ひとつ足りない
10月下旬の汐江は、朝だけ冷える。
新局舎の資料室は、七月に来たときと配置が変わっていた。書棚が二列増えて、背表紙に新しい番号が入っている。移転のときの整理が、ようやく最後まで届いたらしい。
美里は瀬尾と並んで座った。
七月の終わりから、二人が同じ案件の席に座るのは初めてだった。
「寒いですね」瀬尾が言った。
「資料室ですから」
「そういう意味ではなく」
「分かっています」
「分かってるなら、普通に寒いって言えばいいのに」
美里は少しだけ笑った。
「寒いです」
「はい」
七月なら、この程度のやり取りにも意味を探したかもしれない。いまは探さなかった。
井沢は隣の席にいる。
企画の担当からは八月に外れて、いまは後処理だけを続けている。前より少し短くなった髪を耳にかけて、局側の資料に目を通していた。
「始めてよろしいですか」局の権利担当が言った。
誰もすぐには答えなかった。
「お願いします」井沢が言った。
権利担当は封筒を一つ出した。
「先週、正式に連絡がありました」
紙を取り出す手が、一度止まった。
「7月21日に発見された遺体は、江波千尋さんと確認されたそうです。母親との親子関係の鑑定と、年齢の推定と、当時の歯科の資料です。遺留品のほうも合っていました」
資料室の空調が鳴っている。
美里は封筒を見た。
受け取らなかった。
受け取るものではない。
「江波さんには」
「昨日、警察からご説明があったそうです」
美里は手帳を開いた。
日付を書いた。
書いてから、書く必要がないことに気づいた。
この件について、もう自分は何の記録も持っていない。
それでも、消さなかった。
瀬尾が横から手帳を見た。
「書くんですね」
「書いてしまいました」
「消しますか」
「消しません」
「そうですか」
それ以上は言わなかった。
権利担当が一度、喉を鳴らした。
「それで、うちの広報なんですが」
言い出してから、少しだけ顔をしかめた。
「今この流れで言うことではないんですが、今日決めないと間に合わないので」
井沢が資料から顔を上げた。
「言ってください」
「今月中に、二つ出したいと考えています。修復が完了していることと、今回の調査の報告です。経緯としてつながっていますので、同じ資料の中で順に説明したほうが分かりやすいかと」
「分かりやすくなります」井沢が言った。
権利担当が少し安心した顔をした。
「そのぶん、二つが一つの話になります」井沢は続けた。
権利担当の表情が戻った。
「作品が見つかって、そこから事件が出てきた、という話です。作品のほうへ関心が向いて、事件はその付属になります」
「そういう意図ではありません」権利担当が言った。
「分かっています」
「でしたら」
「意図どおりに読まれるとは限りません」
井沢の声は七月と変わらない。
ただ、前なら「意図の話をしていません」と切ったところを、今日は一度受けてから返した。
「作品の本編は、公開しません」美里が言った。「7月に、江波さんが決めたことです。修復データは残しますが、配信も上映もしません。その前提で広報を出すと、見られないものの宣伝になります」
「見られないものを、なぜ修復したのかと訊かれます」
権利担当は少し苛立っていた。
「それ、こちらも困るんです。広報で修復に触れないと、何のための企画だったんだ、と社内から言われる」
「言われるでしょうね」井沢が言った。
「井沢さん、もう御社の案件じゃないから簡単に言えますけど」
部屋が静かになった。
権利担当本人が、一番驚いた顔をした。
「……すみません」
「いえ」井沢は言った。「そのとおりです。私は今月末で担当部署を離れます」
「そういう意味では」
「ただ、担当を離れるから言っているわけではありません」
井沢は草案の見出しを指した。
「調査の報告だけを出してください。正式な手続きを経ずに子供が撮影へ参加していたこと。記録から外されていたこと。今回の発見に至った経緯。作品名は、必要な範囲だけ出す。修復には触れない」
