95話 王都脱出①~女子率が高いと、女子会みたいだ。
──サラ──
大魔導士マラヴィータは、外見だけでは実力は判断しがたかった。くたびれた老人にしか見えない、というのが正直なところだ。
いまもソファに腰かけ、深々と溜息をついている。よほど長旅が堪えたらしい。
しかし、どこから来たのだろう、とサラは疑問に思った。
ラプソディの危機に駆け付けたのだとしたら、魔王城から半日で移動してきたことになる。馬などでは不可能だ。
ということは、ワープ系の魔法を使えるのだろうか。
ハニは、マラヴィータが来たのでもう安心、という様子だ。
「マラヴィータ様なら、ボクたちをラプソディ様のところへ、連れて行ってくださるよ。そうですよね、マラヴィータ様?」
マラヴィータは煙草をくわえ、魔法で火を点ける。紫煙を吐き出してから、言った。
「ハニ、よく聞け。お前さんがこれから仕えるのは、アデリナ様だ」
ハニは信じられないという顔をした。
「アデリナ? どうして、魔王さまに勘当された奴が出てくるのさ」
「魔王サイラスは崩御された。そしてアデリナ様が、魔王を継がれたのだ」
ハニは敵意の眼差しを、マラヴィータへ向ける。
サラは、ハラハラしながら会話を見守っていた。
マラヴィータは、ハニが望んだような援軍ではないようだ。だとすると、この状況をどう解釈するべきなのか。敵を招き入れてしまったことになるのか。
マラヴィータからは、敵意は感じられない。激しい戦闘を終えたばかりのように、疲れて見えるだけだ。
ヒーラーであるサラは、ハッとした。
実際に、マラヴィータは激しい戦闘を終えたばかりなのかもしれない。回復魔法で負傷は癒せても、削り取られた体力は、なかなか戻らないものだ。
そんなマラヴィータは、灰皿を探していた。だが、もとの家主であった男爵に喫煙の習慣はなかったようだ。仕方なさそうに、煙草の灰をテーブルに落とした。
それから、諭すように言う。
「ハニよ。新たな時代を切り開くには、若い血が必要ということだ」
ハニが声を荒げる。
「それなら、ラプゾティ様こそが、魔王を継がれるべきじゃないか。アデリナは、ただの王位簒奪者だ!」
階段を軽やかに駆けあがって来る者がいた。
「食糧を買うのに苦労したよ! こんな時間じゃ、どこのお店も閉まっているのよね!」
夕飯の買い出しに出たという、ローラの友人だ。
サラは初めて会う冒険者だった。
意外なことに、ハニとは知り合いのようだ。
「げっ、冒険者ルーシー。ラプソディ様から、レイを寝取ろうと企んだ悪魔」
ルーシーは唖然とした様子。
「それ、冤罪もいいところ!」
マラヴィータが立ち上がった。
「さて、儂には与えられた仕事がある。新しい魔王は、この老体にも容赦せんからな」
ルーシーが、夕飯の材料を床に置いた。
「あなた、大魔導士マラヴィータね。ところで、邪神官ハーンは元気?」
「今頃は黄泉の国だろう」
「そう、死んだの。残念。あたしが、この手で倒したかったのに。以前、魔王討伐パーティの仲間のほとんどを、ハーンに殺されたから」
サラは右手を伸ばした。部屋の隅に置かれていた〈天使の杖〉が飛び、サラの右手に納まる。
「大魔導士マラヴィータ。あなたは、アデリナに言われて、わたしから〈聖白石〉を奪いに来たのですね?」
マラヴィータは、サラを見やった。黄色い歯をむき出しにして、笑う。
「賢い娘だ。では、〈聖白石〉を渡してもらえるのかね?」
「お断りします」
「そうであろうな」
マラヴィータが片手を振ると、影が蛇のように伸びて、ハニの首に巻き付いた。
「うがっ!」
サラは声を上げた。
「ハニさん!」
ハニの首を絞めつける影は、マラヴィータが操っている。
「儂が、もう少し力を入れるだけで、ハニの首はへし折れてしまうぞ。さぁ、取引といこうか。ハニの命と、〈聖白石〉を交換だ」
ハニが、首を絞めつけられながらも、声を絞り出す。
「……バカに……するな」
