
晴斗。
「遅くても、知らない人だけで決めるよりいい」
「緊急時は?」
汐里。
「緊急時だけ暫定権限を残せばいい」
越智。
「期限を切る」
葉月。
「九十日」
二階堂が四人を見る。
反対しても、
四票ある。
それでも、
黙って従う男ではない。
「条件があります」
晴斗。
「出た」
「感情で構成員を増やさない。専門性と利害関係を両方入れる。決定期限を設定する。緊急保全権限は別に残す」
越智。
「それなら私も賛成です」
晴斗が理人を見る。
「真鍋さんは?」
理人は構成員一覧を見る。
住民。
働いている人。
専門家。
行政。
金を出している側。
金を失う側。
危険を受ける側。
全部を入れれば、
まとまらないかもしれない。
むしろ、
まとまらないだろう。
父が立っていた会議室より、
ずっと面倒になる。
でも、
面倒だから六人で決めるなら、
また同じ場所へ戻る。
「期限付きで」
理人が言う。
「六人の権限を、そこへ移しましょう」
二階堂はすぐには頷かなかった。
「非効率です」
「はい」
「決まらない可能性もある」
「あります」
「その間にも設備は動く」
「だから緊急権限だけ残す」
二階堂は理人を見る。
以前なら、
理人は二階堂の正しさを嫌っていた。
今は、
正しい部分まで嫌う必要はないと思える。
「あなたの言ってることも必要です」
二階堂の目が少し動く。
「でも、それだけで決めたくない」
数秒。
二階堂が端末へ指を置いた。
《DELEGATION FRAMEWORK : APPROVE》
「反対しても四票あります」
晴斗。
「素直じゃないなあ」
「合理的です」
それで六人全員が承認した。
《INTERIM AUTHORITY LIMIT : 90 DAYS》
《PUBLIC MULTI-STAKEHOLDER BOARD : FORMATION REQUIRED》
《DECISION ACCEPTED》
最後の、
《DECISION ACCEPTED》。
今まで何度も見た文字。
今回は、
誰かを狭い橋へ送らない。
誰かの床を落とさない。
誰かの安全時間を削らない。
ただ、
自分たちの権限を小さくした。
*
施設の最終扉が開いた。
朝だった。
地下にいた時間が長すぎて、
理人は光をまともに見られなかった。
目を細める。
外気。
冷たい。
少し湿っている。
土の匂い。
遠くから車の音。
本当に、
普通の朝の音だった。
晴斗が先へ出る。
「眩し」
汐里。
「急に走らないでください」
「走らないって」
葉月は外へ出たあと、
一度だけ地下施設を振り返った。
何も言わない。
越智は電話の圏外表示が消えるのを確認した。
通知が一気に入る。
二階堂の端末も鳴る。
苑子の送信。
外部監査。
報道。
行政。
もう始まっている。
理人のスマートフォンにも、
見覚えのない番号から着信。
取材。
警察。
会社。
何十件。
画面を伏せた。
今だけは、
朝の空気を吸いたかった。
右足は痛い。
それでも立っている。
六人。
三百億は、
誰のものにもならなかった。
まだ、
K-13も終わっていない。
むしろここからだった。
三週間後。
市の公共ホールは、
入りきらない人で溢れていた。
住民。
K-13の従業員。
協力会社。
自治体職員。
地質の専門家。
地下水の研究者。
医師。
弁護士。
金融機関。
報道。
そして、
怒っている人。
仕事を失うかもしれない人。
危険を隠されていたと訴える人。
今すぐ止めろと言う人。
止めたら街が死ぬと言う人。
壇上には、
六人分だけの席はなかった。
長い机が何列も並ぶ。
理人たちは、
その端に座っていた。
中心ではない。
苑子は記者席にいる。
目が合う。
苑子は軽く手を上げただけで、
すぐメモへ戻った。
羽鳥も後方にいた。
胸へまだサポーター。
汐里を見つけ、
小さく頭を下げる。
杏。
茉莉。
久保田。
荒巻。
ルカ。
皆川。
一ノ瀬。
志摩。
八田。
芹沢。
外へ出た人間たちも、
それぞれ違う場所にいる。
新海は見当たらない。
仁科も。
来ない選択も、
たぶんある。
会議が始まる前から、
まとまりそうにはなかった。
二階堂は資料を開いている。
数字。
損失。
維持費。
雇用。
彼の意見は変わっていない。
CONTINUE寄り。
越智は停止条件と法的措置を整理している。
汐里は住民の健康調査計画を見ている。
葉月は信託の席に座りながら、
「九条家代表」と書かれた札を裏返した。
代わりに、
《信託暫定受益者》
と書き直す。
晴斗は後ろの住民席を何度も見ている。
前の方に座らされるのが落ち着かないらしい。
開始時間。
司会者がマイクを握る。
「本日は、K-13事業の今後について――」
すぐに声が飛ぶ。
「誰が責任取るんだ」
別の場所。
「止めたら仕事どうすんだ」
さらに。
「地下水の結果を全部出せ」
「安全って言えるのか」
「いつから知ってた」
会場が揺れる。
理人はその音を聞く。
答えが多すぎる。
質問も。
怒りも。
数字も。
一つの原因を探して、
そこを直せば戻る機械とは違う。
それでも、
逃げる理由にはならない。
隣で晴斗が小声で言う。
「これ、決まります?」
理人は会場を見る。
二百人を超える顔。
外にもいる。
配信の向こうにも。
「すぐには無理でしょうね」
晴斗が苦笑する。
「二階堂さん、倒れそう」
少し離れた席から、
二階堂の声。
「聞こえています」
晴斗。
「地獄耳」
会場前方。
一人の住民が手を上げた。
六十代くらいの女性。
マイクが渡る。
「結局」
少し声が震えている。
「この先を誰が決めるんですか」
ホールが、
一瞬だけ静かになった。
理人は壇上を見た。
六人。
その向こう。
働く人。
住む人。
調べる人。
払う人。
失うかもしれない人。
まだ知らない未来の人。
理人はマイクを取った。
答えは、
前よりずっと不格好だった。
だから、
今はそれでいいと思えた。
「今度は、六人だけじゃない」




