72話 討伐対象『魔王の娘』④~局地戦に入ります。
【運命の日】──18時22分
そのとき、ハニは浴室にいた。浴槽につかりながら、鼻歌を歌っていると、侵入者に気づいた。
いま侵入者は、居間のほうを移動している。
ハニは常に、探索魔法を半径10メートルまで張っている。
そのため、侵入者にも、早い段階で気づけたわけだ。
ここでハニとしては、一つ大きな問題がある。
当然ながら、いまは裸だ。
裸体のまま戦うのは、年頃の女子としては避けたい。
しかし、衣服を着ているときに攻撃されると、防御が難しい。
ハニが迷っている間にも、侵入者は浴室に向かって来る。
ひとまずハニは、侵入者をスキャンして、ステータスを確認した。
(ふうむ。たいした数値ではないから、雑魚かな。けど、それにしては違和感があるね)
ハニは、〈スピード・スター〉を発動。
敏捷性を5倍にして、まず何をしたかといえば、服を着た。
濡れている肌に衣服がくっ付いて不快だが、裸で戦うよりはマシ。
「さて、と!」
ハニは居間へと飛び込み、侵入者に向かって、〈ファイヤ・ブラスト〉を放つ。
火炎弾は命中して、侵入者が燃え上がった。
燃え尽きてから、ハニは侵入者の残骸を確認する。
残骸からして、侵入者の正体は、土塊で造られたゴーレムだ。どうりでステータスの内容に、違和感があったわけだ。
ハニは、探索魔法の範囲を広げた。ゴーレムを操っていた術者を探すためだ。
だが、見つからない。
術者は、かなり遠距離から、ゴーレムを動かしていたようだ。
(それにしても、この程度のゴーレムが一体で、ボクを倒せると思ったのかな。失礼しちゃうね)
ふとハニは、右手が握れないのに気付いた。不思議に思って、自分の右手を見る。
とたん、危うく悲鳴を上げるところだった。
右手が、指先から手首まで、土塊になっているのだ。
まるでゴーレムの右手のようだ。
「な、なるほど。ただのゴーレムじゃなかったわけだね。呪術師が造った、ゴーレムだったんだ」
呪術師とは、異質な職業だ。
彼らは、生来の特殊スキルだけを使う者たちだ。
すなわち、『呪い』という特殊スキルを。
ハニは改めて、ゴーレムの残骸を見やる。このゴーレムを破壊したことが、トリガーだったのだ。
そうして、ハニは『呪い』にかかってしまった。身体が、徐々に土塊と化すという呪いに。
そんな分析をしている間にも、土塊の範囲は広がっていく。
ついにハニの右腕は、指先から肘までが、土塊と化してしまった。
「まずい。早く呪術師を見つけて、殺さないと。このボクが、ゴーレムにされてしまう!」
呪いを解除させる一番の方法は、呪術師を殺すことだ。
ハニは探索魔法の範囲を、さらに広げた。どこかに潜んでいる呪術師を見つけるために。
(──見つけた! 今すぐ向かって、殺してやる)
「〈スピード・スター〉!」
※※※
レイは、ラプソディとリリアスと共に、路面に落ちた。
「痛っ!」
「あうっ!」
レイとリリアスは無様に転がった。
「あら?」
一方、ラプソディは軽やかに着地した。
レイが立ち上がると、ラプソディは難しい表情をしている。
「ラプソディ。何があった? ここはハニの家じゃないぞ」
3人がいるのは、王都内のどこかの路地だ。
ハニと合流するため、ハニの自宅へ〈ワープ〉したはずだったが。
ラプソディが答える。
「何者かによって、あたしの〈ワープ〉が妨害されたようね」
「なんだって? また、〈キャンセル〉か?」
〈悪鬼梟〉が使った、〈キャンセル〉。
ラプソディの使う魔法を、先んじて無効化してきた難敵だ。
あの時のように、討伐パーティ内の誰かが〈キャンセル〉を発動しているのだろうか。
「〈キャンセル〉とは、また違うわね。あたしの〈ワープ〉だけが、ピンポイントで封じられてしまったみたい」
「そういうことか。ラプソディが〈ワープ〉を使って、魔族国家に逃げるのを防いだんだ」
ラプソディは、気に入らないという表情だ。ただし、それは〈ワープ〉を封じられたことではない様子。
「魔王の娘である、このあたしが逃げると思っているのかしら」
少なくとも、レイは逃げる作戦だ。いったん王都から撤退し、態勢を立て直す。そのためには、ラプソディの〈ワープ〉が強みだったのだが。
「〈ワープ〉を封じている敵の魔導士を、倒せそうか?」
ラプソディは、探索魔法を発動。しばらくして、答える。
「討伐パーティというのは、粒揃いみたいよ。この敵、あたしの探索魔法に引っかからないなんて──別の次元に潜んでいるのかもしれないわ」
「なるほど。速攻で、〈ワープ〉封じの敵を潰すという策は、無理そうだな」
