61話 アデリナが、ゲームを始める。
シーゲル邸の玄関ホールには、3体の死体が転がっていた。
〈無限梟〉、〈砂漠梟〉、そして〈地獄梟〉である。
そして、一人の女が、この玄関ホールを歩いている。
アデリナだ。
ラプソディの姉であり、魔王より追放された長女。
アデリナが魔王を殺そうとしたとき、邪魔に入ったのがラプソディだった。可愛い妹が、アデリナの道を阻んだのだ。
アデリナは、〈地獄梟〉の死体を見下ろす。
魔族と人間のハイブリッドであり、【螺界】から逃走した失敗作。
その死体を見下ろしてから、アデリナは溜息をついた。
「〈地獄梟〉くん。せっかく、スカウトに来たのに。先に殺されちゃうなんて。想定より、雑魚だったのね」
シーゲル邸に、2人の衛兵が駆け込んで来た。市民からの通報を受けたのだろう。
衛兵たちは玄関ホールの惨状を見るなり、長剣を抜いた。
「貴様、何者だ? この死体の説明をしろ」
アデリナは、衛兵に声をかけた。
「気をつけて、衛兵さん。血が美味しそうよ」
「なんの話を、ぐぁぁぁ!」
衛兵の1人が、一瞬で干からび、絶命した。全身の血を吸われたためだ。
隣にいたもう1人の衛兵が、悲鳴を上げる。
「ひっ! 貴様、いったい何を!」
だが、この衛兵も、すぐに死んだ。吸血されることによって。
衛兵の死体を乗り越えて、1人の吸血鬼が歩いてくる。
その吸血鬼は、幼い少女の姿をしていた。
だが、これでも〈ヴァンパイア・ロード〉の一人娘だ。すなわち、ヴァンパイア王女にして、次期〈ヴァンパイア・ロード〉。
ルティである。
アデリナは、〈地獄梟〉の首なし死体を指さして、ルティに尋ねた。
「ねぇ、ルティちゃん。トルテ君は、この死体をゾンビにしたがるかしら?」
ルティは、軽蔑の声で言った。
「ふん。ゾンビ・マスターの考えなど、わらわが知るものか」
「こら、ルティちゃん。トルテ君を、ゾンビ・マスターというのは差別発言よ。あれほど知性が進化したのだから、もう人間と同じじゃないの」
ルティは、アデリナの注意を無視した。というより、ルティにとっては、人間も劣等種族に過ぎないのだ。
「おい、アデリナ。いつになったら、わらわは許嫁の仇が取れるのじゃ?」
許嫁の仇とは、ラプソディのことだ。もともとラプソディを殺すため、ルティはリウ国までやって来た。
しかし、ルティの計画は大幅な修正を余儀なくされていた。
アデリナは溜息をついた。
「また、その話なの?」
「今こそが、チャンスであろう? わらわの使い魔によると、ラプソディは戦闘不能の状態ということじゃ。アデリナ。わらわに、ラプソディの血を飲ませるのじゃ。よかろう?」
ルティは横柄な口調ではある。だが、アデリナに許可を求めているところに、両者の上下関係が如実に現れていた。
アデリナは、辛抱強い性格ではない。その反対だ。
今回も、ルティを説き伏せるのが、面倒になった。そこで指を鳴らす。
「〈ヘル・ワールド〉」
刹那、ルティの全身の血液が、沸騰し出した。
「うぎゃぁぁああぁぁぁ!」
絶叫するルティ。
アデリナは、改めて〈地獄梟〉の死体を見てから、結論した。
ゾンビ・マスターのトルテは、こんな不気味な男の死体など、欲しがらないだろう。先日、竜人オルの死体を入手したばかりなのだから。
あれは良いゾンビになる素体だ。
アデリナは、〈地獄梟〉の右腕をつかみ、引きちぎった。
「けれど、この右手はお土産にしましょう。特殊スキル〈虚無手〉。たとえ本体の〈地獄梟〉が死んでも、消滅の力は残っているはずよ。ね、ルティちゃん?」
ルティは倒れており、四肢を痙攣させていた。全身の血液を沸騰させられたため、瀕死の状態だ。
通常ならば、吸血鬼の特殊スキル〈リザレクション〉が発動し、全回復するはず。
しかし、ルティの特殊スキル発動は、アデリナの特殊スキルによって、妨げられていた。
