77話 討伐対象『魔王の娘』⑨~第2段階を始めよう。
ラプソディは〈インフィニティ√〉を使って、複数の次元を通過してきた。ある敵を追跡するために。
ラプソディの〈ワープ〉を封じ、リリアスに〈タイム〉を強制発動させた、魔導士を。
次元の底の底で、追跡していた魔導士を、ついに追いつめた。
その魔導士は、肥大した身体を浮遊魔法で浮かせている。
ラプソディは、朗らかに言った。
「ようやく会えたわね。さあ、観念して」
肥満の魔導士が大笑する。腹の贅肉が揺れている。
「小娘。このトンサンに、おびき寄せられたとは考えないのか? 次元の底の底という、この逃れられぬ場所まで」
次元世界は、重なり合っている。
上層ならともかく、ここのような最下層ともなると、風景も殺風景なものだ。真っ白い空間が広がっているだけ。
その中で、ラプソディは微笑んだ。
「あたしを誘き寄せるなんて、愚かなこと──」
ラプソディは言葉を止めた。
ふいに襲って来たのは、絶望的な喪失感だ。
ラプソディの心臓が早鐘を打ち出す。
(……これは、そんな)
ラプソディは、上を見上げる。
次元世界を底に降りてきたので、元の世界は『上』にあるのだ。すなわち、レイがいるのは、ずっと『上』。
そして、ラプソディは、レイを感じ取れなくなっていた。
それは次元世界の底まで来てしまったからではない。
レイの身に何かがあったのだ。
たとえば、命を落とすようなことが──。
「……嘘よね、レイ?」
トンサンが大笑する。
「敵を前にしてよそ見とは、血迷ったな、小娘! 食らえ、〈ディビジョ──」
「うるさい」
ラプソディは神速で、トンサンに肉薄。その頭部を、叩き潰した。首なしのトンサンの死体が、床に落ちる。
トンサンの死によって、封じられていた〈ワープ〉が、使用可能となった。
ラプソディは〈インフィニティ√〉と〈ワープ〉を同時使用して、一気に複数の次元世界を突破。
次の瞬間には、王都ルクセンに戻っていた。
次元世界では、時の速さが異なる。
どうやら、元の世界に戻って来るまでに、一時間近く経過しているようだ。
実際に、レイの身に何かが起きたのは、ラプソディが次元世界に入った直後だろう。
(──異なる次元世界にいたせいで、気づくのが遅くなってしまったわ)
ラプソディは、レイの痕跡を探索魔法で見つけてから、再びワープした。
ある路地に出る。ここで、レイの痕跡が途絶えているのだ。
そこには血だまりと、レイの切断された両腕だけが残っていた。
ラプソディは、生れてはじめて恐怖というものを感じた。
大切なものが永久に失われるかもしれない、という恐怖を。
「……レイ、待っていて。いま、助けてあげる」
レイの痕跡が失われた代わりに、別の者の魔法痕跡が出現していた。
レイを害した者だろう。魔法痕跡は、あからさまに残されている。
ラプソディを誘き寄せようとしているのだ。
「いい度胸ね」
ラプソディは、〈ワープ〉した。
敵の痕跡は、王都の外へと続いている。
【討伐パーティ 残り4人】
※※※
──19時26分。
王城──王の間。
アデリナは玉座の上で胡坐をかいていた。
そして監視魔法によって、王都内で起きている主要な出来事を、見守っている。
とくにラプソディの動向を。
先ほどラプソディは、敵を追って、王都の外へと〈ワープ〉した。
ラプソディを誘き寄せたのが、『包帯の者』であるムジャルだ。もちろん、GODランク冒険者。それが現在、王都にいないというのは、大きい。
また剣聖ローラも、サラに敗れて、拘束されている。
冒険者ギルドの戦力が削られている点は、アデリナの計画通りだ。
だがアデリナにとっても、想定外のことが二つあった。
まずレイだ。義弟といえる、この冒険者。
レイは死ぬ間際、自らの血液を操っていた。無自覚だったようだが、確かに操ったのだ。
液体操作の魔法ではない。もっと根源的に、己の血液を使役していた。
ならば、レイという冒険者の祖先には──。