「見られないものを、なぜ直したかは」
「訊かれたら答えます」美里が言った。
権利担当が美里を見た。
「何と」
美里は少し考えた。
「修復データは保存します。公開はしません、と」
権利担当は草案へ線を引いた。
「分かりました。修復は外します」
言いながら、まだ納得はしていない顔だった。
「社内では怒られますけど」
「私も七月に怒られました」美里が言った。
「それ、慰めになりませんね」
「すみません」
「謝らないでください」
七月より、少しだけ会議が人のものになっていた。
会議のあと、美里は資料室の新しい棚を見に行った。
番号は連番で入っている。
ただ、一つだけ空いていた。
棚板の背に番号だけが貼ってあって、そこに何も入っていない。
「事件資料の枠です」瀬尾が言った。「入るのは、捜査が終わってからになります。いまは、番号だけ取ってあります」
美里は空きを見た。
番号がある。
中身がない。
二十七年前と、順番が逆だった。
「何ですか」瀬尾が言った。
「いえ」
「また一人で意味をつけています?」
美里は瀬尾を見た。
「少し」
「少しなら、いいんじゃないですか」
前なら瀬尾はそう言わなかった。
美里も前なら、そうですね、では返さなかった。
「そうですね」
*
環の家に着いたのは14時過ぎである。
丘陵の道は七月と同じで、生垣だけが刈り込まれていた。空気が乾いていて、路面が白く見える。
居間のソファの位置は変わっていない。
机の上に、湯呑みが二つ出ていた。
出してから待っていたのが分かる置き方だった。
「昨日、伺いました」環は言った。「警察の方から」
「はい」
「あの子でした」
美里は何か言おうとした。
何も出なかった。
七月なら、言葉を選んだ。
記録の場なら、確認できる範囲を答えた。
今日は、そのどちらでもない。
「……はい」
それだけ言った。
環はうなずいた。
湯呑みに手を伸ばした。持ち上げて、飲まずに戻した。
「小峰さん」
「はい」
「今、何も言わなかったですね」
「言えませんでした」
環は少しだけ目を伏せた。
「それでいいです」
美里の胸の奥が詰まった。
礼を言う場面ではないと思って、何も言わなかった。
しばらくして、環が自分から言った。
「今日は、記録の話ですね」
「はい」
美里は鞄から、局の保存台帳の登録票を出した。
項目が縦に並んでいて、右側が空欄になっている。
机に置いて、環のほうへ向きを合わせた。
環はそれを自分の側へ引き寄せた。
上から順に読みはじめた。
今日は、最後まで読んだ。
「登録すると、この形で残ります」美里は言った。「あとで開いた人が読むのは、この紙に書いてあることだけです。千尋さんに関わるところは、江波さんに決めていただきます」
氏名を書く欄と、役名を書く欄が並んでいる。
「案が二つあります」
美里は一つ目を指した。
「ミオという未放送役の項目を作って、その中に、演じたのは江波千尋さん、と書く形」
次を指した。
「もう一つは、江波千尋・演者と、ミオ・未放送役を、別々の行に立てる形です」
環は紙を見た。
「違いは、何ですか」
「一つ目だと、千尋さんは役の説明の中に入ります。二つ目は、人の行が先にあって、役の名前があとに付きます」
「普通は」
「一つ目です。役の名前で引く台帳なので」
「では、なぜ二つ目を持ってきたんですか」
美里は、用意していた説明を言いかけた。
二十七年前に、あの子は役ごと消されました。
そこまで頭に出て、止めた。
「七月に、江波さんから言われたからです」
「私が?」
「ミオと千尋を混ぜないでください、と」
環の指が止まった。
「覚えていたんですね」
「記録しましたから」
言ってから、美里は少し考えた。
「記録したからだけではありません」
環が顔を上げた。
「最初の形だと、ミオという役を消したら、千尋さんの名前も一緒に消えます。二つ目なら、役の項目をどう扱っても、江波千尋という行は別に残ります」
環は紙を見た。
