89話 魔王城②~地獄の犬ころが、無双する。
──ローペン──
小型犬の名前は、エトセラというらしい。
魔獣の中にはヒトの言葉を話す種族もいる。だが、犬が話すというのは、初めて見た。
それ以前に、レベルが測定不能な犬というのが、前代未聞だが。
とにかく、エトセラを連れ込んだのはアデリナだろう。
それにしても、ビルガン伯爵が呆気なく倒されるとは。
(……危険だな)
ローペンは、エトセラから距離を取った。
ビルガン伯爵は、初見殺しの攻撃で倒されたのだ。
手のひら大のミンチにまで押しつぶされる、という攻撃に。
ならば、その攻撃をされる前に、決着を付ける。
ローペンは、攻撃魔法を発動。
「〈オー・フィニッシュ〉!」
エトセラの前に、魔法鉱石で造られた槍が、現れる。
ローペンが操作することで、槍がエトセラへと攻撃を仕掛ける。
魔法鉱石の槍を遠隔で操ることで、距離を取って戦えるわけだ。
エトセラは尻尾を振りながら、ジャンプ。
槍を駆け上がると、天井まで跳ぶ。さらに天井を蹴って、空中を走り、ローペンの間合いまで飛び込んできた。
ローペンはとっさに、〈ロック・ハウンド〉を発動。
床から石柱が噴出。エトセラの腹部へとぶち当たる。
とたん、石柱のほうが砕けた。
(犬のくせに、とんでもない強度の防御力だ)
ローペンはひとまず撤退に入った。敏捷性には自信がある。エトセラから逃げ切ることは可能なはず。
ところが──。
エトセラが、ローペンに先回りする。ワープ並みの移動速度だ。
エトセラは尻尾を振りまくっている。
「遊んでくれて嬉しいけど、そろそろアタシに食べられてよ!」
「断る! 〈ホール〉!」
ローペンの足元に、穴が開く。そこから下階まで飛び降りた。
「〈オー・フィニッシュ〉」
そして再度、魔法鉱石の槍を造り出す。
先ほどエトセラは、この槍の攻撃は避けた。ということは、〈ロック・ハウンド〉の石柱とは違って、この槍ならばダメージを与えられるのではないか?
ローペンは〈ホール〉の穴から、エトセラが飛び降りて来るのを待ち構える。
しかし──来ない。
(まさか)
ローペンは跳躍し、〈ホール〉の穴を通って、元の階へと戻る。
そこにエトセラの姿はなかった。
迂闊だった。
エトセラは、下の階へ追いかるほどには、ローペンに執着していなかったのだ。
(まずいぞ。ビルガン伯爵を一撃で倒してしまった犬だ。魔族が沢山いるところに出たら──大惨事となる)
ローペンが通路を走っていると、前方から悲鳴が聞こえて来た。しかも複数だ。
悲鳴の発生源を目指すと、大広間に戻った。
そこは地獄絵図だった。
エトセラが回転し、小さな竜巻と化している。それが大広間にいる魔族たちに、激突していくのだ。
小型竜巻に激突された魔族は、粉砕され、肉片と化していく。
ビルガン伯爵のとき、エトセラは『ミンチ攻撃』を使った。
しかし、レベルの低い魔族が相手ならば、そんな大技を使うまでもないらしい。
エトセラという小型竜巻が、次々と魔族たちを殺していく。こうして、大広間は殺戮の場と化してしまった。
ローペンは、ハッとした。小型竜巻の行き先に、新手が現れたのだ。
人狼のバルバだ。すでに狼と化している。
バルバは小型竜巻を掴むなり、壁に向かって、ぶん投げた。
ローペンは唖然とした。
(何という力技だ)
小型竜巻ことエトセラは、壁に激突したところで、回転を止めた。床を転がり、なぜか苦しみだす。
壁に当たったダメージではないだろう。
どうやら、この犬は目を回しているようだ。
好機と見たバルバが、エトセラへと突進し出す。
バルバの攻撃は、シンプルだ。人狼の腕力でもって、敵を引きちぎる。そして、自慢の牙で切り裂く。
しかし、エトセラにそれは通用しない。
ローペンは警告した。
「気を付けろ、バルバ! その犬は、ビルガン伯爵を倒しているぞ! 不用意に近づくな!」
警告のやり方は、正しかった。
バルバは、ローペンは軽んじているが、ビルガン伯爵のことは一目置いていた。
そのビルガン伯爵を倒したというのだ。この敵は、竜巻だけの犬ではない。
