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21.侍女募集


 チャンスが突然舞い降りた。

 それは、エマが使用人として働き出してから一か月が経った頃だった。



「……というわけで、オレリア殿下の侍女を募集致します。後日選抜試験を行いますので、志願者は書類を揃え、私のところへ提出してください」



 女性の使用人のみが集められた部屋で、侍女長のジャネットが静かにそう言った。

 第一王女オレリアの侍女が不足しており、新たに募集するとのことだった。

 オレリアはレオナールの妹だ。使用人の次の段階を見据えているエマにとって、これは願ってもいないチャンスだった。


 ジャネットがこれで解散、とばかりに部屋を出ると、使用人たちが一斉に話し出す。



「オレリア殿下の侍女って、前回誰がなったんだっけ?」

「えー……誰だっけ……?でもわりと長い方よね?」

「そうねぇ、早いと五日くらいで辞めるわよね」



 なんとも不安になる会話が聞こえてきたため、エマは隣にいるルシアにこっそりと問い掛ける。



「……ねぇ、オレリア殿下の侍女ってもしかして人気ないの?」


「うぅ〜ん……お給料は破格なんだけどね……。オレリア殿下って性格が少しきついというか……。あと辞めない侍女たちも同じ感じなのよね」



 貴族が多いのよ、とルシアが肩を竦めた。

 性格のきつい王女オレリア、その侍女たちは貴族でオレリアと同じようなきつい性格。

 そこに放り込まれる自分の姿を想像したエマは、嫌な未来しか浮かばなかった。

 ―――それでも。



「ルシア、私……試験を受ける」


「……えっ!?」



 驚いた声を上げたルシアの目が、エマの髪へと向く。それだけで何が言いたいのかエマには分かったが、ぐっと拳を握ってみせた。



「大丈夫よルシア。私は目指す場所に辿り着くまで、絶対に負けないから」


「エマ、あんた……よっぽどお金に困ってるのね……」



 勘違いをしたルシアに手を握られ、エマはとりあえず苦笑を返す。レオナールの側近を目指しているとはまだ言えなかった。


 そうと決まれば、さっそく書類の準備だ。

 エマは仕事の休憩時間に必要な書類を書き、終業と同時にジャネットを探す。侍女長であるジャネットは常に忙しく、なかなか姿を見つけることができない。


(侍女長の部屋にもいなかったし……オレリア殿下のお世話をしてるのかな?それならこのまま、ここで待っていた方がいいのかも……)


 エマは書類を持ちながら、ジャネットの部屋の近くの壁際に立つ。窓の外を眺めながら、使用人たちから集めたオレリアの情報を思い返していた。


 シェバルツェ国第一王女オレリア。レオナールの妹。

 エマはまだ城内で見かけたことはないが、プラチナブロンドの巻き毛に、美しい容貌を持つ少女だと聞く。エマより一つ年下だ。

 侍女は五人体制で、そのうち四人が貴族の令嬢らしい。残りの一人がころころと入れ替わり、今回募集がかけられている。


(侍女長は、このことに何も思わないのかな……。短期間に入れ替わってるなら、原因を探るべきだと思うけど)


 使用人の面接を受けたとき、女性の使用人たちをまとめる立場としてジャネットは完璧な人物だとエマは思っていた。

 厳格な雰囲気を纏いながらも、時折冗談を混ぜて場を和ませる。仕事に対する真摯な姿勢を見れば、王族は安心して仕事を任せられるだろう。


 前世の王女だったときの侍女たちの姿を思い出し、エマは頭を振った。比べるまでもなく、前世の侍女たちは酷かった。



「……エマさん?」



 名前を呼ばれ、エマはピシッと姿勢を正した。ジャネットが靴音を鳴らしながら近付いて来る。



「お疲れさまです。オレリア殿下の侍女候補選抜試験のための書類をお持ちしました」



 エマはそう言いながら頭を下げ、書類をジャネットへ差し出した。けれど、その書類が受け取られる気配はない。

 もしかして断られるのだろうかと思いながら頭を下げたままでいると、頭上から声が掛けられる。



「……私の部屋へ入りなさい。そこで書類を確認しましょう」


「はい、ありがとうございます」



 ホッとしながら顔を上げたエマは、ジャネットが気難しそうな顔をしていることに気付いた。

 部屋の中へ歩みを進める背中を追い掛けながら、その表情の意味を考える。


(……賛成しているわけじゃ、絶対ないわよね。でも反対される理由も……もしかして、髪色?)