長く見た。
「二つ目でお願いします」
「はい」
美里は書いた。
江波千尋/演者。
ミオ/未放送役。
二行になった。
環が、美里の手元を見ていた。
「小峰さん」
「はい」
「千尋の字、前より上手になりましたね」
美里の手が止まった。
「前」
「七月に、手帳へ何度も書いていたでしょう」
美里は自分の字を見た。
「……そうかもしれません」
「最初は、少し固かったです」
「見ていたんですか」
「あなたも、よく見ていましたから」
環は湯呑みを持った。
今度は一口飲んだ。
次の欄は公開の範囲である。
一般公開、制限公開、非公開。
「全部、制限のほうで」
「はい」
美里は書いた。
書き終えて、紙を環のほうへ回した。
環は確認して、日付と名前を入れた。
入れ終わってから、ペンを置かなかった。
持ったまま、机の一点を見ていた。
「一つ、うかがってもいいですか」
「はい」
「あの人は、警察に、何を話したんでしょうか」
美里はその質問を予想していなかった。
「あの人」という言い方だけで、黒瀬だと分かった。
「警察の内容は開示されていません。私が知っているのは、七月の社内の聞き取りで話されたことだけです」
「それでいいです」
「階段の裏で待つように言ったのは自分だ、と。点呼のときに、千尋さんが残っている可能性を考えた、とも話しました」
環の指がペンを強く握った。
「考えた」
「はい」
「その場で?」
「点呼のときです」
環は壁の時計を見た。
七月の聞き取りの時刻を美里は伝えていない。
「一人足りないとは言わなかった、と」
環はペンを机に置いた。
置いた音が高かった。
「私は」
そこで止まった。
美里は何も言わなかった。
「私も、言わなくなりました」
環はゆっくり言った。
「あの子が18時07分まで局にいた、と、一度は言いました。それを、そう聞こえる録音があります、に変えました」
「うかがいました」
「ずっと、同じだと思っていました」
美里は顔を上げた。
「私も黙った。あの人も黙った」
環は指を一本ずつ開いた。
「だから、責めたら、自分にも返ってくると思っていました」
声は大きくない。
むしろ、時刻を言ったときより小さかった。
「昨日、警察の方から、点呼の時刻も聞きました」
環は美里を見た。
「19時58分だったそうですね」
「はい」
「黒瀬さんが、千尋を階段の裏で待たせたのは19時半ごろ」
「そう話しました」
「火災は19時48分」
「はい」
「点呼は19時58分」
「はい」
環は時刻を一つずつ置いた。
感情が高ぶるほど、この人は正確になる。
「私は29日に言い方を変えました」
環は続けた。
「三日後です」
美里は何も言わなかった。
「黒瀬さんは、その十分の中で言わなかった」
環の目が少し赤くなっていた。
声は変わらない。
「同じじゃないですね」
美里は、はい、と言いかけて止めた。
それを決めるのは自分ではない。
「江波さんは、そう思ったんですね」
環は少しだけ眉を寄せた。
「そこまで仕事の言い方に戻らなくてもいいです」
美里は息を吐いた。
「すみません」
「でも、今のは嫌いではありません」
環は目元を指で一度押さえた。
「私が決めます」
その言葉は、七月の美里が使った「責任者判断」と同じ形だった。
意味は違った。
「同じじゃないことにします」環は言った。
それだけだった。
美里はうなずいた。
環は登録票を、美里のほうへ戻した。
角を机の縁と平行にした。
「これでいいです」
「はい」
美里は封筒へ入れた。
玄関を出るとき、環が呼び止めた。
上がり框のところで、こちらへ向き直っている。
「小峰さん」
「はい」
「あの紙は、誰が読みますか」
「分かりません」
美里は正直に答えた。
「十年後かもしれません。誰も読まないかもしれません」
環は少し考えた。
「読まれなくても、あるんですね」
「あります」
「千尋の行が」
「あります」
環はうなずいた。
「それで十分です、とは言いません」
美里は顔を上げた。
