ジン29
ジンは廃城を見上げる。
その頂から流れる黄金の川。
いや、細い細い金色の糸だ。
聖女アメリが魔核を示す黄金紋の光……魔物を古代京エリュシュガラに留め置くための、ある意味ーー楔。
だから、金糸の先には……
「あれらが魔核か」
大小様々な半透明の黒い球体が金糸と繋がっている。
おびただしい量だ。
その魔核がうごめく。徐々に魔物の輪郭が視えてきた。
(視えているようだな、ジン)
「……えっ!?」
ジンは思考が追いつかず、一瞬返しが遅れた。
こん棒の声が変わっていたからだ。
(やるぞ、ジン)
「なんで若返ってるんだよ?」
(そりゃあ、治癒回復浄化の賜物だから。それが同調ってもんだろ?)
「つまり、武器(こん棒)がレベルアップしたってことで合っているか?」
(微々たる覚醒といったところだな)
じじいの声から、重厚な声へとこん棒は変わっていた。
「で、これ(こん棒)であの魔核を突けば浄化されるんだよな?」
ジンはこん棒を構える。
三玉の内、黄金玉がひときわ輝いた。ジンに呼応しているかのように。いや、同調だ。
(簡単であって簡単ではないぞ。この数だからな)
シュッ
ジンは、こん棒の返答の最中に最初の魔核を突いていた。
魔物の『殺られた(ヤラレタ)』との表情を一瞬視ることができた。
残滓の魔核が消滅する。自身の死を自覚したから。
繋がっていた金糸が廃城の頂へと還っていった。
(まずは、魔核がひとつの弱モン一体。これから、幾万という途方もない数の魔核を突いていくぞ)
「やってやる。目指すはあの頂。金糸が還る場へ!」
ジンは日が暮れるまで魔核を突いたのだった。
薄暗い古代京エリュシュガラ。
闇が地を這うように辺りを侵食していく。
「はぁはぁはぁ……視えづれぇ」
魔核は黒い球体。闇に溶け込んでしまう。
金糸のガイドがあっても半透明ゆえ、闇の景色と同化し視認しづらい。
(ジン、今日は撤退だ。関門の外へ)
「ああ」
ジンは廃城を一瞥した。
金糸の川は初めて見たときと変わっていない。
圧巻の大河のまま。小川程度になるまでどれほどかかろうか。一本の金糸となるまでは?
グッと唇に力が入る。
ひとり佇むカッツの残像が、ジンの脳裏に浮かんでいた。
今の自分のように。
踵を返し関門を出ると、すぐに膝が崩れた。
「治癒、回復、じょぅ……」
スッと体が軽くなる。
それでも、徒労感は残っている。浄化を口にしなかったからだろうか。言い留めたのは、今日をリセットしたくなかったからかもしれない。
(百八の魔核を突いた。魔物数で四十体。修行初日にしては上出来だ)
いや、少ない。
ダンジョン古代京エリュシュガラの最初の階層での修行だった。
どのダンジョンも最初の階層は、魔物は群れていない。魔核が一から三の逃げモンと呼ばれる魔物ばかり。それを追いかけ回した。
ジンは小さくため息をついた。
実体のないモノを突く。それは、ある意味素振りのようなものだ。
素振り百回程度のことは、こん棒を賜ってから鍛錬済みだ。だが、今回の素振りはわけが違う。次元が違うのだ。
まずは、素早く逃げる残滓の魔核を追う。
相手は実体のない魔物。朽ちた廃都の影響は受けないし、物体をすり抜ける。
追うジンは大変だ。足場は悪いし、障害物を乗り越え、掻い潜っていかねばならない。
それから、追いつき対峙して残滓の魔核を突くには、相手との対戦となる。もちろん、実体がないから攻撃はジンの体をすり抜けるのだが……。
それを避ける実戦、つまり修行ってわけ。
攻撃影響がないからと、無反応に対応してしまえば、本当の物体戦に体が動かないだろう。
「先は長いな」
いや、そんな悩みさえ贅沢だ。
ただただ佇むしかなかった……佇むしかできないカッツに比べれば。
(ジン、明日は早朝から丸一日修行だ。ゆっくり休め)
「了解」
ジンはこん棒を抱え込み眠りについた。
翌早朝。
「そういえば、ダンジョンマップなかった」
ジンは関門の扉に手をかける瞬間に気づく。
(第一層関門町の魔核さえを一掃できていないのに、もう第二層以上の心配か? 気が早いな)
「うっせ」
(古代京エリュシュガラのダンジョンマップはすでに廃版、非売品となっている)
魔術付加の扉で、ダンジョンは立ち入り禁止状態。ダンジョンとして機能していない。マップは非売品、廃版となったわけ。
「まあ、金糸のガイドがあるから問題はないけど」
マップがなくても、金糸を一本残らず辿って魔核を突き、浄化すればいいだけ。
(案内はする。だが、脳内で地図を描いておけ。どのダンジョンも最初の一歩を踏み出した先駆者がいる。その気持ちで挑めばいい)
新たなダンジョンや階層は、先駆者が突き進みマップを描いていく。誰かの道筋を歩むのでなく、自ら切り開いて。
「了解」
ジンは気を引き締め扉を開けた。




