63話 サラさん、武者修行の旅に出る②~『災厄』との遭遇。
黒竜が〈純白の塔〉を襲っている。
なぜ、こんな事態が起きているのか。
馬から降りたサラは、丘の頂上に立ったまま、呆然とした。
(〈純白の塔〉にいた方々は、脱出できたのでしょうか?)
〈純白の塔〉は、その名の通り塔だ。リウ国が独立するよりずっと前から、この地にあるという。
〈純白の塔〉は100階層まである。そこでは何百人ものヒーラーたちが生活し、日々、回復魔法の研究に努めているのだ。
しかし、100階層の威容は、いまや過去のものとなってしまっていた。
現在、〈純白の塔〉で無事なのは、30階層くらいまで。そこから上の階層は、すでに黒龍によって破壊されてしまっている。
〈純白の塔〉を再建築するには、長い時間を要するだろう。
「ハニさん。わたし達は、どうすれば──」
サラは、ハニに視線を向け、ふいに言葉を失った。
ハニは、〈純白の塔〉とは別の方向を見ている。顔面が蒼白だ。
「ハニさん? 一体、なにを?」
ハニの視線を追うと、50メートルほど先だ。岩根があり、そこの天辺に女性が立っている。銀色の髪をした、美しい人だ。
サラは一瞬、ラプソディかと思った。
しかし、すぐに違うと気づく。ただ、ラプソディと雰囲気が似ているのだ。
「ハニさん、あの女性をご存じなのですか?」
ハニが震える声で言う。
「……アデリナ。ラプソディの姉だよ」
「え?」
刹那、アデリナという女性が、目の前に立っていた。ラプソディがよく使う、ワープ魔法のようだ。
瞬間、ハニが攻撃体勢を取る。
「サラ! ボクの後ろに隠れて! 早く!」
サラは指示通りに、ハニの後ろへと移動した。
ハニの反応からして、アデリナは敵のようだ。
アデリナはクスッと笑う。
「安心しなさい、ハニ。あなたを殺すつもりはないから。殺す気だったら、もうとっくに殺しているわよ」
サラは愕然とした。
まるでアデリナは、ハニを殺すことなど造作もない、と言わんばかりだ。
サラは、悔しくなって言った。
「ハ、ハニさんは、あなたなんかに負けません!」
アデリナは少し驚いた様子だった。
「あら、あら。ハニ、そこの人間と、仲がいいみたいね」
ハニは先手必勝とばかりに、〈ハウンド・フレイム〉を発動。
地面から複数の火柱が噴き出、アデリナを襲う。火柱一つのサイズは、大樹ほどだ。
しかしアデリナが片手を払うだけで、火柱は霧散してしまった。
「戦うつもりはないと言ったでしょ。わたしはただ、可愛いペットの奮闘を見守りに来ただけなのよ」
サラはハッとした。
「ペットというのは、まさか──」
「そうよ、人間のヒーラーちゃん。〈純白の塔〉を破壊している黒龍が、わたしの自慢のペット。名前は、ムシャムシャ。咀嚼音から取ったのだけど、少し安直すぎかしらね?」
「そんな……信じられません。最強のドラゴンである黒龍を、飼いならすなんて。SSSランクの竜騎士や魔獣使いでも、不可能なことです。前例がありません」
「SSSランクの上なら、どう? GODランクならば、可能でしょう。けど、ヒーラーちゃんレベルの冒険者では、GODランクの存在など知らされてはいないわね」
確かに、サラはGODランクなど聞いたことがない。
アデリナが真実を話しているのだとしたら、冒険者ギルドは、冒険者たちに隠しごとをしていることになる。
だが、今はそれどころではない。
「お願いします。黒龍を操れるのでしたら、止めてください。〈純白の塔〉には、沢山の住民が暮らしているのですよ」
「〈純白の塔〉に引きこもっていた、ヒーラー達のこと? ほとんどが塔の地下シェルターに逃げ込んだようね」
サラは、ひとまず安堵した。多くのヒーラーは、避難に成功したようだ。
だが、アデリナの次の発言が、サラを絶望させた。
「だから、ムシャムシャが頑張っているのよ。地下シェルターを破壊して、ヒーラー達を皆殺しにするために」
「ど、どうして、そんなことを!」
アデリナは微笑んだ。
「欲しいものがあるからよ。あたしの計画にとって、無くてはならないものなの。それを〈聖なる乙女〉が持っているわけ。もちろん〈聖なる乙女〉も、地下シェルターにいるわ」
ヒーラーの最高位である、〈聖なる乙女〉。現在は、63代目の〈聖なる乙女〉が、〈純白の塔〉を統べている。
「では〈聖なる乙女〉様は、ご無事なのですね!」
「今はね。それじゃ、わたしはお昼を食べに行くわね。戻ってきたころには、ムシャムシャも仕事を終えているでしょう」
アデリナは屈託なく微笑んで、付け足した。
