91話 魔王城④~駒の配置が変わる。
──ローペン──
大魔導士マラヴィータは、先々代の魔王から従っているという。
リリアスのように、肉体年齢を止めているわけではないが、長命なのは確かだ。それが魔法を極めたからなのかは不明だが。
そして、現魔王の助言役でもあるし、魔王城を守護する最後の砦でもある。
だから、マラヴィータが、アデリナの配下なはずがない。
ローペンは、ジェリコの言葉を信じなかった。
「第一、貴様はなぜ脱獄できているのだ? マラヴィータ殿の結界を、どうやって破った」
問い詰めながらも、ローペンは、ジェリコについて知っていることを思い返した。
魔族国家ルーファの北方地域に、一夜にして滅んだ町がある。ジェリコは、そこでラプソディに拾われた。
そもそも町が滅びた原因こそが、ジェリコではないのか、と噂する者もいる。しかし、いまだに真実は明らかになっていない。
ただ、ラプソディに拾われたとき、ジェリコは衰弱し、いまにも死にそうだったという。何らかの呪いをかけられていたそうだ。
ラプソディは自らの血を捧げて、ジェリコの呪いを解除した。
つまり、ジェリコにとって、ラプソディは命の恩人。
だというのに、ジェリコはラプソディの命を狙っている。
ローペンに言わせれば、とんでもなく恥知らずな魔族である。だが実力者であることだけは、認めないわけにはいかない。
まだ少年だというのに、ジェリコは使いかたによっては、一国さえも揺るがす力を有している。
かつて呪いによって命を脅かされながらも、ジェリコ自身が、優れた呪術師なのだ。
だからといって、マラヴィータの結界を、自力で解けるはずがない。呪いと魔法の相性からしても。
ローペンの問いかけに、ジェリコは答える。
「結界か。それこそが、マラヴィータが裏切り者である証拠だね」
ローペンは溜息をついた。ジェリコを戦力として頼ったのは、やはり失敗だったのではないか。
「ジェリコ。どういうことなのか説明しろ」
「単純な話さ。マラヴィータの結界魔法〈サンガ〉は、城内の至るところに張り巡らされている。目的は、敵の侵入を防ぐためだ。とくに今回のような奇襲にこそ、〈サンガ〉の意味がある。これには、同意してくれるかな?」
ローペンは、うなずいた。
魔王討伐を目論む冒険者パーティならば、魔王側も事前に動きを知ることができる。つまり、準備し、待ち構えることができるわけだ。
そんなときは、マラヴィータの結界魔法〈サンガ〉も、段階的に解除される。
冒険者パーティを魔王城に受け入れることで、リウ・ルーファ両国が大戦へと至らないよう、調整しているのだから。
一方で今回のアデリナのように、予期せぬ侵入に対しては、完全なる〈サンガ〉で防衛する。
そのはずだった。
だが、アデリナとエトセラは、魔王城の中枢まで侵入して来ている。〈サンガ〉を破ったのか、それとも。
ローペンは、ハッとした。
「まさかマラヴィータ殿の身に、何かが?」
アデリナが、事前にマラヴィータを殺していれば、〈サンガ〉も解除されてしまうわけだ。
すると、ジェリコは笑い出した。
「ローペン。君は、善良な奴だね。魔族のくせに」
「なんだ? 何が言いたい?」
「この場合、『マラヴィータが魔王を裏切り、アデリナのために〈サンガ〉を解除した』。そう考えるほうが、妥当ということさ。いくらアデリナでも、マラヴィータを倒すのは骨だろうからね。それなら、仲間に──いや、配下にしてしまったほうが早い」
「貴様こそ、なぜそのような発想に至るのだ。〈サンガ〉が解除されただけで、マラヴィータ殿を裏切り者と決め付ける。乱暴すぎるのではないか?」
「まぁ、どっちが正しいかは、すぐに分かるさ」
「まて、ジェリコ。貴様が脱獄できた理由は、まだ聞いていないぞ。仮に、だ。マラヴィータ殿が、魔王陛下を裏切ったとしよう。アデリナのために〈サンガ〉を解除した、と。だが、なぜ貴様のいた牢獄の〈サンガ〉までが、解除されたのだ? まさか──」
ある可能性が、ローペンの脳裏を過った。
本当にマラヴィータが、アデリナに与したのだとしたら? そして、ジェリコもまた、アデリナにこそ忠誠を誓っているのだとしたら?
