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60話 vsラプソディ



 これまで、クルニアが敗北したことが、2度ある。


 1度目は、魔王軍にまだ属す前のことだ。


 そのころクルニアは、武者修行として、各国を巡っては強者と戦っていた。すべてに勝利し、命を頂いた。そういうものだからだ。強者は弱者から奪う。


 だから、ラプソディに敗れたとき、2つの意味で驚いた。


 1つは、ラプソディの強さだ。

 当時、ラプソディはまだ幼かったが、クルニアを圧倒した。


 もう1つの驚きは、ラプソディがクルニアの命を奪わなかったことだ。

 かわりにラプソディは、クルニアに言った。


「あなたのこと、気にいったわ。あたしのもとに来ない?」


 それ以来、クルニアはラプソディの親衛隊の一人だ。


 クルニアが人生で2度目の敗北を喫したのは、2年前のこと。

 魔王の殺害未遂で逃亡したアデリナを、捕えようとしたときだ。


 アデリナの戦闘力は、妹のラプソディに匹敵していた。

 つまりクルニアは、魔王家の姉妹それぞれに負けたことになる。では姉妹のどちらが強いのかは、また別の話だが。

 

 そして現在──クルニアは、ラプソディと対峙していた。


 姫殿下と慕うようになったラプソディと、また戦うことになろうとは。

 しかし、クルニアに迷いはなかった。


(姫殿下をお止めするのが、私の役目だ。いまこそ、約束を果たすときだ)


 クルニアは、隣を見やった。リリアスが緊張の面持ちで立っている。

 リリアスは、親衛隊の最初のメンバーだ。クルニアが親衛隊員になったとき、すでにいたのがリリアス。クルニアの唯一の先輩といえる。


 その頃から、リリアスは引きこもりだったが。

 ちなみに魔王城の屋根裏部屋が、リリアスの住まいだ。


 クルニアは、リリアスに言った。


「〈タイム〉発動の準備はできているな?」


 リリアスがうなずく。


「ん」


(姫殿下のためにも、速攻で決める)


「今だ、やれ」


 リリアスは拳を突き上げた。


「〈タイム〉!」


 リリアスの頭上に、幻影の時計盤が生まれる。

 それの秒針が止まった瞬間、時の流れも停止した。


 時間が停止した世界で、動けるのはリリアスと、リリアスが時の流れから除外した者だけだ。

 クルニアは除外されているため、時間停止の影響を受けない。


 リリアスが報告する。


「MP残存量5200、5100、5000」


〈タイム〉は、リリアスの血統魔法だ。時間を停止するという、反則級の魔法。

 唯一の弱点は、強力すぎるため、MPの消費量が激しいこと。

 リリアスのMPが尽きれば、時も動き出す。


 クルニアは、ラプソディの前まで移動した。

 時間が停止しているため、ラプソディも、彫刻のように固まっている。この状態で与えたダメージは、蓄積される。

 蓄積されたダメージは時間が動き出したとき、一気に解放され、ラプソディを襲うことになる。


「姫殿下、申し訳ありません」


 クルニアは必殺技コンボを発動した。

〈五月雨〉に始まり、〈魔劣斬〉、〈閃打牙〉、〈破城槌〉と続き、〈崇爆斬〉で決めるコンボだ。


 どれも物理攻撃タイプの必殺技スキルだ。消滅系の〈天落〉だけは、ラプソディの命を奪いかねないので、使用しなかった。


 クルニアがコンボを終えたとき、リリアスのMP残存量は2300だった。


「いいぞ、リリアス。〈タイム〉を解除しろ。だが、いつでも再発動できるようにしておけ」


「ん。〈タイム〉解除」


 刹那、コンボのダメージが、一気にラプソディへと襲いかかる。

 ラプソディの全身から、血が噴き出た。

 ダメージに耐えきれず、ラプソディは片膝を突く。


 クルニアは問いかける。


「……姫殿下?」


 ラプソディが正気を取り戻していれば、答えてくれるはずだ、が。


 瞬間、ラプソディが襲いかかってくる。まだ正気は取り戻されていない。


「ぐっ!」


 ラプソディの拳を、クルニアは戦闘槌で受ける。

 するとラプソディ自身の背後に、ブラック・ホールが出現した。


(なぜ、自らの背後に作ったのだ?)


 ラプソディは〈ワープ〉で、クルニアの背後に移動した。


(なるほど。そういうことか──)


 ラプソディは、クルニアの不意を打って、ブラック・ホールへと叩き込むつもりのようだ。正気がなくとも、低レベルの戦略ならば練ることができるのか。


 だが、クルニアも『化け物』クラスの魔族だ。


「〈魔劣斬〉!」


〈魔劣斬〉発動の戦闘槌が、ブラック・ホールを叩き潰した。


〈魔劣斬〉の売りは、攻撃力の高さだけではない。たとえ強力な魔法でも、一撃で消滅させる効果があるのだ。


 クルニアは反転し、ラプソディと向き合った。

 しかし、ラプソディのほうが速い。


 ラプソディは、32個の球体を、同時に発射。


 一瞬で、クルニアは事態を見極めた。

 32個のうち、〈ファイヤ・ブラスト〉が12個、〈ライトニング・ブラスト〉が18個。この計30個は、無視していい。

 クルニアの防御力をもってすれば、直撃を受けても、ヒリヒリする程度だ。


 問題は、残りの2個──〈ミスティック・ボール〉にある。

〈ミスティック・ボール〉を食らえば、100の状態異変が起きてしまう。


(これは避けねば──)