「十分だったら、二十七年は長すぎます」
「はい」
「でも、ないよりはいい」
「はい」
環は扉を押さえたまま、二人が門を出るのを待っていた。
七月と同じである。
ただ、扉が閉まるまでの時間が、少し長かった。
*
編集会社に戻ったのは17時前だった。
美里の席は七月と同じ場所にある。
担当している案件は、旧作の権利整理が二件と、字幕の外注管理が一件である。
最終品質承認をする仕事は、いまのところ持っていない。
宮下からは秋のうちにもう一度話すと言われていて、それは十一月になる。
美里は自分の机で、社内の様式の改定案を開いた。
品質管理表の様式である。
工程、実施日、実施者、判定、備考。
この五つが、いまの欄だった。
美里はそこへ、六つ目を足した案を作っている。
保留。
欄の説明には、こう書いた。
確認を試みたが確定できなかった事項を記載する。記載した事項は判定に影響しない。空欄のまま提出してよい。
三行である。
三行を書くのに、二か月かかった。
最初の案はもっと長かった。なぜ保留が必要かを説明する文章を、五百字ほど付けていた。
宮下に見せたら、これは様式ではなく主張です、と言われた。
「だいぶ怒ってましたね、あのとき」
後ろから瀬尾が言った。
「聞いていたんですか」
「隣の会議室でした」
「盗み聞きですね」
「壁が薄いんです」
「そういうところです」
「何がですか」
美里は答えなかった。
削っていくと、三行になった。
様式は、主張ではないほうがいい。
誰が使っても同じ形で残るのが様式である。使う人が、私はこう考えたので保留にしました、と書かなくて済むようになっていれば、それでいい。
改定案は来月の社内会議にかかる。
通るかどうかは分からない。
17時半に、井沢からメールが来た。
三行だった。
局の広報は調査報告のみで出ること。
修復についての記載はないこと。
自分は今月末で編成制作部を離れ、来月から別の部署へ移ること。
最後に一行だけ、本文から少し離して書いてあった。
保留欄の件、通るとよいですね。
美里は返信を書いた。
ありがとうございます。
来月の結果をお知らせします。
二行である。
送信する直前に、一度止めた。
何か一言足したほうがいい気がした。
7月17日のこと。
そのあと局内で何をしたのか。
異動のこと。
どれも、メールにすると違った。
結局、二行で送った。
黒瀬のことは、八月に瀬尾から聞いた。
七月の下旬に警察の聴取があって、待機の指示と、点呼のときのことを話したという。局の資料整理の協力からは、七月のうちに退いている。
捜査は続いていて、そのあとのことは分からない。
「瀬尾さん」
「はい」
「黒瀬さんのことを聞いたとき、私、何と言いましたか」
瀬尾は少し考えた。
「そうですか、って」
「それだけ?」
「それだけです」
「冷たいですね」
「小峰さんが?」
「私が」
瀬尾は自分の席から少し顔を出した。
「何か言いたかったんですか」
美里は考えた。
「腹が立っていました」
「七月にも言っていましたね」
「まだです」
「そうですか」
「はい」
「それなら、それでいいんじゃないですか」
「記録には書けませんけど」
「何でも記録にしなくていいです」
美里は瀬尾を見た。
「それ、瀬尾さんが言うんですね」
「最近、言うようにしています」
日曜の機材棚と同じ言い方だった。
*
18時に、美里は一度外へ出た。
地下道を上がって二つ目の角で、パン屋に寄った。
棚に一つ残っている。
くるみの丸いパンである。
半額になるのは19時からで、値札はまだ伏せていなかった。
美里は定価で買った。
袋のまま鞄へ入れた。
六月の終わりに同じ場所を通ったとき、棚は空だった。
あのときは、そのまま通り過ぎた。
*
20時を過ぎて、美里は制限環境の編集室に入った。
この部屋の端末は、外へつながっていない。
閲覧できるのは、権限に名前が入っている資料だけである。
