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人々が寝静まる深夜 ― 伯爵から服を借り村人に成り済ました結稀は、ヴァンパイアの居る廃墟へ向けて暗い山道を馬車で進んでいた。
「少し緊張しているみたいだね。」
烏の姿に変身していたクロノスが、肩の上から小さな声で問い掛ける。
「うん、まぁほんのちょっぴり。でも大丈夫。闘うって決めたからには、しっかりやるから。」
結稀はぐっと拳を握り締め、力強く言葉を紡ぐ。
「私も付いているから、必要以上に気負わなくて良いよ。2人でヴァンパイアに勝とう。」
クロノスの優しい言葉掛けに、結稀の緊張がふっと解ける。結稀はクロノスの背中を軽く撫でながら「有難う。」と笑顔で答えた。
「結稀殿、到着しました。」
馬車がガタンッと止まり、兵士の声が掛かった。扉を開け馬車を降りると、目の前に古びた洋館が建っていた。夜の静寂に包み込まれる事で、洋館はより一層不気味さを醸し出している。
「我々は少し離れた場所で待機しています。御二人共・・・御武運を。」
兵士の言葉に2人はこくりと頷く。クロノスは結稀の頬に軽く嘴を当てると、羽を広げ洋館の方へ飛び立って行った。
「よし。僕も行こう。」
小さな声で一言呟くと、結稀はゆっくりと門を開いた。キィィという軋む様な音が響く。結稀はふぅ、と一つ深く深呼吸すると、廃墟の中へと一歩足を入れる。結稀が庭園の真ん中辺りまで進んだその時―
突如背後に何者かが現れ結稀の頬と腕を強く掴んだ。
「へぇ。お前が今回の生贄か?」
左目に包帯を巻いたヴァンパイアの少年は耳元で囁くと、その鋭い牙を結稀の首に突き立てようとした。しかし少年の牙が結稀の首に触れる直前、クロノスが2人の傍に姿を現し剣を構えた。結稀も大鎌を出現させ、クロノスと同時に少年の体を斬り裂いた。結稀とクロノスは更に斬撃を加えようと試みるが、2人が構えるよりも速く少年はクロノスの首をガッと掴んだ。そして不敵な笑みを浮かべると、クロノスを塀の方へブンッと勢い良く投げ飛ばした。凄まじいスピードで飛ばされたクロノスは、ドゴォォンッという大きな音と共に塀に激突した。
「クロノスッ!?」
クロノスを心配し、彼の名を叫ぶ結稀。彼女の注意がクロノスの方へ向いた一瞬の隙を突き、少年は結稀の手首をギュッと掴んだ。
「お返しだ。」
少年の体から黒い霧の様なものが溢れ出し結稀を包み込む。すると黒い霧は、結稀の全身を容赦無く斬ったのだった。
「あ゛ぅ゛っ!?」
苦痛に顔を歪める結稀を、少年がぐいっと引っ張った。そして少年は結稀を引き寄せると、傷口をぺろっと舐め彼女の血を口にした。
「お前の血・・・今まで飲んだどの人間の血よりも美味いな。」
少年は小さな声で語り掛けると、結稀の傷に牙を立て更に血を啜った。結稀の体を強く掴み血を吸い続ける少年。そんな彼の背後にクロノスがパッと接近すると、彼の背中を深く斬り付けた。結稀は斬撃のダメージによって拘束が緩んだ隙に少年から逃れると、時の流れを操作し大鎌で何カ所も斬り裂いた。
「ぐっ・・・。」
少年は苦悶の表情を浮かべながら傷口を押さえると、飛び退いて2人から少し距離を取った。そしてその直後、彼は霞となって姿を晦ませてしまった。
「姿が消えた・・・。幻術か・・・。」
クロノスが結稀と背中を合わせる様に立つと、小さな声でぽつりと呟いた。身構える2人に、姿の見えない斬撃が襲い掛かる。2人は武器で斬撃を払いながら、少年の攻撃に対抗していく。
「お前達・・・普通の人間じゃないな。一体、何者だ?」
次々と攻撃を繰り出しながら問い掛ける少年。結稀は時の流れを感知し少年の位置を探り当てると、大鎌を力強く構えた。
「僕達はこの世界を変える為にやって来た・・・旅人だよ。」
結稀は静かに一言言葉を紡ぐと、大鎌を力一杯ブンッと振った。刃は少年の額を掠りシュッと鋭く斬り裂いた。そして左目を隠していた包帯がはらりと解け、淡い青色の瞳が月明かりに照らされた。右の紅い瞳と左の青い瞳が怪しく綺麗な輝きを放つ。
「!?」
少年は動揺し目を大きく見開くと、左目を素早く手で覆った。
「・・・るな。見るなぁぁああっ!!」
激しい怒りをぶつける様に大声で叫ぶ少年。そんな彼の体からぶわぁっと黒い霧が勢い良く溢れ出し、辺り一帯を斬り裂き破壊した。
「どうしたんだろう?あの子・・・何か様子がおかしい。」
突然取り乱し激昂しだした少年が気に掛かり、結稀は彼の方へ一歩踏み出し近付こうとする。しかし少年は黒い霧の斬撃で結稀を寄せ付けようとせず、あらゆるものを拒絶する様に鋭く睨み付ける。少年はフーッ、フーッと低い唸り声を上げながら結稀達を威嚇する。
どうして・・・あの子はあんなに辛そうな表情をしているんだろう。
結稀は行く手を阻む黒い霧を鎌を振るって払いながら尚も少年の方へ歩み寄る。
「こっちに来るなぁぁっ!!」
少年は更に強い威力で黒い霧を放ち、結稀に容赦無くぶつけた。攻撃をぶつけられた瞬間、結稀の時の力が彼の魔力と共鳴し、少年の悲しい記憶が結稀の頭の中に流れ込んで来たのだった。