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ジン(第一部終わり)  作者: 桃巴


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ジン42

 ジンはその日からクランツに滞在する。

 カッツはザッケカランへと皇太子の術式陳で帰った。次に来るのは静寂の日である。


「へえ、この雫ひとつが一カ月毎に増えていくんですか」


 ジンは巫女姫ナーシャと庭を散歩しながら話している。ベールをしているが、ジンには視えるから問題ない。


「十二連になったら静寂の日になるみたいなの。そちらのギルドマスターに依頼を出したのは、これが六連、七連の頃だったかしら」


 ナーシャの頬には、すでに十一の雫が連なっている。

 あのザッケカラン緊急召集の時期には、ギルドマスターはこの案件に頭を悩ませていたのだろう。


「十二連まで、あと一週間のはずよ」


 静寂の日一週間前に、依頼を請け負う者をクランツに連れてくるように、ギルドマスターと打ち合わせしたのだという。

 情報が漏れないための秘匿対策ということだ。

 ジンは当日までクランツに滞在する。


 静寂の日に関する文献に目を通しておく必要もあろう。

 だが、今はナーシャの話し相手だ。


 十一カ月間、ナーシャ自身も秘匿にされた。

 日照り続きで干乾びた土地となったクランツを救うため、巫女として雨乞いの祈りをするからと隔離されたのだ。十二カ月めに、雨乞いの儀式を行うための禊ぎであると。


 天空の水草グリネ紋様を秘匿にするための建前……否、まさにそのとおりに事は進んでいる。


 心の苦しみ辛み悲しみ憤り嘆き……様々な感情を吐露できずに十一カ月も過ごしてきたのだ。吐露すれば秘匿を明かすことになるから。


 やっとジンという明かせる相手がいる。

 ジンはナーシャの心を聞く。


「……この紋様が現れなければ、今頃嫁いでいたのよ」


 ナーシャがベールを上げ天を仰いだ。

 遠くーー

 ーー仰いだ先には垂直隆起の『神秘の魔境』

 上空は霞に包まれて、ときおり稲光(いなびかり)が走っている。まさに嵐の様相。

 だが、それは隆起した(いただき)にのみ。


「静寂の日……待ちに待った日、……待ちわびていたのに怖いわ。怖いのよ」


 ナーシャの頬に涙が伝った。

 止めどもなく流れ落ちる。

 自身が紋様から解放されるのか、

 それとも、

 紋様に全身囚われてしまうのか。


 ジンはナーシャの頬に流れた涙をそっと(すく)った。

 ナーシャはびっくりして、体を引く。


「王族に触れるなど、不敬よ!」

「あ! すみません。綺麗な涙だったので、思わず採取したくなっちゃって」


 ジンは腰鞄から小瓶(シリンダー)を取り出して、掬った涙を回収する。


「ほら、やっぱり綺麗だ」


 小瓶(シリンダー)を陽にかざしてみせたジンの言動に、ナーシャは呆れ返って言葉も出ない。


「あなた、ちょっと、どうかしているわ」


 ナーシャの涙は引っ込んでしまった。


「ですかねえ?」


 ジンは小瓶(シリンダー)に蓋をしてしまうと、腰鞄からハンカチを探し出し、ナーシャに差し出した。


「拭ってしまうのは勿体ないほど綺麗ですが、どうぞ」


 ジンは何度も綺麗だと口にしている。

 その瞳に一点の曇りがないことは、表情でわかる。

 ナーシャの紋様を見るクランツ王や兄の皇太子の痛ましげに逸らされる視線に比べ、ジンの視線は真っ直ぐだから。


 慰めの言葉ではないことぐらいわかるのだ。


「……不問に付します」


 ナーシャがハンカチを受け取って、潤んでいた瞳を拭う。


「あなた(ジン)と話すと、なぜか調子が狂うわ」

「……身に余る光栄です?」


「何よ、その返し。フフ、フフフフフ……アハハ」


 ジンの返しに、ナーシャが笑う。


「やだ、久しぶりに笑っちゃったわ」


 そんなナーシャの様子を見守る瞳がある。

 クランツ王と皇太子、近衛が、遠くからナーシャの笑い声を聞いていた。




 一週間後。


 一見でわかる静寂の日。

 嵐止み稲光(いなびかり)(とどろき)もない『神秘の魔境』は、静けさを(まと)っている。


 儀式の祭壇は、干乾びた土地に設置された。

 白い幕で覆われて、祭壇には事情を知る者しか入れない。


 クランツの民は遠巻きに白い幕を窺うだけ。


 クランツ王と皇太子が騎乗する馬に先導され、ベールに覆われた輿に乗った巫女姫ナーシャが、幕内に入る。

 ジンとカッツもその輿に侍って幕内へ。

 すでに、近衛はひとり片膝をつき配備されていた。

 ジンの『なり』は、クランツ王が準備した重厚なマントで体裁を保った。端から見れば、やはりカッツのお供の者に見えよう。


 幕外では等間隔に近衛が並んで警護している。

 輿をかついできた輿丁役(よちょうやく)が皇太子の指示で幕内から出ていく。

 

 本当に、幕内は最小限の人数に収めるのだ。


 クランツ王の目配せで、皇太子が封耳の術式を展開させる。

 幕内外の近衛に声が漏れないようにだ。


「もう、喋って大丈夫です」


 皇太子が言った。

 ナーシャが輿のベールを上げて出てくる。

 さらに、自身のベールも上げて天を仰いだ。


「ナーシャ、祭壇へ」


 皇太子がジンに目配せした。

 ジンはナーシャをエスコートし、祭壇へ。

 クランツ王、皇太子、カッツは横に捌けた。


 皆が所定の場につく。


「お願いします、ジン」


 ナーシャが言った。


「お任せを。それから……」


 ジンはひとり片膝をつく近衛へと近づく。


「必ず、グリネを採取して参ります。……皇太子殿下」


 バッとジンも膝をつく。

 近衛がおもむろに兜を取る。ジンと視線を交わした後、立ち上がった。


「いつから、気づいていたのだ、私がザッケカランの皇太子であることを」





第一部 42話/46話

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