今日は、保存用の全八話と、7月16日の削除後版を閉じる。十二本を含む削除前の字幕データは、事件資料としてすでに別保管されている。
閉じるというのは、書き換えるのに手続きが要る状態にすることをいう。
美里は三つとも関連付けて、第一話から順に、映像と字幕を突き合わせた。
八話ぶんで、四時間かかる。
机の端に、くるみのパンを置いた。
一時間後に半分食べた。
残りは袋へ戻した。
00:08:42を通った。
啓太が廊下の先を見て、母親が誰もいないほうへ返事をして、啓太が振り返る。
「いま、返事した」
それから一秒ほど間があって、母親が別の話を始める。
その一秒の上に、行はない。
美里は再生を止めなかった。
00:21:16。
ない。
第二話、00:14:03。
ない。
十二か所とも、字幕は出なかった。
美里は出ないことを確認して、記録に書いた。
保存用データにおいて、7月16日に削除した十二本は再表示されない。
そこでペンが止まった。
再表示されない。
その書き方なら、今日の事実である。
ただし、再表示されない条件は特定できていない。
十二本がなぜ出たのかを、美里は最後まで説明できなかった。
説明できないものが出なくなったとき、止まったのか、今日は出なかっただけなのかを、こちらが判断する材料はない。
終わりました、とは書けない。
0時を過ぎていた。
第八話の最後まで来た。
雨の音が続いて、家の外観が映って、そこから音が落ちる。
1999年のクレジットが上がっていって、最後に黒い画面になる。
黒画面は八秒ある。
放送のときからそうなっていた。
美里は、その八秒を最後まで再生した。
四秒目で、行が出た。
〈ミオ「私の台詞、ひとつ足りない」〉
美里は再生を止めなかった。
判断ではない。
手が動かなかった。
行は二秒ほど表示されて、消えた。
黒画面が終わって、再生位置が右端まで来て、そこで止まった。
部屋は静かだった。
美里は画面を見たまま、椅子の背にゆっくり体を預けた。
「……そうですか」
誰に言ったのか、自分でも分からなかった。
6月29日なら、すぐ消した。
七月なら、瀬尾を呼んだ。
今日は、そのどちらも、すぐにはしなかった。
まず時計を見た。
0時06分。
次に再生位置を記録した。
第八話終了後、黒画面四秒目。
表示時間、約二秒。
話者名、ミオ。
文字列。
そこまで書いて、瀬尾へ電話をかけようとした。
時刻を見て、やめた。
代わりにメッセージを打った。
明日、確認してほしいものがあります。急ぎません。
送信してから、急がない、という文字を見た。
七月なら書けなかった言葉だった。
美里は備考の欄を開いた。
欄は埋まっている。
その下に、枠のない場所がある。
あとで様式が変わったときに、そこへ移せばいい。
美里は一行を作った。
書いた。
保留。第八話終了後の黒画面に、話者名ミオの字幕一行を確認。出典不明・2026年10月/未確定。
削除はしなかった。
正式な報告もしなかった。
削除すれば、この一行はなくなる。
なくなれば、この案件は完了になる。
完了にする手続きは、6月29日の夜に一度やった。
あのときは、備考にも書かずに帰った。
今日は、書いた。
書いたので、この記録は完了しない。
保留の行があるかぎり、閉じられない。
閉じられないものは、次に開いた誰かが読むことになる。
美里は保存した。
確認画面に、自分の名前が出た。
今度は隠さなかった。
十二本のうち、原典を確かめられたのは十一本である。残る一本は、出所が分からないままだった。
その十二本を数え終えたところへ、まだ足りない、と出た。いま出た一行は十三本目である。誰が数えたのかは書いていない。誰に向かって言っているのかも、書いていない。
美里は画面を閉じなかった。
右端で止まったはずの再生位置が、また動いていた。
黒画面はもう終わっていて、再生位置だけが、その先を進んでいる。八話ぶんの最後には、何も入っていない。何も入っていないところを、位置の表示だけが、一秒ずつ動いていった。