刹那、ハニを包むようにして、〈ゴッド・フレイム〉が発動。塔のような火柱によって、空き家はあっという間に猛火に包まれた。
サラが駆けだし、ハニを抱き上げて、空き家の外へジャンプする。路地に転がるようにして、着地した。
ハニは、自らに〈ゴッド・フレイム〉を使い、首に巻き付いていた影を焼き払ったのだ。
そのためハニ自身も、全身に重度の火傷を負っていた。
サラは〈ゴッド・ヒーリング〉を発動し、ハニの傷を癒す。
サラの傍に、ローラとルーシーが着地した。ローラが尋ねる。
「サラさん、状況を教えてください」
「マラヴィータの狙いは、わたしが所持している〈聖白石〉です。これは〈聖なる乙女〉として守護する、魔石なのです」
「でしたら、魔族に渡すわけにはいきませんね。一人の冒険者として、力をお貸ししましょう」
ローラの背後に、複数の剣が出現。その中から、ローラは大剣〈竜殺し〉を選んだ。
ローラの業物の中では、最強の攻撃力を誇るという剣だ。
燃え盛る邸より、マラヴィータがゆったりとした歩みで、現れる。
「魔王陛下より、こやつをお預かりしたのは正解だったようだ」
この場合の『魔王陛下』とは、アデリナのことだろう。
そしてマラヴィータの懐から、突如として現れたものがあった。
モフモフした小型犬だ。
犬派のサラは、キュンとした。
一方、ローラは猫派のようだ。冷ややかに、小型犬を見る。
「皆さん、戦略的撤退を提案しても、よろしいでしょうか?」
ルーシーがからかうように言う。
「剣聖ともあろう者が、弱気だね」
「マラヴィータだけでしたら、この即席パーティでも対処できると思ったのです。ですが新手のワンコも、マラヴィータ並みの難敵のようですので──少し厳しいかと」
「本当に? ただのワンコにしか見えないけど」
「では確かめてみましょうか」
ローラは、〈竜殺し〉の大剣を振るった。必殺技スキル〈山斬り〉の発動だ。
特大の斬撃が、小型犬めがけて放たれる。
サラは、小型犬の身を案じた。しかし、杞憂だった。
小型犬が跳び上がり、あろうことか後ろ脚で、巨大斬撃を蹴飛ばしてしまったのだ。そのため巨大斬撃の軌道は反転し、ローラたちへと飛来する。
ローラが〈竜殺し〉を振るって、斬撃にぶち当て、霧散させる。
ルーシーは腕組みした。
「いまのワンコの蹴りは──ただの蹴りだよね? 必殺技スキルとかではなく。それが、ローラの〈山斬り〉を蹴飛ばしたの?」
驚いたことに、小型犬が話し出した。
「マラヴィータお爺ちゃん。コイツら、アデちゃんの敵? 食べていい? 食べてもいいよね?」
サラは思った。
(お喋りできるワンコですか。愛くるしいですね。ただ喋っている内容は、物騒ですが)
マラヴィータが、小型犬に言う。
「よかろう、エトセラよ。だが白いローブの娘だけは、食ってはならんぞ。魔王陛下がお求めの〈聖白石〉を所持しておるからな」
ハニが怒鳴る。
「ペット如きが、生意気だよ!」
次に起きたことは、サラも予想できなかった。
ローラがハニの背後へと移動。〈竜殺し〉の柄頭で、ハニの後頭部を打ったのだ。
ハニは気絶して、倒れた。
「ローラさん、一体なにを──」
ローラは、ハニを抱え上げる。
「何をするのかと問われれば、王都脱出と答えましょうか。ルーシー、お願いします!」
ルーシーはすでに魔法詠唱を終えていた。
「〈祈りの85番:灰の演舞〉!」
瞬時に、灰色の煙霧が発生。
この煙霧によって、サラ・ローラ・ルーシー・ハニと、マラヴィータ・エトセラが分断された。
煙霧の向こうから、マラヴィータの声が聞こえる。
「小癪なことを──」
マラヴィータが風の魔法で、煙霧を払おうとした。
それに対して、ルーシーが言う。
「無駄よ。たとえ竜巻が来ても、〈灰の演舞〉の煙霧は、払われることがないから」
ローラが指示を出す。この即席パーティならば、リーダーはローラだろう。
「皆さん、いまのうちに逃走しますよ!」




