68話 魔王ブート・キャンプの50日間。
時は遡る。
まだサラが、〈純白の塔〉を目指していたころまでに。
同刻──レイは、魔王の間にいた。
義父である魔王は何やら嬉しそうだ。
「ラプソディから聞いておるぞ、レイ君。わし直々のブート・キャンプで、鍛えたいということだな」
「……お義父さん。魔王のお仕事でお忙しいでしょうし、その件、無かったことにして頂いても。というより、無かったことに致しましょう」
明らかに魔王はガッカリした様子だ。
「……レイ君がそう言うのならば仕方あるまい」
レイは悟った。
娘婿として、ここは空気を読む場面だと。
「ですが、おれも冒険者としてレベルUPしたいと思っていました。お義父さんがよろしければ、是非お願いします。魔王ブート・キャンプを!」
魔王が嬉しそうだ。
「そうか、そうか。是非にと言うのならば、わしも一肌脱ごうではないか」
「……ありがとうございます」
娘婿も大変だな、と思うレイだった。
魔王は、ブート・キャンプについて、次のように説明した。
短期間でレベルUPするには、実戦形式の訓練が一番である、と。また実戦訓練の相手は、魔王が選別するとも。
レイは嫌な予感を覚えつつ、魔王の指示を受け、戦闘ルームへ向かった。
レイが装備するのは、ラプソディが生成魔法〈フォーム〉で作ってくれた、両手剣だ。
(愛妻弁当ならぬ、愛妻剣だなぁ)
などとレイが一人でのろけていると、実戦訓練の相手が現れた。
クマ並みに大きいカニ。ベンゲン伯爵である。
SSSランク戦士さえ屠った実績のある、魔王城防衛の重鎮だ。
レイは思った。
(ラプソディ。君の夫は、殺されそうだ)
ベンゲン伯爵は張り切っていた。
「婿殿! 遠慮はいりませんぞ! 本気でかかって来なさい!」
レイは両手剣を構える。
「……こうなったら、自棄だ。行くぞ、ベンゲン伯爵!」
レイは走り、ベンゲン伯爵に肉薄。流れるように、〈茨道改〉を放つ。
だが、ベンゲン伯爵の甲羅に跳ね返される。
「はっはっ! 婿殿、そんな小技では、私の甲羅は傷一つ付けられませんぞ!」
「おれの中では大技だ!」
「今度は、こちらから参りましょう」
「くっ!」
レイは、ベンゲン伯爵から距離を取った。
一方で、ベンゲン伯爵はその場を動かない。
「婿殿、これも良い経験ですな。遠距離攻撃には、様々なものがある。たとえば、私の必殺技スキル〈チョッキン〉! この必殺技は、標的を視認しているだけで良いのです。標的を視認しているだけで──切断できるのですぞ!」
「な、なに!?」
ベンゲン伯爵は右のハサミを突き出し、開いて、閉じた。
「〈チョッキン〉!」
刹那、レイの身体は腰のところで、真っ二つにされていた。
上半身が、床へと落ちる。
(ラプ──ソディ………)
暗転。
気が付くと、レイは五体満足で立っていた。ハッとして腰を触るが、ちゃんと繋がっているし、傷さえない。
「バカな。ベンゲン伯爵に真っ二つにされたはず」
ベンゲン伯爵が大笑する。
「驚かせてしまったようですな、婿殿。実は、この戦闘ルームは特別仕様でしてな。戦闘ルーム内で起きた致命傷は、『無かったこと』になるのです。魔王軍が誇る大魔導士マラヴィータ殿による、時空魔法〈リードゥー〉が施されておるからですな」
「へえ、それは凄い……あ」
レイは、感心している場合ではない、と思った。
(ということは、おれは殺され放題じゃないか!)
