二十センチの靴
新局舎の資料庫は、六階の北側にある。前に来たときは書棚の間を自由に歩けたが、今日は入口の机で待たされた。
閲覧範囲は「1999年『雨の家』制作費関係」とだけ書いてある。申請したのは瀬尾で、範囲を絞ったのは局のほうである。持ち出しは不可。複写は一枚ずつ申請して、理由を書く。
窓から入る光は白かったが、資料を置く机までは届かない。天井の空調が低く鳴っていて、紙をめくる手だけが冷える。前回来たときには気づかなかった。棚の間を歩いていたからだろう、と美里は思った。
係の女性が台車で二箱運んできて、机の端に座った。座ったまま動かない。見ているわけではないが、席を外しもしない。
「制作費でしたら、こちらだけです」
「ありがとうございます」美里は言った。
箱の中は紙で埋まっていた。1999年の伝票である。角が丸くなって、上のほうは日に焼けている。糊で綴じた束が十いくつ入っていて、束ごとに科目の札が挟んであった。
箱を開けたとき、古い紙と糊の匂いが少し立った。新品の棚と、そこへ移された二十七年前の紙は、同じ部屋にあっても馴染んでいなかった。
美里は科目の札から見た。出演料。衣装費。美術費。消耗品費。交通費。通信費。雑費。
「子役の出演料は、どこにありますか」
「出演料の束です」瀬尾が言った。「ただ、これは名簿のほうから引いて作ります。名簿にいない人は、この束には出ません」
美里は出演料の束を確かめた。子役は三人である。日高菜緒、周平役、啓太役。金額と支払日が並んでいる。四人目はいない。
衣装費の束も同じだった。仕立てを行った大人五人と、子役三人について、役ごとに一行ある。仕立ての明細まで付いている。ここにもいない。
「ないところを探しても、出ません」美里は言った。「出るとしたら、名前を書かなくてよかった科目です」
美里は雑費と消耗品費の束を手前に引いた。雑費は分厚い。一枚ずつめくると、内容の幅が広い。弁当、電池、氷、テープ、ガムテープ、蛍光灯、ごみ袋。金額の桁がそろっていないので、目が滑る。
十枚ほどで、紙の縁を送る指の腹が乾いた。二十七年前の伝票は一枚ずつ厚みが違い、薄いものは二枚重なってめくれる。美里はそのたびに戻した。速く見ると、見つけたいものだけが目に入る。そうならないよう、摘要の欄を上から下へ同じ速さで追った。
人の名前は出ないと分かっている。出るとしたら物の名前である。
二箱目の下から三分の一のところで、指が止まった。1999年6月22日付の立替精算である。摘要の欄に、こう書いてある。
役衣装・布靴20cm。
金額は千八百九十円。立替者の欄に、坂井俊と署名がある。承認の印は制作進行のもので、その横にもう一つ、小さい印が押してあった。添付された領収書の日付は、1999年6月11日だった。
美里はその一枚を机の上へ置いて、前後の伝票を一枚ずつ確かめた。
同じ6月11日購入分の領収書が五枚ある。乾電池、養生テープ、軍手、雨具、それとこの一枚。四枚は大人が使うものである。
20センチ。
数字そのものは、紙の中で特別に大きく書かれているわけではない。前後には単価や数量がいくつも並んでいる。その中の「20」だけが、一度意味を持つと戻らなかった。
美里はその数字を、何度か頭の中で置き直した。靴の寸法は、履く人の年齢を書かない。それでも、20センチの布靴を履くのは、だいたい8歳から10歳の子供である。
「この束に、子供サイズは他にありますか」瀬尾が言った。
美里は伝票を脇へ避けなかった。見つけた一枚を伏せ、残りの束を最初から最後まで見た。
二箱ぶんを最後まで見るのに、一時間半かかった。途中で係の女性が一度席を立ち、戻ってきた。空調の音は変わらなかった。美里の右手の人差し指には、紙の粉が薄く付いていた。
子供のサイズが書いてある伝票は、この一枚だけだった。
「一枚です」
「衣装費の束には、子役三人ぶんの靴が入っています」瀬尾は言った。「三人とも、寸法が明細に書いてあります。同じものを、雑費で買い足す理由はありません」
「あるとすれば」美里は言った。「衣装費に載せられない人の分です」
美里は複写の申請票に理由を書いた。制作費の科目別集計の確認のため。嘘ではない。ただ、書いていないことのほうが多い。
書きながら、この書き方も自分が選んだものだと思った。理由の欄には、書ける範囲を書く。書ける範囲がどこまでかは、こちらが決めている。
係の女性が申請票を受け取って、印を押した。複写は一枚二十円だった。
コピー機が動くあいだ、美里は原本から目を離さなかった。二十円で持ち帰れるのは紙の像だけで、紙そのものはこの部屋に残る。
*
環の家に着いたのは14時過ぎである。今日は瀬尾を資料庫へ残してきた。
「一人ですか」