バルバは突撃をやめて後退し、戦闘体勢を取り直した。
「ローペン。どういうことだ? てめぇ、ビルガンの旦那が、こんな犬コロにやられたって言うのか?」
ローペンはバルバの隣まで移動した。
「ただの犬コロではない。エトセラという名だ。方法は不明だが、エトセラは標的をミンチにする攻撃を持っている。ビルガン伯爵も、これにやられた。ただし、射程距離は短いようだ」
射程距離の短さの推測は、ローペンがまだ生きていることからだ。射程距離に限界がないのなら、ローペンもとっくにミンチにされているだろう。
ローペンは、エトセラとの戦闘中、一定の距離を取っていた。それがローペンの生存に繋がったのだ。
「だから、遠距離から攻撃し、エトセラの体力を削っていけば──」
「まどろっこしい策をほざいてんじゃねぇ、ローペン! てめぇ、よくそれでラプソディの親衛隊員をやってられんな! 犬コロが『ミンチ攻撃』を仕掛けて来る前に、叩きのめせばいい話だろうが!」
「早まるな、バルバ!」
しかし、バルバが聞く耳を持つはずもない。
ラプソディにさえ、不遜な態度を取る人狼なのだ。
バルバが取り出したのは、銀の短剣だった。銀は、人狼の弱点である。
だがバルバは、そんな弱点の銀を、あえて装備している。
というのも、人狼は銀による攻撃を受けると、ブースト状態に入るからだ。
生存本能がそうさせるのだ。
バルバは、このブーストを戦法に利用していた。
方法は、単純だ。
バルバは自ら、銀の刃で身体を斬りつける。
こうすることで、銀のダメージを身体に与え、強制的にブースト状態へと移行するのだ。
ブースト状態では、パワーもスピードも、通常の20倍だ。
「一気に片付けてやるぜ」
とたん、バルバの姿がかき消える。ラプソディにも匹敵しうる神速だ。
ローペンでは、視認することも難しい。
それほどの神速で、バルバはエトセラへと突進した。
しかし、刹那、不可解なことが起きた。
神速で突進したはずのバルバが、姿を見せたのだ。
走ってはいる。
だが、実に遅い。
とはいえ、時の流れが遅くなっているわけではない。
ローペンは愕然とした。
「これは、〈スロー〉か!」
シンプルな魔法だ。物体の動きを遅くする、ただそれだけ。
だが戦闘時では、動きを遅くさせられることは、命取りだ。いまのバルバのように。
「畜生が!」
〈スロー〉で突進速度を遅くさせられたことにより、いまやバルバは良い的だ。エトセラは『ミンチ攻撃』を使用するだろう。
「させるか!」
ローペンは〈ロック・ハウンド〉を発動。
ただし狙ったのは、バルバだ。
バルバを石柱で弾き飛ばすことによって、エトセラの射程範囲から出したのだ。
バルバは床を転がってから、立ち上がる。〈スロー〉も切れたようだ。
ローペンは苦々しく言う。
「バルバ。だから、早まるなと言ったのだ」
バルバは唾を吐いた。
「けっ、礼は言わねぇぜ」
「そんなものは期待していない。しかし、ここは共同戦線を張るべきだと思うぞ」
バルバは忌々しそうに答える。
「てめぇの言う通りかもしれねぇな」
ふいにエトセラが、興奮し出した。尻尾を千切れんばかりに振り出し、その場をクルクルと回り出す。
バルバが不愉快そうに言った。
「あの犬コロ、一体どうしたっていうんだ?」
ローペンには、覚えがあった。
友人の一人が、魔族にしては珍しく、犬を飼っている。その友人の犬も、いまのエトセラのように興奮していたことがある。
(そうだ。その犬が、エトセラのように興奮していた理由は──飼い主が帰宅したから)
ローペンはハッとし、警告を発した。
「バルバ! 気をつけ──」
刹那、バルバの首が刎ね飛ばされる。
首なしの人狼の死体が、うつ伏せに倒れた。
バルバが倒れたことで、背後に現れた人物が、ローペンの場所からでも視認できた。
白銀の髪をした、美しい女。
バルバの首を刎ねた手刀は、それだけで圧倒的な攻撃力を持つ。
アデリナは、微笑みを浮かべた。
「あら。人狼って、たいしたことないのね」
この瞬間、ラプソディの親衛隊は5人に減った。




