78話 討伐対象『魔王の娘』⑩~ようこそ、冒険者ギルドへ。
【運命の日】──19時32分。
レイたち冒険者がクエストなどを受注に行く建物。
これは便宜上、冒険者ギルド『本部』と呼称されている。
ただし、正確には冒険者ギルド『出張所』といったところだ。
真の『本部』は別にあり、一般の冒険者は場所も知らない。そこでは、ギルド・マスターを中心とした幹部たちが、ギルド全体の運営を行っている。
すなわち、冒険者ギルドの中枢である。
幹部たちは『冒険者ギルド総司令部』と呼称し、存在を部外者に知られまいとしてきた。
だが、情報とは洩れるものだ。
半月前、SSSランク聖騎士の一人が、幹部候補となった。そのため、総司令部にも招かれたのだ。
この幹部候補こそが、ダッドソンである。
冒険者でありながら、魔王の娘アデリナに心酔している、聖騎士だ。
そんなことは、ギルド・マスターも含め、ギルドの幹部たちは夢にも思わなかった。
そしてダッドソンの口から、冒険者ギルド総司令部の場所は、アデリナに教えられたのだ。
運命の日。
太陽が沈み、夜が来た。
アデリナは、冒険者ギルド総司令部にいた。
幹部たちは呆然とする。いま何が起きたのか、と。
1秒前まで、幹部たちは通常通りに仕事をしていた。ギルド・マスターの指示を仰ぎながら。
ところが、瞬時に状況は変わってしまった。
銀色の髪の女魔族が、どこからともなく現れたのだ。
ギルド・マスターの背後に。
そして手刀が一閃され、ギルド・マスターの首は刎ね飛ばされてしまった。
殺されたギルド・マスターは、バッコーラという名だった。
バッコーラは政治的な手腕で、ギルド・マスターの地位まで上り詰めた男だ。よってアデリナに抵抗する力などはなかった。
それでも、かつてはSランク戦士ではあったのだが──。
アデリナは、幹部たちに微笑んでみせる。
「あら。『ようこそ、冒険者ギルドへ』とは、言ってくれないの?」
それから行われたのは、殺戮だった。
幹部の中には、SSSランクだった者もいた。しかし、ほとんどは、実戦経験さえない者たちである。アデリナから逃れる術などはない。
アデリナは素手で虐殺しながら、2人の人物だけは殺さないように、気を付けた。
やがて、死体の山が築かれた。
アデリナが生かしたのは、幹部の男トーマス。そして、トーマスと婚約関係にある秘書のシンディだ。
アデリナは、トーマスに尋ねる。
「トーマス君。〈浮遊石〉を頂けるかしら?」
トーマスは、震えながら答える。
「お、お前などに、渡すものか」
「そう」
アデリナは、シンディを引き寄せた。それから、シンディの頭皮を剥がす。シンディが獣のような絶叫を発した。
「あら、可哀そうに。髪は女の命というけれど、頭の皮から剥がれちゃったわよ」
無力なトーマスが、めそめそと泣き出す。
「な、なんてことを……」
「トーマス君、3秒あげる。それまでに〈浮遊石〉を差し出さないと──そうね。シンディちゃんの子宮を抉り出しちゃうわよ」
トーマスが叫んだ。
「や、やめてくれ! 〈浮遊石〉は、ここにはないんだ!」
「〈浮遊石〉のような貴重なものは、総司令部で保管しているものでしょ?」
「も、もっと安全な場所にある! 冒険者ムジャルが所持しているんだ!」
アデリナは舌打ちした。〈浮遊石〉の獲得は、想定していたより大変そうだ。
「ムジャル。全身を包帯で巻いている冒険者ね。アレは何者なの? というより、本当に人間なの? 魔王でも、あんなに禍々しくはないわよ」
「何者かは、分からない……ギルド・マスターでさえも、ムジャルの出自は掴めていなかった。ただ……桁違いに強い。GODランクとは、もとはムジャルのために作られたランクだと聞く」
アデリナは小首を傾げる。
「GODランクが生まれたのは、リウ国が建国したころでしょう? 300年は昔だわ」
「僕も先輩から、聞いた話だ。真偽は分からない。ただ……ムジャルは、冒険者ギルドの創設メンバーだという」
アデリナは考える。
当然ながら、300年は人間の寿命ではない。さらに言えば、魔族でもない。
エルフか、ハーフ・エルフだ。
または、想像もできない種族か。
(ふーむ、ムジャル君ねぇ。取り込めたら、最大の戦力になるけれど。敵に回られると──どうしたものかしらね)
トーマスが泣いて哀願する。
「もういいだろ! シンディを解放してくれ!」
「そんなに、この女のことが大事なの?」
「そうだ! 愛しているんだ! だから、頼むから、もうシンディを傷つけないでくれ。お願いします、お願いします……」
アデリナは、微笑みを浮かべた。
とても愉快なことを思い付いたのだ。
※※※
そのころ、冒険者ギルド本部では──。