「はい」美里は言った。「お見せいただくものによっては、人数が少ないほうがいいと思いました」
環は今日も居間へ通した。前と同じ椅子で、机の上には何も出ていない。今日は封筒をまだ出していないので、置くものがなかった。
外は明るいのに、居間の奥までは日が入っていない。美里は前に来たときと同じ椅子へ座った。椅子の脚が床に触れる音まで覚えている気がして、そんなはずはないと思い直した。
美里は複写を封筒から出して、机の上に置いた。向きを環のほうへ合わせた。それから、手を引いた。
「1999年6月22日付の、制作費の精算書です。6月11日に、役の衣装として20センチの布靴が一足、立替で買われています。名簿に入っている子役三人には、それぞれ別に衣装費が付いています」
環は伝票の複写を見た。今度は、少し早く手を伸ばした。
「これだけでは、誰の靴かは分かりません」美里は言った。「衣装合わせのときのお写真が、もしお手元にあれば、拝見したいと考えています」
環は伝票から目を上げなかった。目を上げないまま、指で紙の端を押さえている。
「何にお使いになりますか」
「1999年6月に、名簿にない子供が現場にいたことの裏づけです」美里は言った。「使い道を先に申し上げます。この写真は、修復した作品にも、配信の宣伝にも、報告書の添付にも使いません。使うのは、事件の記録の中だけです」
「事件の記録というのは、どこにありますか」
「いまはありません」美里は言った。「私の作業記録の中にしかありません。この先、警察や局へ出すことになれば、そのときに改めてご相談します。ご相談せずに出すことはしません」
環は少しのあいだ黙っていた。指はまだ複写の端にある。紙が動かないよう押さえているだけなのに、美里には返事を保留しているようにも見えた。
それから環は立って、隣の部屋へ行った。
扉が閉まる音はしなかった。隣で引き出しを開けるような小さい音が一度して、そのあと、しばらく何も聞こえなかった。
美里は机の複写へ目を戻した。役衣装・布靴20cm。資料庫では証拠になり得る文字だった。同じ一行が、この部屋では、誰かに二十七年前の写真を出させる言葉になっている。
戻ってきたとき、環の手に薄い紙のケースがあった。写真店の袋である。角が擦れて、印刷が薄くなっている。
環はそれを机の上で開けた。開けてから、美里のほうへ滑らせなかった。自分の側で写真を一枚ずつ見ていく。
写真が重なる乾いた音だけがした。環は一枚で止まり、次の一枚へ行きかけて、戻った。
その一枚だけを、机の上で回した。
美里は手を伸ばさなかった。回されたままの向きで見た。
畳の部屋である。ハンガーラックに衣装が掛かっていて、その前に子供が立っている。9歳の背丈で、顎の下で髪が切りそろえてある。着ているのは水色のワンピースで、寸法直しのしるしが肩に留めてあった。
写真の端には、畳の縁と、誰かの鞄の角が少しだけ写っている。記念写真ではない。衣装が合うかを見るために、立たされて撮られた一枚に見えた。
足元に、布靴がある。水色で、爪先の形が丸い。
右下に日付が入っていた。'99 6 11。
美里は先に日付を見た。それから靴へ戻った。
「衣装合わせの日です」環は言った。「私の撮影は午後からで、その前に呼ばれました。子役の衣装合わせは前の日に済んでいると聞いていたので、なぜこの日なのかは、そのとき訊きませんでした」
美里は精算書に添付された領収書の購入日と、写真の日付を並べた。同じ日である。
「伝票と写真で合うのは、布靴という種類と日付です」美里は言った。「寸法までは写真から出ませんし、伝票にも使用者の名前はありません。ただ、この日に、名簿にない子供のための靴が買われた可能性は、二つの資料を重ねれば示せます」
「示して、どうなりますか」
「名簿にいない子供が現場にいた、という話が、私の推測ではなくなります」美里は言った。「今日までは、私が映像から出した線と、消えた台詞しかありませんでした。どちらも、私が読み取ったものです。伝票と写真は、読み取ったものではありません」
環は写真を回して、自分の側へ戻した。袋には入れなかった。
「条件を書きます」環は言った。
環は紙とペンを持ってきて、三行書いた。使用目的を事件の記録に限ること。一般に公開しないこと。他へ出すときは事前に知らせること。書き終えて、日付を入れ、名前を書いた。
「これに、あなたも書いてください」
美里は自分の名前を書いた。書きながら、これは自分が求めた形ではないと思った。求めていないほうがいい。こちらが決めるのをやめるところから、この二日は始まっている。
「複写を一枚、お願いできますか」
「一枚だけです」環は言った。「原本はうちに置きます」
