71話 討伐対象『魔王の娘』③~剣聖ローラvsサラ先輩。
【運命の日】──18時22分
冒険者の更新手続きを終えたので、サラは帰宅しようとした。
どことなくローラが躊躇いがちに言う。
「お待ちください、サラさん。実は、お手伝いして欲しいことがありまして」
サラは訝しく思いつつも、うなずいた。
「わたしで、お力になれるのでしたら」
ローラが受付スペースの奥へと移動する。
「では、こちらに」
サラもローラに続こうとしたとき、それは起きた。
なにもない空間から紫電が発生し、壁や天井にぶつかり出す。他の冒険者や受付係が悲鳴を上げて、逃げ出した。
建物内に残ったのは、サラとローラだけだ。
サラは魔杖〈天使の杖〉を構え、臨戦モードに入る。こんなとき動揺しないのも、〈純白の塔〉で修練を積んだ成果だ。
ローラが受付台まで戻って来て、弾ける紫電を眺める。
「……不可解ですね」
暴れ回る紫電は、徐々に一か所へと集まっていった。
ついに臨界点を突破したのか、紫電が集結したポイントで、空間が裂けた。
空間の裂け目から、一人の女性が現れて、降り立つ。
その後ろで裂け目が閉じて、紫電も消えてしまった。
出現した女性は、空色の髪を長く伸ばしていた。眼鏡をかけ、白いローブを着ている。
そして右手には、回復用の魔杖を持っていた。紛れもなく〈天使の杖〉を。
サラは唖然とした。
突如として現れた女性に、見覚えがある。
当然だ。毎日、鏡で見ているのだから。
(ですが、少しやつれているような。あと眼鏡をかけていますね)
恐る恐るサラは問いかける。
「あの……あなたは……わたし、ですか?」
すると、その女性は答えるのだ。
「ええ。厳密には、5年後の『わたし』ですが」
「……」
サラは内心で思った。
(5年後のわたし、少しやつれているのですが……あと視力が落ちるのですか、わたし?)
自称『5年後のサラ』は続けた。
「しかし、呼び名がややこしいですね。この場に、サラが2人いるわけですし。こうしましょう。あなたは、わたしのことを『サラ先輩』と呼んでください。5年分、わたしが年長者ですので」
「……」
サラの脳内で、様々な情報が駆け巡った。
空間より出現した女性は、5年後の自分だという。
確かに、姿形だけを見ると、『サラ』なのだ。
だが、だからといって、鵜呑みにして良いのだろうか?
姿形を変える魔法は、たくさんあるはずだ。
それに、『5年後のサラ』、すなわちサラ先輩の言うことが正しいとしよう。
すると、サラ先輩は、タイム・トラベルをしてきたことになる。
しかし、時間を過去へと跳躍する魔法など、聞いたことがない。
それとも、時を司る魔導士〈クロノス〉なら、可能なのだろうか?
サラは、リリアスのことを考えた。
あの小さな少女は、神話的職業〈クロノス〉ではある。
(では、リリアスさんが? ……どうでもいいですが、5年後のわたし、少し偉そうではありませんか。自分のことを『サラ先輩』と呼べ、などと)
そんなサラ先輩は、視線を移動させる。受付台の向こうにいる、ローラへと。
ローラは両手を挙げた。降参するように。
「こちらに敵意はありません」
サラ先輩は微笑んだ。
「残念ですが、信じられません」
サラ先輩は〈天使の杖〉を、ローラへと突きつける。
「〈ホーリー・アロー〉!」
聖なる矢が放たれ、ローラを貫いた。
矢に貫かれたローラは吹き飛ばされ、壁を突き破っていく。どこまで飛ばされたのか、見えなくなってしまった。
サラが悲鳴を上げる。
「ローラさん! あの、サラ先輩、何てことを!」
「ご安心ください、我が後輩」
「え、後輩ですか」
「ローラさんは、この程度ではビクともしません。本当は、〈ホーリー・アロー〉の一発で片付けられれば、楽なのですがね。剣聖は、伊達ではありませんか」
「剣聖、ですか?」
剣聖という職業もまた、〈クロノス〉と同じく、神話だ。
剣士の職業を極めた者だけが、剣聖に至るという。しかし、現実には剣聖など実在しないはずだ。それとも、違ったのだろうか。
サラは先日まで、GODランクの存在も知らなかった。
もしも、SSSランクの剣士が、さらなる進化を遂げて、GODランクに至ったのなら? その人のことを剣聖と呼ぶのではないか?
ただし、剣聖の存在を信じても、こちらは信じられない。
(たとえ剣聖が存在するとしても、それがローラさんということが、あり得るのでしょうか?)