アデリナは、傍に控えるルティを眺める。
ルティが怪訝な顔をした。
「なんじゃ?」
「何かしらね」
アデリナは視線を逸らした。
だとしても、問題はない。
すでにレイは、この世にはいない。
『包帯の者』ムジャルは、レイに止めを刺した。アデリナは、監視魔法で、それを見届けたのだ。
だが、このムジャルという冒険者もまた、想定外だった。
GODランクならば、ローラとバラスの実力を、アデリナは監視魔法で確認済み。確かに脅威ではあるが、恐れるほどではない。
ところが──。
(このムジャルだけは、桁が違いすぎでしょう。コイツ、わたしよりも強いのではない? やだわ、包帯フェチに負けるとか)
アデリナは立ち上がった。伸びをしてから、言う。
「さてと。そろそろ、〈浮遊石〉を貰い受けに行ってこようかしらね」
ルティが言う。
「冒険者ギルドの連中が、大人しく渡すとは思えん」
「それなら、少しだけ遊んであげるわよ。ルティちゃん達は、コヒム君の手伝いをしなさい。コヒム君は──あたしが帰って来る前に、ちゃんと19代目のリウ国王になっているのよ」
コヒムが平伏す。
「はっ! 必ずや!」
アデリナは、ダッドソンやオル・ゾンビにも視線を向け、微笑んだ。
「さぁ、皆さん、頑張りましょう」
※※※
アデリナが動き出したころ──。
ハニは、死にそうだった。
敵のゴーレムを倒したのが、始まりだった。そのゴーレムは、呪術師によって作られたものだったのだ。
ゴーレムを破壊したことがトリガーとなって、呪いが発動。
呪いを受けたハニは、右手が徐々に土塊となり始めたのだ。
すなわち、呪われた者は、最終的にゴーレムと化してしまうのだ。
その前に、この呪術師を殺さなければならない。
そして今──
ハニの右半身は、ほとんどが土塊の侵食を受けていた。
右の肺なども土塊と化したため、すでに活動の限界が来ている。心臓まで土塊に侵食されてしまえば、そのときが敗北だろう。
ハニは、市場を歩いていた。
すでに走る力は残っていない。
探索魔法で見つけた呪術師は、目前まで迫ることができたのだ。
〈タイム〉で時間が停止しているときに、呪術師へ〈ハウンド・フレイム〉を叩き込む寸前までいった。
ところが、そのときだ。
土塊の侵食が広がり、ハニは魔法を使えなくなってしまった。時間停止中も効力が続くとは、呪いとは恐ろしい。
そして、今や呪術師とは距離を開けられている。
呪術師を殺すことができなければ、呪いは消えることはない。
他にも、もう一つ方法はあるが──ハニには、できないことだ。
ハニは、路地の片隅で座り込んだ。ここらへんは通行人も多い。冒険者ギルド付近は、避難勧告が出されているそうだが。
土塊の侵食は、ついにハニの全身へと回って行く。
ハニは呼吸困難に陥った。
(ボクとしたことが、呪術師なんかに倒されるなんて……ラプソディ様、ごめんなさい)
意識が暗転しようとしたときだ。
温かい光が、ハニの全身を包んだ。
(一体、なにが──)
ハニは、ハッとした。身体が軽い。立ち上がってから、全身を見た。
すべてが生身の身体だ。土塊ではない。ゴーレム化が解かれているのだ。
「大丈夫ですか、ハニさん?」
目の前には、サラが立っていた。
〈天使の杖〉を片手に、安堵した様子だ。
サラが〈ゴッド・ヒーリング〉で、ハニの呪いを解いてくれたのだ。
回復魔法だけが、呪いに対抗できる。
「サラ! ありがと! よくボクのいる場所が分かったね?」
「はい。ハニさんのいる場所でしたら、分かる自信があります」
「そうなの? よく一緒に行動しているからかな?」
「それと、〈聖なる乙女〉として、回復魔法を必要とする人を、探知することができるからです。探知範囲は、まだ数キロですが」
「なるほど。確かに、ボクは回復魔法を必要としていたよ。呪術師から攻撃を受けたんだよ。危うく、ゴーレムにされるところだった」
サラが深刻な表情で言う。
「ハニさん。パーティ全員が、攻撃を受けているのです」