環は写真を持ち上げるとき、角ではなく縁をつまんだ。美里はその手つきを見てから、視線を外した。
*
資料庫へ戻ったのは16時半だった。午前と同じ空調の音がしていた。二箱の伝票は片づけられ、代わりに入口の机の上へ申請票が何枚か増えている。
美里は入口の机で、井沢への週次報告を先に出した。工程と残作業を書いて、遅延要因の欄は空欄にした。判断待ち事項の欄には、昨夜書いた一行がそのまま入っている。旧局舎内部の閲覧可否について、所有者へ書面で申請するかどうか。
送信は16時52分だった。返事は十分で来た。三行である。作業用複製のアクセス期限を7月17日まで延長した。旧局舎の件は、汐江テレビの所有物件に関わるため社内で扱いを確認する。判断待ち事項の欄は、次週も同じ形式で提出すること。
断られてはいない。通ってもいない。次週も同じ形式で出せ、というのは、この欄を毎週作れという意味である。
美里は端末を閉じた。そのあとで、期限が納品日と同じ日になっていることに気づいた。納品したら、その日のうちに複製が切れる。
「6月26日の当日記録を見ます」美里は言った。「制作費ではなく、事故のほうです」
瀬尾が申請票を書き直した。範囲は「1999年6月26日の施設事故関係」。係の女性がどこかへ内線をかけて、五分ほどして、別の箱が一つ来た。
火災報告の束である。中身は薄い。当日の経過をまとめた三枚と、消防への提出控え、写真の袋、それと会議の記録が何枚か。写真は焼けた床と、壁と、天井の梁を撮ったものだった。色が退いて、全体が茶色に寄っている。
さっきまで触っていた制作費の伝票と違い、この束は端が揃っていなかった。火災のあとに集められたものを、種類の違うまま一緒に綴じたように見える。
美里は写真を一枚ずつ表に返した。裏に日付と番号が書いてある。十二枚目の裏に、番号のほかに折り目があった。
写真の裏へ、薄い紙が一枚、折り込まれている。
美里は指を止めて、係の女性のほうを見た。
「これは、この束の中にあったものです」
「そのままで結構です」係の女性は言った。「動かさずに、その場で開いてください」
美里は紙を広げた。折り目が四つある。青焼きの複写で、端が欠けている。折り目の山になった部分だけ青が薄く、そこを強く押せば切れそうだった。
香盤表だった。
日付は1999年6月26日である。撮影順、カット番号、使用セット。書式は、こちらが見てきた完成版と同じである。違うのは、行が一つ多いことだった。
出演の欄に、鉛筆で書き足された名前がある。活字ではない。行の高さに合わせて、小さく入れてあった。
千尋。
美里は呼吸を止めたことに、息を戻したとき気づいた。
その右へ目を移した。待機の欄にも、同じ鉛筆で三文字入っている。
階段裏。
美里は紙を押さえたまま、動かさなかった。押さえた指の下で、紙が少し反っている。青焼きは古くなると波打つ。
昨日、旧局舎の外で巻尺を75センチに伸ばした。人が一人立てるが、すれ違うには身体を横へ逃がす幅だった。
階段裏、という三文字に、初めて広さが付いた。
完成版の香盤表では、この行がない。行を消したのではなく、行ごと詰めてある。詰めてあるので、消したことが分からない。
この複写は、現場で使われたものである。誰かが鉛筆で書き足して、そのまま持っていた。火災の日の書類をまとめるときに、写真の裏へ折り込まれた。誤って綴じたのか、そこへ挟んだのかは、この紙からは分からない。
分からない。分からないまま、二十七年、ここにあった。
「小峰さん」瀬尾が言った。「これで、字幕が要らなくなります」
美里は顔を上げた。瀬尾は写真の袋のほうを見ていて、こちらを見ていない。
「靴の伝票、衣装合わせの写真、それとこの香盤表です」瀬尾は言った。「三つとも、誰かの解釈が入っていません。ここまでで、名簿にない子供が6月26日に現場にいたことは、通常の資料だけで示せます」
美里は自分の一覧を思い出した。十二本の字幕。番組内タイムコード。視線の交点。層を重ねた平面図。
あれで進めるつもりでいた。進めてきたのも事実である。ただ、いま机の上にあるものは、あれがなくても成り立つ。
「要らなくなりました」美里は言った。
言ってから、それが安心なのか、そうでないのかを、自分で決められなかった。字幕は、いまも十二本ある。原典が十一本まで分かっただけで、なぜ画面に出るのかは何も分かっていない。証拠として使わないと決めたので、これから先、あれを説明する機会はもうない。
説明しないまま、残る。
係の女性が、複写の申請票を差し出した。美里は理由の欄に書いた。
1999年6月26日の撮影記録の確認のため。
それだけ書いて、日付を入れた。書ける範囲を書いたのは、今日で二度目である。




