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『絶望の夜に覚醒した治癒魔法~眠り続ける弟を救うため、私は森の奥で「魔女」になる~』  作者: 沼口ちるの


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第1話:失われた日常と、目覚めた光

月明かりすら雲に隠れた、酷く暗い夜だった。


「エリア、リオンを連れて逃げろ! 早く!」


お父さんの悲痛な叫び声と、鉄同士がぶつかり合う鈍い音。そして、お母さんの短い悲鳴。

それが、私の平穏な日常の終わりだった。


私たちの住む小さな村を襲ったのは、野盗の群れだった。

目的は金品か、それとも奴隷として村人を攫うことか。そんな理由は分からない。ただ、突然ドアが蹴破られ、血走った目をした男たちがなだれ込んできたことだけが現実だった。


「お姉ちゃん……っ!」


まだ10歳の弟、リオンが私の服の裾を震える手で強く握りしめている。

私はリオンの手を引き、裏口から無我夢中で夜の森へと駆け出した。後ろを振り返ることはできなかった。お父さんとお母さんが、私たちのために盾になってくれた時間を無駄にするわけにはいかなかったからだ。


だが、子供二人の足で大人から逃げ切れるほど、現実は甘くなかった。


「おっと、逃がさねぇよ。高く売れそうなガキ共だ」


森の入り口で、回り込んでいた野盗の一人に道を塞がれた。

ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、血塗れの剣を下げる男。その剣の血が誰のものか想像してしまい、私の足は恐怖で凍りついた。


「やめろぉっ!!」


その時、動けない私を庇うように、リオンが男の前に飛び出した。

手には、逃げる時に咄嗟に掴んだだけの小さな薪。そんなもので立ち向かえるはずがないのに。


「邪魔だ、クソガキ」

「あっ……」


無慈悲な刃が振り下ろされる。

リオンの小さな体が宙を舞い、ドサリと冷たい土の上に落ちた。胸から大量の血が噴き出している。


「リ、オン……?」


嘘だ。こんなの嘘だ。

ついさっきまで、一緒に夕飯を食べて、笑い合っていたのに。


男が邪魔な弟を片付け、私へと手を伸ばしてくる。

恐怖はなかった。ただ、目の前で血の海に沈む弟の姿だけが、私の心を激しく掻き毟った。


(嫌だ……嫌だ!! 死なないで、リオン!!)


心の底からの、血を吐くような叫び。

その瞬間だった。


『――満ちよ』


私の内側から、聞いたこともない自分の声が響いた気がした。

直後、私の両手から爆発的な『黄金の光』が溢れ出したのだ。


「な、なんだぁっ!?」


あまりの眩しさに男が目を押さえて後ずさる。

光は私の手から真っ直ぐにリオンの体へと吸い込まれていった。まるで温かい毛布のように弟を包み込むと、見る間にあの致命傷だった胸の傷が塞がり、流れた血すらも光の粒子となって消えていく。


「バケモノか……っ!?」


気味が悪くなったのか、それとも村の警備団の松明が近づいてきたからか、男は舌打ちをして闇の中へと逃げ去っていった。


「リオン! リオンっ!」


私は慌てて弟を抱き起こした。

傷は跡形もなく消えている。呼吸も穏やかだ。だが――リオンが目を覚ますことはなかった。


***


数日後。

村の生き残りは王都の保護施設へと移送され、リオンは王都でも一番大きな総合病院のベッドに寝かされていた。


『外傷は全くありません。あの致命傷が嘘のように完璧に治癒されています。……ですが、意識が戻らない』


白髪の老医師は、信じられないものを見るような目で私とリオンを交互に見た。


『おそらく、強大すぎる治癒の力が、彼の生命力を強制的に繋ぎ止めている状態なのでしょう。しかし魂というか、意識の部分が深い眠りに落ちてしまっている。当院の設備で生命維持は可能ですが……目覚めるのがいつになるかは、誰にも分かりません』


この世界において、治癒魔法は失われた古代魔法だ。

私が無意識に発動させたその力は、確かにリオンの命を救った。けれど、弟の時間を止めてしまったのも同然だった。


『入院費と、特殊な魔導具による生命維持の費用は……決して安いものではありませんよ』


医師の言葉に、私はただ静かに頷いた。


お父さんとお母さんはもういない。

私に残された家族は、このベッドで眠り続ける弟だけだ。


「……払います。私が、必ず」


リオンを救う方法を見つけるまで、絶対にこの命の灯を消させはしない。

そのための金なら、なんだってして稼いでやる。


こうして私は、誰も近づかない危険な魔物たちが棲む森の奥深くへと足を踏み入れることになる。

高価な薬草や魔物の素材を狩るために。

そして後に、私が『魔女』と呼ばれるようになることを、この時の私はまだ知らなかった。

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