「え?」
「ラプソディさんの正体が、冒険者ギルドに知られてしまいました。討伐パーティが組まれ、わたし達の命を狙って来ています。それも、各個撃破が狙いのようです」
ハニは愕然とした。
「そんなことが……けど、どうして、ラプソディ様の正体が?」
「裏で、アデリナの暗躍があるようです」
「アデリナは、やっぱり陰謀を企てていたんだね。サラ、〈聖白石〉は大丈夫?」
アデリナは〈聖白石〉を狙って、〈純白の塔〉を襲撃したのだ。
現在、〈聖白石〉の所有者は、サラだ。
先代〈聖なる乙女〉の代償魔法〈オーナー〉が、〈聖白石〉を守護している。
所有者のサラが譲らない限り、〈聖白石〉は他者の手に渡ることはない。たとえサラが死んでしまった場合でも、〈聖白石〉を奪うことはできない。
よって、サラが譲渡の意志を示さない限り、〈聖白石〉は安全である。とはいえ、一応は確認しておきたいハニだった。
サラは、うなずく。
「はい。〈聖白石〉は、この収納ボックスに入っています」
「良かった。ひとまず、ボクは呪術師を潰すよ。呪術師は、厄介な敵だからね」
「その呪術師は、GODランクでしょうか?」
「ううん。そこまでの敵ではないよ。ボクの知り合いに、実は呪術師がいてね。そいつのほうが、呪力は強い──けど、腹が立つから、そいつの話はやめよう」
「はぁ」
ラプソディの親衛隊の一人が、呪術師なのだ。
ハニは、その少年のことを蛇蝎の如く嫌っていた。
ハニは再び探索魔法を使い、敵の呪術師の位置を確認した。
呪術師は、割と近くにいる。
ゴーレム化の呪いが解けたことは、呪術師も分かっているのだろう。
(向こうも、次の一手に悩んでいるわけだね)
「一気に、片を付けてやる!」
ハニは、〈スピード・スター〉を発動。
さらに民家の屋根を跳び越すことで、ショートカットに成功。
呪術師の前へと回り込んだ。
呪術師は、30代の浅黒い肌の男だった。
すでに応戦の構えを見せており、14体ものゴーレムを造り出していた。
このゴーレムを破壊すれば、また呪いが発動するのだろう。
かといって、ゴーレムを破壊しないで戦うのも、難しい。ゴーレムは単体で、Fランク冒険者レベルの戦力はあるのだ。それが14体もいる。
(ならば、本体を、いち早く倒す!)
ハニは、本体である呪術師を狙って、〈ライトニング・ブラスト〉を連射した。
しかし、これこそが呪術師の狙いだったようだ。
呪術師を庇うようにして、3体のゴーレムが、射線に飛び込んで来たのだ。
3体とも〈ライトニング・ブラスト〉の直撃を受け、破壊された。
とたんハニの全身で、土塊の侵食が起こる。
しかも、土塊の侵食速度は、先ほどとは比べものにならない速さだ。
どうやら3体同時に破壊したことで、呪いの威力も3倍となったらしい。
ハニは戦闘続行できず、その場に跪いた。
呪術師が勝ち誇る。
「我の呪いに、敵う者はいないのだ」
すでに身体の半分が土塊となりながらも、ハニは笑った。
「それは……言い過ぎなんじゃないのかな?」
「なんだと?」
刹那、呪術師の足元から、氷の槍が伸びる。
氷の穂先が、呪術師を貫いた。
これで呪術師が息絶えたことは、ゴーレムたちが自壊し、ハニへの呪いも解けたことで明らかとなった。
生身に戻ったハニは、一息つく。
「〈ライトニング・ブラスト〉発射のとき、君の足元に〈アイス・ランス〉も発動しておいたのさ」
サラが駆け寄って来た。
「ハニさん!」
「サラ。呪術師は、片付けたよ。Aランク程度の敵だったね。不意打ちさえ受けなければ、ボクの敵ではなかったよ。やはり、討伐パーティで気を付けなきゃならないのは、GODランクだね。それが3人もいるとなると、厳しいかも──」
「GODランクは、あと2人ですよ」
ハニは、キョトンとしてサラを見た。
「どういうこと?」
「わたし、GODランクの方を1人倒して、拘束しましたから」
「……」
唖然とするハニだった。
【討伐パーティ 残り3人】




