69話 討伐対象『魔王の娘』①~崩れ出すと、止まらない。
王都ルクセンの、ある場所で。
〈ヴァンパイア・ロード〉の娘、ルティは無念そうだった。
「何たることじゃ。〈浮遊石〉に続き、〈聖白石〉までも余所に奪われるとは。我らの手にあるのは、〈雷護石〉と〈天蘭石〉だけではないか。必要な魔石は、全部で5種類じゃというのに」
アデリナは微笑みを浮かべた。
「前向きに考えてみましょう。〈浮遊石〉と〈聖白石〉は今、この王都内にあるのよ」
「〈浮遊石〉は冒険者ギルドが保管し、〈聖白石〉も代償魔法で守られているわけじゃがの」
「だけどね、ルティちゃん。難易度は高くとも、事を起こせば、一晩で入手できるようになるのよ」
ルティがハッとし、声を潜める。
部外者に聞かれる心配はないというのに。
「では、ついに計画を始めるのじゃな?」
「ええ。人間の国で燻るのも、いい加減、ウンザリだもの。駒を動かす頃合いでしょう」
「ふむ。それで、まずはどうするのじゃ?」
「そうね。王城にいる『彼』に、使い魔を送ってくれる? リウ国の王様の首を、挿げ替えるときが来たわよ、と。それと、ダッドソンを呼びましょう。ちょうどクエストを終えて、王都ルクセンに帰還したはずだから」
ダッドソンは、歴とした冒険者だ。職業はSSSランクの聖騎士。そして、アデリナの配下でもある。
「ダッドソンを呼んで、どうするつもりなのじゃ?」
「ダッドソン君には、密告者になってもらおうと思うの」
「密告者じゃと?」
「ええ。冒険者ギルドの上層部に、伝えてもらうのよ。ギルド内に、悪い蟲が巣食っていることを。あろうことか、魔王の娘が冒険者をやっていることをね」
得心がいったらしく、ルティが満面の笑みを浮かべる。
「ラプソディのことじゃな。ギルド上層部の間抜けども、魔王の娘にクエストを発注していたと知ったら、どんな顔をするか見ものじゃな。奴ら、すぐさま討伐に乗り出すじゃろう」
アデリナは、うなずいた。
「ええ、そうね。討伐パーティが組まれることでしょう。それも現勢力において、最強のパーティが。もちろん討伐対象は、ラプソディと愉快な仲間たち」
アデリナは考える。
王都内で討伐クエストが始まれば、好都合な混沌が起こる。
冒険者ギルド本部も手薄となるだろう。
〈浮遊石〉奪取の難易度が、格段に下がる。
〈聖白石〉も、一工夫すれば、簡単に手に入るはずだ。
許嫁の仇が苦境に立たされると知り、ルティも満足そうだった。
だが、ふいに怪訝な表情になる。
「待つのじゃ、アデリナ。最後の魔石〈闇翠石〉は、どこにあるのじゃ?」
「あら。教えてなかったかしら。玉座の右の手すりに、はめ込まれているのよ」
「リウ国王の玉座に? それは初耳じゃな」
今度は、アデリナが怪訝な顔をする番だった。
それから、ルティのとんでもない勘違いを正した。
「『玉座』違いよ、ルティちゃん。リウ国王の玉座ではないわ。そもそも、〈闇翠石〉だけは、この王都ルクセンにはないもの」
「では、どこの玉座にあるのじゃ?」
アデリナは答えた。
「パパ。すなわち、魔王の玉座よ」
〈闇翠石〉の奪取こそが、最大の難易度なのだ。
そして、アデリナの一番の楽しみでもある。
※※※
数日後。
冒険者ギルトの上層部は、大騒ぎだった。
密告があったためだ。冒険者の中に、魔族が潜入しているという密告が。
しかも、ただの魔族ではない。魔王の娘だという。
該当の冒険者の名は、ラプソディ。
実は、魔王の娘を見たことのある冒険者はいなかった。そのため、このラプソディという女が『魔王の娘』なのか、特定することは不可能だった。
ただでさえ、姿だけならば、ラプソディという女は人間にしか見えないのだ。
なにをもって、魔王の娘と判断しろというのか。
それもあって、はじめは懐疑的な意見が多勢だった。
なぜ、わざわざ魔王の娘が、冒険者ギルドに潜入せねばならないのだ、あり得ん、と。
しかし、事実だとすれば、一大事ではある。
次第に、この一大事という感覚が強まっていった。
やがて、それは恐怖に変わった。
歴史ある冒険者ギルドに、討伐対象である魔族を、それも魔王の娘を入れてしまっていたとしたら?