厳密には、殺され切る前に、〈リードゥー〉が発動されているわけだが。
ベンゲン伯爵がハサミをカシャカシャやる。
「では、婿殿! 第2ラウンドと参りましょう! またも、〈チョッキン〉を行きますぞ! 防げますかな!」
「ま、まった!」
しかし、『まった』は通じなかった。
※※※
18日目。
レイは、クルニアと対峙していた。
クルニアは右肩に、戦闘槌を担いでいる。
「レイ。テグスが住める物件が、いまだ見つかっていないのだ。すなわち、私は暇ではない。しかし、魔王様からの頼みとあっては、断れんからな。何日か相手してやろう」
「そりゃあ、どうも。ところで、前から疑問に思っていたことがあるんだが」
「なんだ?」
「魔王とラプソディ、2人から相反する指示が来たら、どっちに従うんだ?」
「決まっている。私は、姫殿下の親衛隊員だ。姫殿下がいらっしゃるから、魔王軍にも属しているのだ」
つまり、ラプソディに従うということらしい。
とはいえラプソディが、魔王と親子喧嘩することはないだろうが。
「では本題に入ろうか、クルニア。悪いが、おれを、これまでのおれと思わないことだ。なんたって、かのベンゲン伯爵に勝利したのだからな!」
クルニアは呆れた様子だ。
「652回も敗北した上での、まぐれでの勝ちだろ」
「勝ちは勝ちだ」
勝利自体は、幸運が味方したのは事実だ。
しかし、ベンゲン伯爵の甲羅を破壊できたのは、それだけレイの攻撃力が高くなったからだ。
〈リードゥー〉の強みは、致命傷を受けた事実だけを、やり直せることにある。すなわち、その直前までの戦いで得た経験値は、ちゃんと引き継がれる。
よって戦えば戦うほど(負ければ負けるほど、ともいえる)、レイは強くなっていた。
「ベンゲン伯爵との激闘の中で、おれの攻撃力は格段にUPしたのだ」
クルニアが戦闘槌を放り捨てた。
「ならば、レイ。一撃だけ、当てさせてやる。最強の攻撃で、ぶつかって来い!」
レイは両手剣を握りなおし、駆けだす。
「後悔するなよ、クルニア! 新たに会得した必殺技スキルを使う!」
その名は、〈翔炎斬〉。
ただの斬撃技ではない。攻撃力を格段にUPする魔炎を発生させ、刃に纏うのだ。
そのため〈翔炎斬〉は、〈茨道改〉の23倍の攻撃力を誇る。
ただ、一発放つだけで、MPを150も消費してしまうのが難点だ。ちなみに、レイのMPは満タンで500。
これでも、随分と増えたのだ。魔王ブート・キャンプを受け始める前は、120だった。
とにかく一度の戦闘で、3回しか使えない大技。
だが、その価値はある。かのベンゲン伯爵を倒したのも、この〈翔炎斬〉なのだから。
「行くぞ、〈翔炎斬〉!」
両手剣の刃を、碧い魔炎が纏う。
無防備なクルニアへと、魔炎の斬撃が放たれる。
当然ながらレイは、〈翔炎斬〉の斬撃を振りぬくつもりだった。そのためには、クルニアの身体を斬らねばならない。
しかし、斬撃は途中で止まってしまった。魔炎を纏った刃が、クルニアの身体にぶつかった瞬間に。
すなわち、〈翔炎斬〉の一撃でさえも、クルニアの防御力を突破できなかった。
「……まさか」
クルニアがニヤッと笑う。
「〈翔炎斬〉か。悪くはなかったぞ、レイ。打撲傷くらいは、出来そうだ。だが、私を斬るには至らなかったな!」
(なんて防御力だ。ベンゲン伯爵だって、防御力は高かった。そんなベンゲン伯爵を倒した、おれの〈翔炎斬〉が──)
クルニアの右手が伸び、レイの首を掴んだ。
そのまま、岩をも粉微塵にする握力を発動。
レイの気管が潰された。
(加減、を、知れ──)
〈リードゥー〉発動。
※※※
45日目。
レイは、魔王と対峙していた。
ちなみにクルニアとは、あのあと1253回戦い、1253回負けた。一度も勝てなかったわけだ。
魔王は満足そうだ。
「レイ君。この短期間で、かなりのレベルUPを果たしたようだな」
「はぁ。実感はありませんが、お義父さんがおっしゃるのなら、そうなのでしょう……」
もちろん、レベルはUPしているのだ。たとえばMPの総量は、ついに700まで増えた。〈翔炎斬〉を上回る必殺技スキルさえも身に付けた。
だが──負けてばかりなので、やはり実感が湧かない。
何はともあれ、魔王ブート・キャンプもついに大詰めた。
最後の実戦訓練の相手は、なんと魔王である。
「さぁレイ君、どこからでもかかって来ると良い!」
レイは呻いた。クルニアに歯が立たなかったのに、魔王相手に善戦できるはずもない。それでも、もうやるしかないのだ。
「うぉぉぉ!」
レイは魔王へと飛びかかった。
MPを使いきるまで、〈翔炎斬〉を連打。だが当然ながら、魔王は無傷。
「筋はよいぞ、レイ君」
魔王が、〈グラビティ〉を発動。
重力魔法〈グラビティ〉において、どこまでの重力を発生できるかは、魔導士のレベルで決まる。魔王は、レイが圧死するのに十分な、途轍もない重力をかけてきた。
もちろん、完全にレイが息絶える前に、〈リードゥー〉が発動されたわけだが。
※※※
かくして、地獄のような魔王ブート・キャンプは終了した。
最後の5日間では、レイは魔王と2356回も戦った。ようは2356回の惨敗である。ほとんど2356回殺されたようなものだ。
(少なくとも、こんなに魔王にボコられた冒険者は、おれが初めてだろうなぁ)
ブート・キャンプの間に、レイのレベルは265から652へ、飛躍的に上がっていた。
しかし、レイには強くなった実感がゼロ。
あまりに格上とばかり戦い続けていたためだ。
レイが、レベルUPを実感できるのは、少し先の話だった。