アデリナが、常に発動している特殊スキル、〈パーフェクト・キャンセル〉によって。
〈パーフェクト・キャンセル〉。
アデリナの周囲では、全ての魔法・必殺技スキル・特殊スキルは無効化される。
ただし、アデリナ本人が使用する場合は、無効化はされない。
アデリナは、死にかけのルティを少し眺めてから、〈リザレクション〉を発動してあげた。
全回復したルティが、安堵の吐息をつく。
「アデリナ……お主、わらわを何だと思っておるのじゃ。次期〈ヴァンパイア・ロード〉なのじゃぞ」
「ルティちゃんに、堪え性がないからでしょう? わたし達には、大いなる計画がある。ようやく盤上に駒を並べ終えたところなのに、ここでラプソディが死んでしまっては、どうなるの?」
ルティが不貞腐れた様子で言う。
「……計画に支障が生じてしまうのじゃ」
アデリナは腰を屈めて、ルティと同じ目線になった。
アデリナに目を覗き込まれ、ルティは寒気を覚える。
アデリナの声音は、あくまで優しい。
「その通り。では、我慢できるわね。いま仇を討つことは。それに、ルティちゃんなら好きなときに、ラプソディを殺せる。そうでしょう?」
ルティは、視線をそらした。
「う、うむ。そうじゃな」
実際のところ、ルティではラプソディには敵わない。
ルティの強さは、クルニアと同程度。それでも充分に、『化け物』クラスだ。だが、ラプソディには届かない。
ルティ自身も、それは自覚していた。
アデリナは、〈砂漠梟〉の死体から、オリハルコン製の刀を拾い上げた。惚れ惚れする名刀だ。鞘に刀身を収めてから、ルティに放る。
ルティは刀をキャッチして、首を捻った。
「なんじゃ?」
「わたしからの贈り物よ」
「うむ……有難く頂戴するのじゃ」
ふいにアデリナの脳内で声がした。
思念伝達〈テレパス〉を使っての、エトセラからの報告だ。
『アデちゃん、アデちゃん。こちらはエトセラだよ~』
アデリナは、エトセラを〈梟の庭〉の本部に向かわせていた。
魔石の一つ〈雷護石〉を奪取させるために。
アデリナも〈テレパス〉で答える。
5キロも離れたところにいる人物と会話できるのだから、〈テレパス〉は便利だ。
『どう、エトセラちゃん? 〈雷護石〉は見つかった?』
『聞いて、アデちゃん。フクロウさんの本部に行って、〈雷護石〉をください、とお願いしたんだよ。そうしたら、そこにいる人たち怒っちゃって』
『怒るなんて、カルシウムが足りてないわね。それで、エトセラちゃんはどうしたの?』
『全員、食べちゃった。それからね、ちゃーんと〈雷護石〉を見つけたよ』
『よくできました。けど、あまり変なのを食べちゃダメよ。お腹を壊しちゃうから』
エトセラに〈雷護石〉を運ぶ場所を指示してから、アデリナは〈テレパス〉を切った。
ルティが尋ねる。
「エトセラからじゃな?」
「ええ。〈梟の庭〉が保管していた〈雷護石〉を、入手したそうよ。〈四人衆〉をラプソディが片付けてくれたから、ラクできたわね。これで、あと必要な魔石は、〈聖白石〉と〈浮遊石〉」
ルティが苦い顔で言う。
「〈浮遊石〉は、冒険者ギルドが保管しているのじゃ」
「ええ」
〈浮遊石〉が城郭都市ベルグにあったときは、奪取の難易度は低かった。だが、いまや冒険者ギルドの懐の中だ。
〈浮遊石〉を奪おうとすれば、GODランク冒険者が出て来る可能性がある。
専守防衛ならば、魔族国家ルーファとの条約違反にならないからだ。
GODランクは魔王討伐には参加しない、という条約には。
GODランクとの戦争は、アデリナとしても避けたいところ。
そこでラプソディという駒が、役に立って来る。
アデリナは一考する。
(とはいえ、可愛い妹の出番は、まだ少し先になりそうね。まずは、〈聖白石〉を頂きましょうか。場所は、〈純白の塔〉)
「もう、ここに用はないわね。ルティちゃん、行きましょう」