それは、冒険者ギルドという組織が崩れかねない事件だ。
早急に対処せねばならない。
ラプソディを討伐してから、『密告の内容は間違いでした』ならば良い。しかし討伐せずにいて、『やはり魔王の娘でした』では困るのだ。
かくして、討伐パーティが組まれることになった。
古代神殿ルマの探索パーティさえも上回る、最強の布陣だ。
冒険者ギルドを統べるギルド・マスターが、側近に指示を出す。
「GODランクの者を招集せよ」
「はっ。何名でしょうか?」
「全員だ」
側近は驚愕した。
公的には、最高のランクはSSSとされている。
だが実際には、さらに上のランクがある。それがGODランクだ。
GODランク冒険者は、3人いる。
彼らの力は、たった1人で、100万の軍勢に匹敵するほどだ。
しかし、GODランク冒険者が、魔王討伐クエストや、古代神殿の探索クエストに参加することはない。
魔族国家ルーファとの取り決めによるものだ。また、その取り決めも含めて、GODランク冒険者の存在は、極秘とされている。
そんなGODランクを、全員、集めろというのだ。
討伐対象が魔王の娘であるのならば、それほどのメンバーを揃える必要がある。
そして、専守防衛であるのならば、GODランクを出すことも取り決め違反にはならない。たとえ、討伐対象が魔王の娘だとしても、だ。
こうして、『魔王の娘』討伐パーティは、GODランクの3人を中心にして、組まれた。
少数精鋭の7名だ。
しかし、決定された討伐パーティ・メンバーを見て、ある幹部が首を捻った。
「Sランク魔導士と、Aランク魔導神官が入っているな。2人とも実力者に違いはない。だが、今回ばかりは力不足ではないか? 討伐対象は、魔王の娘だぞ」
それに対して、別の幹部が答えた。
「知らんのか? 魔王の娘は、レイという冒険者のパーティに属している」
「レイというのは、魔王の娘が夫にしている冒険者のことか。どうせ偽装結婚だろうがな。しかし、その冒険者レイが、どうだというのだ?」
この時点で、すでに討伐対象は、正式に決定されていた。
魔王の娘ラプソディだけではなく、ラプソディが属しているパーティも、討伐対象となったのだ。
すなわち──ラプソディ、レイ、ハニ、クルニア、リガロン、サラ、彼らが討伐対象だ。
このうち何人かは、人間に扮した魔族だろう、という見立てだった。
「冒険者レイは、魔王討伐パーティに参加したことがある」
「ならば、そのとき魔王城で、ラプソディと接触したのかもしれんな」
「とにかく、魔王討伐パーティのメンバーだったのが、この2人なのだ。今回、『魔王の娘』討伐パーティに加えられた、この2人。Sランク魔導士のルードリッヒ。そして、Aランク魔導神官のルーシー」
「なるほど。討伐対象であるレイのことを、2人は知っているというわけか。だが仲間意識から、レイ側につく危険性は?」
「心配はあるまい。冒険者にとって重要なのは、クエストなのだからな」
※※※
冒険者ギルド本部には、複数の受付係がいる。
ローラも、その一人だ。
ローラが担当する冒険者の中には、レイやラプソディもいる。
その夜、ローラは帰路を急いでいた。飼育している猫が病気なのだ。早く帰って看病してあげたい。
そのため、普段は避けて通る地区を、近道のために横切ることにした。
王都の中でも、あまり治安の良くない地区を。
ある路地を曲がったときだ。女性が襲われている現場にぶつかった。
3人の悪漢が、若い女性を押さえつけている。
ローラはハッとして、助けを求めるため、声を上げようとした。
しかし、悪漢のほうが早かった。悪漢の一人が、ローラの顔を殴りつけたのだ。
ローラは仰向けに倒れた。口の中で、血の味がした。
ふと右手が、落ちていた檜の棒を掴んだ。条件反射のようなものだ。
ローラは立ち上がり、檜の棒を悪漢たちへと向ける。
「その女性を解放してください」
すると悪漢たちは哄笑した。悪漢のうち一人が言う。
「おい、嬢ちゃん。そんな棒切れで、どうするつもりだ?」
別の悪漢が、舌なめずりする。
「丁度いい。この女も連れていこうぜ」
ローラは改めて、助けを呼ぶため、声を張り上げた。
「誰か! 誰か、助けてください!」
「無駄だ。ここらの奴は、見て見ぬフリをするのが得策と知っているからな」
どうやら悪漢の言う通りのようだ。誰も助けには来ない。
ローラは観念した。檜の棒を握っていた手を、下す。
「分かりました。諦めるしかありませんね」
悪漢たちは、ローラの従順な態度に、満足したようだ。
「そうだ。それでいいんだ。安心しろや。すぐに気持ち良くなって、オレたちじゃなきゃ、満足できねぇようになるからよ」
ローラとしては、残念でならない。せっかく積み上げてきたものが、こんなところで崩れるとは。
だが、致し方ない。
我が家では、病気の飼いネコが待っているのだ。
「無力なローラをやめるしかありませんか」
ローラは、檜の棒を振った。
とくに力を入れるわけでもなく、軽く。
刹那、斬撃が飛び、3人の悪漢は切り裂かれた。
そのうち2人は即死だったが、1人はまだ息があった。傷口から激しく出血しながらも、驚愕の表情を浮かべている。
「お、お前は、一体、な、なんなんだ!」
ローラが再度、檜の棒を振る。
斬撃が飛んで、最後の悪漢の首を刎ねた。
「私は、冒険者ギルドの受付係ですが」
襲われていた女性が、悲鳴を上げ、逃げて行った。
女性を見送ってから、ローラは溜息をついた。
「噂にならなければ良いのですがね」
ローラが自宅に帰ると、待っていたのは飼い猫だけではなかった。
冒険者ギルド上層部からの、使者もいたのだ。
使者は、ローラに討伐クエストを届けに来たのだった。
しかし、ローラは納得がいかない。
「私はもう、クエストに参加することはないと考えていましたが?」
使者は答えた。
「非常事態ゆえ、あなたのお力が必要なのです。GODランク剣士──剣聖である、あなたのお力が」
ローラは溜息をついた。
「受付係という仕事、気に入っていたのですがね」




