ギルド中に恋がバレた日
なあ、エイデン。最近なんだか様子がおかしくないか? 学校で何かあったのか?」
錆鉄の冒険者ギルドの談話室で、一人の父親が心配そうに息子へ声をかけていた。
「別に? 何もないよ。」
エイデンと呼ばれた少年は、気のない返事をした。
エイデンの父であるノーマンは、不安そうに息子を見つめた。。
去年あたりから、エイデンの様子がおかしいことに気づいていた。
服装や髪型を気にするようになり、理由もなくため息をついたり、窓の外をぼんやり眺めたりすることが増えたのだ。
最初は、少し前に護衛した巡礼団の影響だと思っていた。
巡礼団には各国の貴族や豪商の子弟が多く参加しており、年齢もエイデンと近かった。
もしかすると、エイデンもああいう若者たちのような生活に憧れたのかもしれない。
そう考えたノーマンは、エイデンの母と相談したうえで、冒険者の仕事を一時休ませることにした。
そして親友であるティムと共に、アカハン地方の翡翠魔法学院へ留学させたのである。
ティムもエイデンの母も、かつてそこで学び、楽しい学生時代を過ごしていた。
錆鉄の冒険者ギルドのギルドマスターであるロイも、以前は短期間ながら講師を務めていたことがある。
だが、帰郷したエイデンは相変わらずだった。
むしろ症状は悪化しているように見えた。
今年十八歳になったエイデンは、父譲りの金髪と青い瞳、そして整った顔立ちを持っている。
幼い頃からノーマンと共に冒険者として活動してきたため、引き締まった長身と鍛え上げられた肉体も備えていた。
しかしエイデンは、同年代の若者のように遊び歩くことはない。
ほとんどの時間を錆鉄の冒険者ギルドで過ごし、父と共に働いている。
ノーマンは時々、本気で心配になる。
反抗期のない少年なんて、本当に存在するのだろうか、と。
もっとも、ノーマン自身も普通の少年時代など送ったことがない。
だから何が普通なのか、彼にはよく分からなかった。
だからこそ、最近のエイデンの変化は余計に目立っていた。
なんと自分で街へ行き、流行雑誌を買い、新しい服まで揃えてきたのである。
作業着しか着なかったあの子とは、まるで別人だった。
「まさか誰かにいじめられてるんじゃないだろうな!? この前会った他のギルドの連中か!? 父子家庭だからって舐められてるのか!?」
「いやいや、お前ら親子をそんな理由でいじめる奴なんかいるかよ。二人とも化け物みたいに強いじゃねえか。」
談話室にいた冒険者たちが一斉にツッコミを入れた。
ノーマンとエイデンはよく似ている。
ただしノーマンはさらに大柄で、濃い髭を蓄えているため、遠目には巨大な熊にしか見えない。
彼が歩いてくると、人々は自然と道を空けるほどだった。
この親子はギルドでも有名な実力者であり、勇者・陽太の魔物討伐にも度々協力している。
彼らが誰かにいじめられるなど、冒険者たちには想像もできなかった。
「本当に変だぞ。最近は俺の小説まで読み始めたし。お前、十二歳を過ぎてからは全然読まなくなってたじゃないか。」
ノーマンは疑わしそうに息子を見る。
エイデンは慌てて手に持っていた『婚約破棄された令嬢と兵士の秘密の恋〜辺境に咲く禁断の花〜』を放り投げた。
「読んでない!」
「作家になりたいのか?」
ノーマンは目を細める。
「大丈夫だぞ、エイデン。昔から俺には作家の才能があるって言う人が多かったんだ。ただ、お前の母さんへの手紙以外に書きたいものがなかっただけでな。もし作家になりたいなら挑戦してみろ。」
「はあ!? なりたくないよ!」
エイデンは本気で驚いた。
「単に小説に夢中なんじゃないか? 若い子はそういう時期があるものだ。昔、エイデンは『十四匹のねずみのお月見』を一か月も読み続けて、毎日十五回ずつ読み聞かせを要求していたからな。」