アデリナは、ルティと共に、〈ワープ〉で消えた。
シーゲル邸には、死体だけが残った。
※※※
サラは、リガロンと共に、レイの自宅で待機していた。
自分たちが駆け付けても、足手まといにしかならないと判断してのことだ。
(……皆さん、ご無事だといいのですが……)
レイ達が戻って来たのは、それから30分後のことだった。
ポルトという、冒険者のヒーラーも一緒だった。ローラが紹介してくれたSSSランクのヒーラーらしい。
ラプソディ達を治療してもらうため、レイが連れて来たようだ。
ラプソディは全身に致命傷を負っていた。
サラは、そんなラプソディの姿を見て、胸が痛んだ。
気絶したままのラプソディは、ソファに寝かされた。
ポルトがさっそく、〈ゴッド・ヒーリング〉を発動する。
ラプソディの致命傷が、みるみるうちに回復していく。
ポルトの回復魔法に、サラは同じヒーラーとして、深く感動した。
(あれほどの深手を、数秒で回復させてしまえるなんて)
その後、ポルトはハニとクルニアにも、〈ゴッド・ヒーリング〉を発動した。
ハニの右足は、〈地獄梟〉によって消滅させられていた。その後は義足を使っていたが、ようやく右足が戻って来た。
〈ゴッド・ヒーリング〉は、四肢の欠損さえも回復できるのだ。
クルニアは、ラプソディとの戦闘で受けた傷を治してもらった。
とくに切断された右腕を。
ちなみに、リリアスは負傷こそしなかったが、MPを使い果たしてしまった。全容量が回復するには、3日かかるという。
仕事を終えたポルトは、レイから報酬を受け取った。
帰りぎわ、ポルトは言った。
「ラプソディさんは、数日は目覚めないでしょう。ラプソディさんは複数の致命傷を受けていました。通常の人間なら、4度は死んでいるほどです。とにかく、それらの致命傷は癒しましたが、体力の消耗は激しいでしょうから」
ポルトを見送ってから、レイは不安そうに呟いた。
「ポルトに、ラプソディが魔族であることを、気取られてなければいいんだが」
サラは、ハッとした。
本来なら、部外者のヒーラーに回復魔法を頼む必要はないのだ。サラというヒーラーが、パーティ・メンバーにいるのだから。
しかし、サラは〈ゴッド・ヒーリング〉を使えない。
そのためレイは、ラプソディたちの正体が気取られるリスクを冒してでも、外部のヒーラーを頼るしかなかった。
サラは改めて、自分の非力さを感じた。
ラプソディが実際に目覚めたのは、ポルトが去ってから、わずか4分後だった。まるで、昼寝から目覚めるようにして。
ラプソディは伸びをしながら、あくびした。
それから、レイたちを見回す。
「あら。みんな、どうしたの?」
レイが、ラプソディを抱きしめた。
「ラプソディ! 良かった! 心配したんだぞ!」
ラプソディは、レイの背中を撫でる。
「あたし、〈セーフティ〉を解除したようね」
「正気を失っている間の記憶はないと聞いたが、〈セーフティ〉解除のことも忘れてしまったのか」
「ええ、だから困るのよ。なぜ〈セーフティ〉を解除したのか、まるきり覚えていないのだから」
〈セーフティ〉解除の理由は、ハニが説明した。〈梟の庭〉四人衆との戦闘で追いつめられたのが原因、と。
「そんなことがあったの。大変だったわね」
他人事のように言う、ラプソディである。
「みんなには、迷惑をかけたわね。けれど、正気を失っていても、レイだけは殺そうとしなかったでしょ?」
レイはうなずいた。
「ああ、そうだな」
ラプソディは嬉しそうに、レイにキスした。
「正気を失っても、レイのことは傷つけまいとしたのよ。これが、愛の力よ」
「だがな、ラプソディ。おれは、君にビンタはされ──」
「細かいことは気にしないの」
「……はい」
サラは、ラプソディの無事を喜びつつも、ある決意を固めていたのだ。
ヒーラーの聖地、〈純白の塔〉へ向かうことを。