レイは改めて、周囲を見回した。
「今いる場所が分かった。ハニの家まで、徒歩で10分くらいだ」
「〈スピード・スター〉を使えば、すぐの距離ね」
レイ、ラプソディ、リリアスが移動を開始しようとしたときだ。
東南の方角から、途轍もない破壊音が轟いた。
距離はかなりあるが、戦闘が行われているようだ。
レイはハッとした。
「冒険者ギルド本部がある方角だぞ」
「嫌な感じね」
ひとまず3人は、〈スピード・スター〉で、ハニ宅まで移動。
しかし、ハニも留守だった。
レイは呻いた。
「サラに続いて、ハニまで留守とは。一体、どこに行ったんだろう?」
ラプソディは、部屋の中央を指さした。そこには土塊の山がある。
「見て、レイ。これはゴーレムの残骸だわ。ハニちゃんは、敵から攻撃を受けたようね」
「ゴーレムだって? そうか、ハニは敵の追跡に出たのか。ラプソディ。ハニの現在位置を、探索魔法で見つけられるか?」
「ハニちゃんも〈スピード・スター〉で、かなり移動した様子ね。魔法痕跡を追えば、見つけるのは可能だけれど」
レイたちは、ハニが住んでいる集合住宅から出た。
集合住宅の前には、広場がある。
しかし、人払いでもされたかのように、市民の姿はない。
1人の魔導士だけが待ち構えていた。
「あら。こっちにも敵さんね」
ラプソディが、攻撃魔法を発動しようとする。
そんなラプソディを、レイは止めた。
「あの男の相手は、おれがする。ラプソディは、リリアスを連れて、先へ行ってくれ。ハニとサラを探し出し、合流するんだ」
ラプソディは反対しようとした。
だが、レイの表情を見て、引き下がる。
「レイが、一人で戦わねばならない相手なのね?」
「ああ。おれにも冒険者としての意地があるから」
ラプソディは、レイの頬に口づけした。
「分かったわ、レイ。すぐに会いましょうね」
レイは、ラプソディに微笑みかけた。
「ああ。すぐに追いかける」
内心で付け足した。
(こんなゴタゴタ、早く終わらせて、ラプソディの誕生日を祝うんだ)
ラプソディとリリアスが去ったところで、レイは改めて、敵の魔導士と対峙した。
Sランク魔導士のルードリッヒと。
かつてレイは、ルードリッヒの魔王討伐パーティに参加した。
しかし、魔王城内において、レイは切り捨てられたのだ。
レイは言った。
「ルードリッヒ。おれは、お前のことを恨んだことはない。お前が、おれを魔王城で追放したからこそ、おれはラプソディと出会えたからな。だが──」
レイは、両手剣を抜いた。
「おれの嫁を狙おうというのなら、おれは容赦しないぜ」
ルードリッヒは、勝利を確信した笑みを浮かべる。
「間抜けだな、レイ。俺たちのリーダーは、こうなると分かっていた。お前が自分の手で、俺を倒そうとするだろうと。過去の因縁から、正常な判断はできまいとな。さすがの俺も、魔王の娘が相手では、勝ち目がなかった。だがな、レイ。お前は、俺の敵じゃねぇ。ただの雑魚だ──討伐させてもらうが、悪く思うなよ」
レイは、返答した。
「やれるものなら、やってみろ」
※※※
冒険者ギルド本部は、崩れ去った。
瓦礫を弾き飛ばして、剣聖ローラが悠然と歩いてくる。
サラは、『5年後の自分』であるサラ先輩の、背後にいた。
サラ先輩が鋭い口調で言う。
「我が後輩」
後輩ことサラは答える。
「はい?」
「わたしの傍を離れないでください。〈純白ラ界〉が発動しているので、わたしへの攻撃は、すべてが無効化されます。ですので、あなたがわたしの傍にいれば──」
「わたしもまた、ローラさんの攻撃から守られるわけですね」
ローラは、巨大斬撃を放った大剣を、手放した。
大剣は、ローラの周囲に浮かぶ複数の剣に混ざった。
ローラは別の剣を手に取る。見た目は、変哲のない長剣だ。
「ご紹介しましょう。こちらの長剣は、存在自体が特殊スキルです。わたしは、〈スキル殺し〉と呼称しています。すなわち」
ローラが、〈スキル殺し〉を一閃させる。
刹那、サラ先輩が呻いた。
サラは心配になって聞いた。
「サラ先輩?」
「やられましたよ、我が後輩。〈純白ラ界〉が、消されました。〈スキル殺し〉という長剣、指定したスキルを無効化できるようですね」
「そ、そんな──」
「動じることはないですよ、後輩。〈純白ラ界〉がなくとも、〈聖なる乙女〉は負けません」
ローラは、先ほどの大剣を持ち直す。
「こちらの大剣は、まだ紹介していませんでしたね。その名を、〈竜殺し〉。私の所有する業物の中では、最強の攻撃力を誇ります。では、軽めの必殺技から──〈山斬り〉!」
ローラが必殺技スキルを放った瞬間──大地が割れた。