 エマの推察は当たったようだ。部屋の扉が閉まると、ジャネットは振り返ってエマを見た。



「エマさん、悪いことは言わないわ……やめておきなさい。平民でその髪色のあなたに、オレリア殿下の侍女が務まるとは思えないの」


「それは……オレリア殿下の侍女が、みんな貴族だからですか?」



 ジャネットは小さくため息を吐き出すと、困ったように眉を下げた。

 それを肯定だと捉えたエマは、一歩踏み込んだ質問をする。



「でも、侍女の募集要項に“貴族であること”という指定はありませんよね?それでもダメな理由が、他にあるのですか?」


「……エマさん。まだあなたは使用人となって日が浅いけれど、その仕事ぶりは私が評価するわ。丁寧で手際が良いし、無駄なお喋りもしないもの」



 どうやら気付かないうちに、エマの仕事ぶりはジャネットに見られていたらしい。きちんと評価してもらえていることは嬉しいが、それなら余計に何故ダメなのかが気になってしまう。

 エマが握りしめている書類を見て、ジャネットが悲しそうに微笑んだ。



「有能なあなただからこそ、侍女となって潰されてしまうのが怖いのよ」


「……!」


「オレリア殿下の侍女たちは、新人を虐めて楽しむ傾向にあるの。それは辞めていく侍女たちからの訴えで、私も知っているわ。けれど……証拠が掴めないの」



 侍女四人が結託しているのなら、証拠を掴むことはなかなか難しいだろう。そこにオレリアが関わっているのなら、なおさら侍女たちを言及することはできない。

 ジャネットは額に手を当て、再びため息を吐いた。



「侍女の選抜試験には、毎回数人の申込みがあるわ。試験官はオレリア殿下とその侍女たちで、選ばれるのは優秀な人間ではないの。……一番、虐めの対象にしやすい人間よ」


「……つまり、平民で髪色の暗い私は、格好の餌食となるわけですね」



 エマの心が急激に冷えていく。レオナールが髪色で差別をしないので、その兄妹も同じだろうと思い込んでいたのだ。

 ぐっと唇を噛み締めながら、エマは再び書類をジャネットに差し出した。



「侍女長。それでも立候補させてください」


「な……」


「私がオレリア殿下の侍女に選ばれる可能性が高いのなら、何が何でも立候補します」



 ジャネットの揺れる目がどうして、と言っている。自ら刃の中に飛び込もうとするエマが、信じられないのだろう。



「……エマさん。あなたの理由が何であれ、お勧めはしません。忠告はしたわよ」


「はい。どんなに酷い目にあっても、侍女長のせいになんてしません。……あ、もし私が侍女に選ばれたら、他の侍女たちの虐めの証拠を掴んでみせます」



 エマはいい案だと思ったが、ジャネットは眉を寄せていた。エマの書類を一瞥すると、やがて諦めたように受け取ってくれる。



「あなたの根性は認めましょう。けれど、心が折れる前にすぐ手を引きなさい」


「ご心配ありがとうございます。頑張ります」



 そう言って笑顔を向ければ、ジャネットは呆れたように微笑んだ。






 ***


 後日、侍女の選抜試験の日程が出た。

 ジャネットの話によると、エマの他に五人の候補者がいるようだ。平民の候補者はエマだけである。


 そして、その件でエマの小屋に来訪者が現れた。



「……アンリさま?わざわざここまで……どうされました?」



 エマは驚きながらも、疲れた様子のアンリを部屋の中へ招き入れる。椅子に座ったアンリは、頭を抱えて呻き出した。



「あ゙ー……、あなたの目標は、オレリア殿下の侍女になることでしたっけ……?」


「いえ、レオナール殿下の側近です」


「そうですよね?側近に……、え、側近!?」



 驚いて目を見開くアンリに、エマは首を傾げる。



「あれ……?言っていませんでしたか?あ、ウェスさまにしか言っていなかったかもしれません」


「どうしてよりによってウェスに!?……ああ、だから騎士と戦わせて……?」



 ブツブツと呟きながら、アンリは思考を放棄したようだ。咳払いをすると、黄土色の瞳を細めてエマを見る。



「とにかく、これだけは言わせてください。あなたが何を目指そうが、レオナール殿下の味方になり得るなら結構です。ただし、こちらに被害が出るような言動は控えてください」


「はい、分かりました」



 素直に頷いたエマの言葉に、アンリが疑わしそうに眉をひそめた。既に迷惑を掛けてしまっているため、信用性がないのは仕方がない。

 ため息をついたアンリが立ち上がり、玄関の扉へ向かう。


(ん?本当にそれだけを言いに、わざわざここまで来てくれたの?)


 見送ろうと立ち上がったエマを、アンリが振り返った。



「重要なことを伝え忘れていました。あなたが使用人であることは、レオナール殿下にもうバレていますので」


「……えっ!?」



 特大の爆弾をサラリと投下しながら、アンリは固まるエマを残して姿を消した。



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