「ちなみに、ムシャムシャはLv912よ。黒龍の中でも、強い個体だわ。戦うのだったら、死ぬ気でやるのね」
それだけ言うと、アデリナは〈ワープ〉で消えてしまった。
ハニが吐き捨てるように言う。
「アデリナ。魔族を裏切り、ラプソディ様の心を傷つけた、最低な奴」
「ハニさん! 黒龍を倒し、〈聖なる乙女〉様や〈純白の塔〉の住民を助けましょう!」
ハニは、サラを見つめた。
「……あのさ。ボク、Lv721なんだよね。黒龍ムシャムシャに勝てる気がしない」
サラはハッとした。
「す、すいません……わたし、無理を言ってしまいました。ハニさんは、〈純白の塔〉とは関係がないのに。あの、心配しないでください。わたしは非力ですが、それでも一人で何とかやってみますから」
ハニは溜息をつき、「ボクは、なんでサラに弱いのかなぁ」と呟く。
「はい?」
「分かったよ、サラ。ボクも戦うよ。アデリナの思い通りにさせるのも、癪だしね。よし、やってやろう! レベルの差も、実戦ではひっくり返ることがあるのだからね!」
「は、はい!」
サラとハニは、丘を駆け下りた。
〈純白の塔〉から50メートルの地点まで、接近する。
そこに茂みがあったので、身を潜めた。
さらにハニが、隠蔽魔法〈カバー〉を発動した。
「黒龍は、嗅覚とかも優れているからね。〈カバー〉で、ボクたちを感知させないようにしたよ」
〈カバー〉は、気配や匂いなどを隠す魔法なのだ。ただし〈インビジブル〉のように、不可視になることはない。
「この〈カバー〉に、〈インビジブル〉を合体させると、最強なんだけどね。うん、ボクは決めたよ。無事に帰ったら、〈インビジブル〉を覚えると」
「ハニさん。これから、どうしましょう?」
「ボクが黒龍の注意を引くよ。その隙に、キミは地下シェルターにいる連中を助け、遠くへ逃げるんだ」
「そんな。ハニさんだけ、危険な目にはあわせられません。一緒に、戦います。黒龍を倒してから、〈聖なる乙女〉様たちを助け出しましょう」
ハニは辛辣な口調で言う。
「キミ、戦えないじゃないか。足手まといだ」
サラは決意の眼差しで、ハニを見返した。
「はい、わたしが戦力にならないことは、承知しています。ですが、もう嫌なのです。自分だけ戦わないのは。ですから、お願いします、ハニさん。一緒に、戦わせてください」
ハニは溜息をついた。
「負けたよ。キミには、負けてばかりだ」
サラはキョトンとした。
「わたし、ハニさんに勝ったことありませんよ」
「勝っているんだよ。それで、キミの手持ちでは、〈エンジェル・ヒーリング〉が最高の回復魔法だよね。この〈エンジェル・ヒーリング〉を、かけられる距離は?」
「視認さえできれば、50メートル先の人までは回復できます」
「こうしよう。キミは、〈カバー〉の状態で、ここに潜んでいるんだ。ボクが、黒龍と戦う」
「ですが、わたしだけ隠れているというのは──」
「まぁ、落ち着いて。ヒーラーは後方支援が本分でしょうが。黒龍は強敵だよ。無傷で勝てるはずがない。ボクが負傷するたび、キミは〈エンジェル・ヒーリング〉を使って、ボクを回復するんだ。それが、ヒーラーとしてのキミの役目だよ」
サラはうなずいた。ヒーラーとしての役割を再認識したのだ。
「了解しました。ハニさん、ご武運を」
「うん、お互いにね」
ハニは茂みから飛び出、〈純白の塔〉まで駆けていく。
サラは、魔杖を握りなおした。
ベル墓地でのクエストのとき、サラは〈エンジェル・ヒーリング〉の詠唱時間に、5分を要した。
今はレベルも上がり、20秒で済む。
さっそく、1回目の〈エンジェル・ヒーリング〉を詠唱しておいた。これで、あとは発動するだけだ。
残念なのは、1回目を発動しなければ、2回目以降の詠唱をできないことだ。
サラは、ハニを見守る。
「ハニさん……」
※※※
ハニは、〈純白の塔〉に辿り着いた。
黒龍ムシャムシャは、〈純白の塔〉への襲撃を中止し、ハニを見下ろしてくる。そこに警戒している様子はない。『この虫けらをどう料理してやろうか』と、考えているようだ。
ハニは、腹が立った。
ここのところ、ハニは不満足だ。
闘技大会では、雑魚としか戦えなかった。かのバジリスクも、幼体だったため、ハニの敵ではなかったのだ。
一方で、〈梟の庭〉との戦いでは、敗北が続いた。
〈地獄梟〉には右足を消滅させられ、〈無限梟〉にも別次元に閉じ込められた。
ハニは、勝利に飢えていた。
強敵と戦っての、勝利に。
ハニは、黒龍を指さす。
「ボクが、お前を狩ってやる!」