ちょうど横を通りかかったロイが、慈愛に満ちた顔で言った。
「どう見ても、恋だろう。」
その一言は談話室全体を震撼させた。
場が一瞬で静まり返る。
話していた者たちは口を閉じ、手札を落とす者もいれば、料理を取り落としそうになる者もいた。
ビールを吹き出した者までいる。
冒険者たちは一斉に振り返り、その発言者を見た。
一人の少年が、一人掛けのソファに腰掛けて書類へ目を通していた。
エイデンより一、二歳ほど年下に見える。
黒髪に翡翠のような緑の瞳。
深緑色の簡素な服装のため、人混みに紛れれば目立たない。
だが彼は、エイデンの親友―ティムだった。
二人は幼い頃からの付き合いであり、共に留学した仲でもある。
「ティム? なんでここにいるんだ?」
ロイが眉をひそめた。
「空先生から薬草を届けるよう頼まれました。それと、母上が注文した地図を受け取りに。」
ティムは手に持った書類を掲げる。
それはタチバナさんたちベテラン冒険者が作成した、沈黙山脈周辺の地図だった。
「おい、ティム。俺は恋なんかしてない。」
エイデンは不満そうに友人を睨む。
「この半年ほど、ずいぶんジャスミーヌ様の名前を口にしていたようですが。」
「してない!」
「真珠王国の婚約解消手続きについても聞いてきましたよね。」
「小説で見たからだよ!」
「真珠王国では貴族が外国人と結婚できるのか、とも聞いていました。」
「それは友達のため!」
「そうですか。ところで、さっきあの窓の外をジャスミーヌ様が通り過ぎたように見えましたが。」
ティムは平然と言いながら窓を指差した。
「……!」
エイデンは驚異的な速さで振り向く。
当然ながら、そこにジャスミーヌの姿はない。
またティムにからかわれただけだった。
「話の途中で申し訳ありませんが……その、ジャスミーヌ様というのは?」
ノーマンが困惑しながら尋ねた。
エイデンも、もうそんな年頃なのか。
彼の頭の中では、エイデンは今でも母を恋しがって泣いていた幼い赤子のままだった。
「ジャスミーヌ・アルジー様。真珠王国の伯爵令嬢で、二十歳。現在は独身で婚約者もいません。」
「豊穣の女神信仰に強い関心を持っており、両国の承認を得て、我が国の王立学院で真珠王国語の講師を務めながら信仰について学んでいます。」
「長旅の疲れを考慮し、母上が夏休みの間はこちらの温暖な地方で静養するよう勧めました。新学期になったら王都へ移る予定です。」
ティムの説明は妙に詳しい。
まるで事前に調査でもしていたかのようだった。
「それならちょうどいいじゃないか。知り合いなんだろ? 会いに行って話してみればいい。」
タチバナさんが不思議そうに言った。
「無理だよ……」
エイデンは肩を落とした。
濡れた子犬のようにしょんぼりしている。
「ジャスミーヌ様は真珠王国の伯爵令嬢なんだ。俺の身分じゃ……釣り合わない。」
「そうでしょうか。」
ティムは平然と答える。
「彼女も、少しはあなたに好意を持っているように見えますが。」
「本当に!?」
エイデンの叫び声は、部屋の隅で居眠りしていた冒険者を飛び起こさせるほど大きかった。
「ただ――」
ティムは淡々と続ける。
「昨日、真珠王国の使者が王都を訪れたそうです。以前の婚約について、話をしたいらしいと聞きました。」
その一言で、エイデンは完全に固まった。
先ほどまで賑やかだった談話室は、再び沈黙に包まれる。
ロイは黙ってお茶を一口飲んだ。
ノーマンは息子を見ながら考える。
ジャスミーヌ様の恋物語は、元婚約者とよりを戻す話なのだろうか。
それとも―辺境で出会った若者に恋をする物語なのだろうか。