 クルニアは戦闘槌を振るい、〈魔劣斬〉を連打して、〈ミスティック・ボール〉を排除した。


 だが、これさえもラプソディが放った囮だったのだ。

 ラプソディの真の狙いは、クルニアの戦闘槌を、〈ミスティック・ボール〉の対処に使わせることにあった。


 ラプソディの手刀を、防御することが出来ないように。


「ぐあっ!」


 クルニアは紙一重で、ラプソディの手刀を避けた。


 そのはずだった。

 しかし、手刀の指先からは、銀糸が伸びていたのだ。

〈インフィニティ〉──全ての物体を切断する銀糸が。


 この〈インフィニティ〉が、クルニアの脇腹を抉った。肉が裂け、血が噴き出る。

 それでも直撃は回避できたので、真っ二つだけは避けられた。


 これら、一連の戦闘。

 すなわち、ラプソディが〈ブラック・ホール〉を発動してから、〈インフィニティ〉がクルニアの脇腹を抉るまで。

 すべてが、わずか2秒内の出来事だった。


 ようやく、リリアスが〈タイム〉を再発動する。


 クルニアは息を吐いた。脇腹からの出血は激しいが、止血は後だ。

 時間が停止している間に、仕事を終えなければ。


 時間停止により、ラプソディは固まっている。そんなラプソディに対して、クルニアは再度、必殺技コンボを発動した。


 そしてコンボ終了と、リリアスのMP切れは、同時だった。

〈タイム〉が解除され、時の流れが戻る。


 必殺技コンボの蓄積ダメージが、ラプソディを襲う。

 しかし、それでもラプソディは戦闘不能には陥らなかった。


〈インフィニティ〉が一閃し、クルニアの右腕を切り落とす。

 クルニアは左腕だけで戦闘槌を振るう。


「〈崇爆斬〉!」


 ラプソディの右拳が、〈崇爆斬〉とぶつかり合う。

 負けたのは〈崇爆斬〉だった。戦闘槌が粉々に砕ける。


 クルニアは、ラプソディを組み伏せようとした。

 だが、ラプソディの〈インフィニティ〉が、クルニアの胸部を抉るほうが速かった。


 クルニアは片膝をつく。


「やはり……我々の力では勝てないのか」


 そのときだ。ラプソディを、巨大な火炎の柱が飲み込む。

 ハニの〈ゴッド・フレイム〉だ。


 通常のラプソディならば、〈ゴッド・フレイム〉でもダメージは軽微。

 しかし、いまはクルニアの必殺技コンボを2度も受け、弱っている。そこに〈ゴッド・フレイム〉が加わったのだ。

 さすがのラプソディも、苦鳴を漏らす。


 ハニが、ラプソディの前に立つ。


「クルニアさん! ここからはボクが、うがぁぁぁ!」


 ハニが、その場に倒れ伏した。〈ゴッド・フレイム〉の火柱が消える。


 クルニアは、何が起きたのか理解した。

 ラプソディの〈グラビティ〉だ。

 凄まじい重力が、ハニに襲いかかっているのだ。これでは、ハニは身動きもできない。


 ラプソディが、ハニにとどめを刺そうとする。

 その前に、レイが滑り込んで来て、ラプソディへと片手を突き付ける。


「とまれ、ラプソディ! お前の夫として、言っているんだ!」


 ラプソディが軽くビンタすると、レイは吹っ飛んで行った。


 クルニアは苦笑した。


「姫殿下。あなたは、私が見込んだ通りのお方だ。その強さは、魔神の如きだ。ですが今回は、我々の勝利のようです」


 レイが、ラプソディの注意を引いてくれた。最後の最後で、これが大きかった。ビンタで無様に吹き飛ばされたことにも、意味はあったわけだ。


(夫としての役目は果たしたようだぞ、レイ)


 ラプソディも気づいたらしく、頭上を見上げる。

 だが、もう遅い。


 ラプソディの頭上には、テグスがいた。静かに飛翔し、ラプソディの頭上まで忍び寄ったのだ。

 クルニアが命じる。


「やれ、テグス!」


 テグスが、〈竜の息吹〉を放つ。ドラゴン族が放つ、最強の火炎攻撃を。

 クルニアは、〈グラビティ〉をものともせず、ハニを抱き上げる。それから、〈竜の息吹〉の攻撃範囲の外へ、跳躍。


〈竜の息吹〉が終わったとき、ラプソディは倒れていた。

 意識を失っている。戦闘不能だ。


 クルニアも力尽きて、その場に座り込んだ。


「……なんとか、やり遂げたようだ」



※※※



 同時刻。

 シーゲル邸を訪れた者がいた。


 ラプソディの姉である、アデリナだ。




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