それならば説明が付く。これまでジェリコが、『ラプソディの命を取る』と、明言していたことも。
何より、ジェリコを牢獄から出すため、マラヴィータが〈サンガ〉を解除したことも。
ローペンは鋭い口調で言う。
「ジェリコ──貴様」
ジェリコが、冷酷に目を光らせる。
「ようやく理解できたようだね、ローペン。そうともさ。僕もまた、アデリナ様の配下──ではないよ」
「な、んだと?」
ジェリコはまたも、楽しそうに笑いだす。
「僕が付き従うのは、ラプソディだけさ。誰が、アデリナなんかにひれ伏すものか」
「それは本心なのか? 貴様は、『ラプソディ様の命を取る』などと、ほざいているではないか」
「それはまた、別の話だね」
ローペンは、『別の話とはなんだ』と追及したかったが、グッと堪えた。
今は、もっと重要なことがある。
「まて。貴様が裏切り者ではなく、マラヴィータ殿が裏切り者だとしよう。なぜ貴様は──」
「〈サンガ〉を張られていた牢を出られたのか、という謎かい? だけど、謎でもなんでもない。僕が自力で、〈サンガ〉を解除しただけの話さ」
「まさか。そんなことが──」
「可能だよ。というか、もっとずっと前から解除しようと思えば、できた。それでも大人しく閉じ込められていたのは、ラプソディに言われたからさ。だけど、緊急事態のようだから、こうして出て来たというわけだ。だいたいね。君は、僕を戦力にするため、ご苦労なことに〈幽獄〉まで降りてきたようだけど」
「うむ」
「君さ、〈サンガ〉を解除できたの?」
「──あ」
指摘されるまで気づかないとは、ローペンも迂闊だった。いくらローペンがジェリコを出したくとも、〈サンガ〉を解除できなくては意味がない。
そして、残念ながらローペンの実力では、〈サンガ〉を解除できるはずもないのだった。
「……貴様の言うことを信じるとしよう。だとしたら、我々にとっては最悪の知らせだ。アデリナだけではなく、マラヴィータ殿まで敵に回ってしまったのだからな──だが、案ずることはあるまい。最後には、魔王陛下が片を付けてくださる」
すると、ジェリコはまたも笑い出した。
ローペンの我慢も、さすがに限界だった。
ジェリコの胸倉をつかみ、持ち上げる。
「ジェリコ! 貴様、なにが可笑しい!」
「いまの魔王さんは、国の統治者としては理想的だ。臣民のことをよく考え、他国とも無益な争いをしない。だけどね、ローペン、残念なお知らせだ。魔王さんは、アデリナには勝てない」
「なんだと! 信じられるか、そんなことが──」
「ラプソディは、魔王よりも弱いと思うかい?」
「……いや、ラプソディ様は、お父上を超えておられる」
「アデリナは、そんなラプソディと同格だ。これ以上の説明は不要だね」
ローペンは、ジェリコを下した。
「……だとして、俺たちはどうするのだ? このまま尻尾を巻いて、逃げるのか?」
ローペン自身は、逃げるつもりはない。すぐにでも、魔王のもとに駆け付けるつもりだった。玉砕覚悟であったとしても。
だが、その前にジェリコの出方を知りたい。
ジェリコは、余裕綽々とした表情だ。
「君はそうするといいよ。僕はせっかくの娑婆だ。もう少し、遊んでいこうと思う」
「どういうことだ?」
「アデリナと戦う」
「貴様、まさか勝機があると見ているのか? 貴様は、アデリナは魔王陛下さえも凌駕すると、そう言ったではないか」
「やり方はある。君が協力する気があるのならね」
ローペンは決意した。呪術師ジェリコに賭けてみようと。そもそも、ほかに選択肢もない。
「いいだろう。貴様に協力しよう。それで?」
ジェリコは自信を滲ませて言う。
「呪いとは、時にレベル数値もひっくり返すものだ」
※※※
──アデリナ──
アデリナは、ベンゲン伯爵の甲羅を叩き割り、脳味噌を引きずり出した。
「さよなら、蟹さん」
ベンゲン伯爵の死体を投げ捨て、隣の広間を見やる。
そこでは、大魔導士マラヴィータと邪神官ハーンが、激闘を繰り広げていた。
マラヴィータとハーン。2人とも魔王の腹心であり、魔王城の守りの要。
城勤めの魔族ならば、一度は考える。『果たして、強いのはどちらか?』と。その答えが、いま明らかになろうとしているのだ。
アデリナは〈フォーム〉で椅子を造り、そこに腰かけた。膝の上に、エトセラが飛び乗ってくる。アデリナは、エトセラの耳の後ろを撫でた。
「エトセラちゃん。もうすぐよ。もうすぐ、わたしはパパと再会するわ」
エトセラはあくびした。腹が満ちたので、眠くなってきたようだ。
「再会したら、どうするの、アデちゃん?」
アデリナは微笑みを浮かべた。