〈ジャッジメント〉で拘束されたローラが、目覚めていた。
そんなローラのもとに、一人の冒険者が現れる。
Aランク魔導神官のルーシーだ。
「ローラ、大丈夫?」
ローラとルーシーは、幼馴染だ。
ただし、そのことは冒険者ギルドに隠してきた。
『受付係のローラ』がGODランクであることは、機密事項。
だがローラは、こっそりとルーシーに明かしてしまったのだ。このことをギルド上層部に知られたら、ルーシーが処分されかねない。
そこで2人は、幼馴染の関係からして、秘密にすることにした。
魔王討伐パーティで、ルーシーの消息が掴めなくなったときは、ローラは不安で夜も眠れなかったものだ。
拘束されたまま、ローラは答える。
「不覚を取りました」
ルーシーの解除魔法によって、〈ジャッジメント〉の拘束が解かれる。
さらに魔導神官ならではの回復魔法〈祈りの7番:希望の星〉で、ローラの傷を癒す。
「誰にやられたの? やっぱり、『魔王の娘』さん?」
ローラは首を横に振った。
「いえ、サラさんです。なぜか2人いましたが。片方は未来から来た、とか。私もよく分かりませんが」
対峙したローラが分からないのだから、ルーシーが分かるはずもない。
「だけど、拘束されただけで良かった」
「はい。不必要に命を奪わないのが、サラさんの優しさですね」
拘束されている間、ローラはあることを考えていた。
不思議なことだが、ルーシーに助けられたことが、決断への一押しとなった。
「ルーシーさん。私は、討伐パーティから離脱します」
「クエストを放棄するの?」
「レイさんたちを討伐することに、意義があるとは思えません」
「魔王の娘も?」
ローラは思う。
この問いかけに答えることで、ルーシーと決別することになるかもしれない、と。
「魔王の娘だからといって、敵と確定できますか? 私は受付係として、ラプソディさんを見てきました。ラプソディさんが悪い人とは思えません」
ルーシーは腕組みした。
「あたしは、『魔王の娘』のことはあまり知らないよ。けど、レイ君のことは、よく知っているつもり。レイ君が好きになったのだから、『魔王の娘』も悪い人ではないのかも。もともと、あたしは討伐には反対だったし」
それからルーシーは、レイに警告のメッセージを送ったことを明かした。
ローラは提案する。
「討伐を中止するよう、ギルド・マスターに直談判してみましょう」
「ローラはGODランクだからいいけど、あたしはAランクだよ。ギルド・マスターに会う資格はないけど?」
「Aランクとはいえ、現役冒険者の中で、唯一の魔導神官ですよ。古代神殿の探索パーティにも、選ばれたと聞きました」
「魔導神官は、守護獣とは、相性がいいからね」
ローラは、冒険者ギルド総司令部の場所を知っている。さっそく2人は、ギルド・マスターに直談判するため、総司令部へ向かった。
そして、総司令部内の惨状を目撃した。
ギルド・マスターも含めて、幹部たちが惨殺されている。
ルーシーが息を呑んだ。
「ひどい。誰が、こんなことを」
犯人の姿はない。
ローラは、嫌な予感がした。
『魔王の娘』の討伐クエストと、冒険者ギルド総司令部の襲撃が同じ日。これが偶然とは思えない。
「……生存者はいないようですね」
そのときだ。
室内の片隅から、何かが現れた。
ローラは大剣を召喚して、切っ先を向ける。現れた物体を見て、背筋が寒くなった。
その物体は、手足が8本あった。蜘蛛のように歩いている。頭部は2つあって、ありえないところから生えている。
ルーシーが悲鳴を飲み込んだ。
「……ローラ。こ、これは一体?」
「……2人の人間が、無理やり融合されたようです。それに──」
ローラは、誰が融合されたのか分かった。2人とも顔見知りだ。トーマスとシンディ。
ローラは憤怒を覚えた。
一体、どんな鬼畜なら、こんな所業ができるというのか。
「ローラ。元には戻せないの? あたしの〈祈りの7番〉では無理だけど、ヒーラーの回復魔法なら?」
「……不可能でしょう。ここまで完全に融合されてしまっては……」
トーマスとシンディだった物体の、片方の頭部が言った。
「……殺……殺シテ」
ルーシーが耐えきれず、顔を背けた。
ローラは大剣を振り、斬撃を放ち、終わらせた。
死体を前にして、ローラは誓う。
「シンディ、トーマスさん、安らかに眠ってください。仇は、必ず取ります」
それからルーシーに尋ねた。
「この惨状をもたらした犯人ですが、魔法痕跡を辿れますか?」
ルーシーはうなずいた。
「うん。辿れるよ、ローラ」
「私たちは、これより独自にクエストを開始します。討伐クエストを。討伐対象は──」
ローラは周囲を見回し、言った。
「冒険者ギルドを壊滅させた犯人です」