だが、サラは決断した。
何かを信じなければ、身動きが取れないからだ。
だから、サラ先輩のことを信じることにしたのだ。その上で、尋ねる。
「えっと、サラ先輩……この呼び方、馴れません……あなたは、何のために来たのですか?」
サラ先輩は凛とした表情で、答える。
「わたしは、あなたを助けに来ましたよ、我が後輩。そうすることで、あなたの未来を変えるのです」
「あの、どういうことですか?」
サラ先輩は苦しそうに言う。
「5年前、わたしはローラさんに捕らわれました。わたしが人質に取られたことで、ラプソディさんたちは動きを封じられたのです。そして、最悪の結末を迎えました」
サラは、頭の中で整理した。
サラ先輩の言う5年前とは、まさに今この瞬間のことなのだろう。
つまり、サラ先輩が現れなければ、いまごろ自分はローラに捕らわれていた。
「最悪の結末、とは?」
サラ先輩は、辛そうに答える。
「パーティの壊滅です。わたし達は、冒険者ギルドの討伐対象とされ、ついには壊滅されたのです。生き残ったのは、わたしだけでした」
「そ、そんな……それで、サラ先輩は自分の過去を変えに来たのですね?」
しかし、サラ先輩は首を横に振った。
「いいえ。過去を変えることは不可能です。ただし、新たな時間軸を生み出すことは、可能。わたしは、我が後輩を救うことで、新たな時間軸を生み出しに来たのですよ。すなわち、『サラが人質に取られず、パーティが壊滅をまぬがれる』時間軸を」
「それで、タイム・トラベルを……リリアスさんのお力を借りたのですね」
「いいえ。残念ですが、〈クロノス〉の力でも、タイム・トラベルはできません」
「え。では、どうやって?」
数秒ほど、サラ先輩は逡巡していた。
だが決断したらしく、サラの耳元で、タイム・トラベルの方法について話した。
サラは戦慄する。
タイム・トラベルが可能な状況とは、ある意味では、全てが『詰み』の状態だ。
サラ先輩は、そんな世界から来たというのか。
サラがその点を追求する前に、事態が動いた。
ローラが悠然として、歩いて来たのだ。
〈ホーリー・アロー〉の直撃を受けたのに、無傷だ。
ローラは親しみの笑みを浮かべる。
「すいません。少し、状況に追いつけていないようです。なぜ、サラさんがお二人もいるのでしょう。ですが、私には私のクエストがあります。せっかくですので──」
ローラが両手を広げる。
刹那、ローラの周囲に複数の剣が現れた。
「お二人とも、捕縛、いえ、討伐させてください」
複数の剣だが、これらはローラを中心にして、浮かんでいる。
ローラは右手で、そのうち一つの剣の柄を握った。太い針のような刀身が特徴の、刺突に特化した剣だ。
サラ先輩が、サラを守るように前に立つ。
サラが心配になって、尋ねた。
「あの、ローラさんが剣聖だとして、サラ先輩は勝てるのですか?」
「我が後輩、〈聖なる乙女〉MAXモードを覚えていますか?」
「は、はい。初回特典で、180秒間だけGODランクでした」
サラ先輩は、自身の〈天使の杖〉を構える。
「今のわたしは、常時MAXモードですよ!」
「凄いです」
ローラが構えの体勢を取る。
「では参りますよ。必殺技スキル〈貫弾〉」
ローラはその場を動かず、突きを放つ。
とたん、『刺突』の破壊力が、砲丸のように飛んで来た。
それを安々と、サラ先輩が〈天使の杖〉で弾く。
「たいした攻撃力ではありませんね」
ローラが涼やかに言う。
「サラさんと、このように戦うことになるとは。私が悲しんでいることを、理解してくれますね? では、2発目の〈貫弾〉、行きますよ」
再度の〈貫弾〉が発動。ローラから、刺突による破壊力が発射される。
サラ先輩は、先ほどのように〈天使の杖〉で弾いた。
だが、今回は安々とはいかなかったようだ。
「〈貫弾〉の攻撃力がUPしているようですが──?」
「はい。〈貫弾〉は発動するたび、攻撃力が倍化していきますので」
ローラはそう説明しながら、3発目の〈貫弾〉を発射した。
サラ先輩は呟く。
「もう杖では弾けませんね。こちらも出し惜しみせず、行きますよ」
サラ先輩は〈天使の杖〉を振るい、〈純白ラ界〉を発動。
〈貫弾〉の3発目は、先輩に達する前に消滅した。
「特殊スキル〈純白ラ界〉。わたしを傷つけようとする攻撃は、全てが無効化されますよ」
ローラは刺突剣を放った。
刺突剣は落ちずに漂い、他の複数の剣に混ざった。
「それは、チート級の特殊スキルですね。ですが、無効化できるのは、あなたへの攻撃だけでは? もう1人のサラさんへの攻撃は、どうなるのでしょう?」
サラは、ハッとした。
サラ先輩と違って、自分は〈聖なる乙女〉の未熟者。〈純白ラ界〉などは使えない。
ローラが新たなる剣を取った。今度の剣は、巨大な刀身の大剣だ。
「いま、思念伝達〈テレパス〉で報告がありました。ようやく、この周辺の避難が終わったようです。私も、少しだけ本気を出せそう──です!」
ローラが大剣を振るう。
ただし、サラとサラ先輩がいるのとは、別方向に向かって。
そして、大剣が振るわれた結果は、凄まじかった。
巨大な斬撃が飛ばされたのだ。
まず、斬撃発生時の衝撃で、冒険者ギルド本部は崩壊した。
さらに斬撃が飛んで行った先では、建物が数棟、吹き飛ばされて行く。
サラは、サラ先輩とともに、崩れる本部から脱出。
飛んで行った斬撃の破壊痕を見て、息を呑んだ。
「な、なんという必殺技スキルでしょう」
サラ先輩が鋭い口調で言う。
「違いますよ、いまのはスキルではありません」
「え?」
「ローラさんは、ただ大剣を振っただけです」




