55話 〈梟の庭〉壊滅戦⑨~無限の迷宮。
ハニの右足を回復するため、SSランク魔導士のシーゲルのもとを訪れた。
──はずだったが、ラプソディは、その男はシーゲルではない、と断言した。
シーゲルの名を騙った、初老の男が笑う。
「よくぞ見破ったな、魔王の娘。儂のステータスは偽装していたはずだが」
「並みのスキャン魔法では、偽装を暴けなかったでしょうね。けれど、あたしは、並みではないのよ」
レイは理解した。
この男は、自身のステータスを偽装していた。SSランクのヒーラー仕様に。
ラプソディのスキャン魔法は、そんな偽装を上回ったのだ。
すなわち、この男も〈梟の庭〉の刺客だ。
だが、謎は残る。
なぜ、シーゲルのもとを訪れることが、〈梟の庭〉に知られていたのか?
〈梟の庭〉の男が言う。
「儂は、〈梟の庭〉四人衆が一人〈無限梟〉だ」
ラプソディは可笑しそうに言う。
「〈地獄梟〉とかいう奴の、お仲間ね。どうやら、騙し討ちするしか能がない連中のようね、〈梟の庭〉というのは」
レイは、ソファにいたハニを抱き上げてから、ラプソディの後ろへと移動した。
「ラプソディ、気をつけろよ。四人衆というのだから、〈地獄梟〉と同等の力はあるだろう」
「どうかしらね。〈地獄梟〉のほうが、面白い敵なのではないかしら」
〈無限梟〉が両手をかざす。
「儂が〈地獄梟〉に劣るというのか? ならば、試してもらおうか! 〈寿限無〉!」
呪文詠唱を省略し、〈無限梟〉が魔法を発動。両手から、禍々しい光が放たれ、レイ達を包み込む。
刹那、レイは別の場所にいた。
〈無限梟〉の光が放たれるまで、レイがいたのは玄関ホールだ。
しかし、いま周囲に広がるのは、まったく異なる光景。
レイが今いるのは、幅の広い通路だ。ただし、天井はない。
かわりに壁が高い。高い、というよりは、空の彼方まで伸びている。
この空からして、様子がおかしい。明かりはあるのだが、黄土色で、通常の空には見えない。
(まるで、別世界だな)
「変なところだな、ラプソディ。ラプソディ?」
ラプソディの姿がない。
ついでに、〈無限梟〉もいない。
「ボクたち、別次元に飛ばされたようだよ」
抱きかかえていたハニだけは、そのままの状態だ。
どうやら、身体を接触させていたので、一緒に別次元に飛ばされたらしい。
「ハニ、別次元というのは、どういうことだ?」
「うーん。ひと口に別次元といっても、色々なタイプがあるけどね。ここは、〈無限梟〉の作り出した次元のようだ」
「別次元を作り出し、そこに人を送り込むことができるのか。強力な魔法だな」
「〈寿限無〉とかいう魔法だったね。ボクは知らない魔法だ。もしかすると、血統魔法かもしれないね」
「血統魔法?」
「ある血族の者にしか使えない魔法のことさ。血統魔法は、かなり強力なものが多いよ。たとえば、ラプソディ様の〈インフィニティ〉とか〈アステロイド〉も血統魔法だね」
全ての物体を切断する銀糸の魔法。それが〈インフィニティ〉だ。
〈アステロイド〉は、小惑星を落とす殲滅系の魔法とか。
どちらも、類を見ないほど強力な魔法だ。
「それで、ハニ。どうやって、この次元から脱出すればいいんだ?」
「知らない」
「そうか……なに、知らないのか?」
「ボクだって、初めて見る血統魔法なんだからね。すぐに攻略法なんか、分からないよ」
どうも、ハニは拗ねているようだ。というより、落ち込んでいるのか。
〈地獄梟〉に右足を消滅させられ、〈無限梟〉には別次元へと飛ばされた。今日は、ハニにとって厄日だ。
「ラプソディも、この次元に飛ばされたのかな?」
「たぶんね」
「なら、ラプソディと合流しよう」
レイは、ハニを抱いたまま、移動を開始した。ハニは、自分の足で移動できないことを、改めて嘆いている。
レイは、ふと閃いた。
「そうだ。生成魔法〈フォーム〉を使って、義足を作ってみたらどうだ?」
ハニは顔を輝かせた。
「レイにしては、いい案だね」
さっそくハニは試してみた。金属の義足を作り出し、右足のあった付け根に装着したのだ。
軽く跳ねると、顔をしかめる。
「うーん。これで歩けるけど、素早くは動けそうにないね。格闘なんて無理だよ」
「敵が来たら、魔法攻撃に専念してくれ。接近戦は、おれが引き受ける。……まぁ、一番ありがたいのは、ラプソディと合流するまでは、敵と遭遇しないことだか」
しばらく移動すると、通路が分かれていた。どちらに行けば良いのか。
とくに手がかりもないので、レイは直感で右を選んだ。
しばらく進むと、今度は三叉路だ。
レイは呻いた。
「まるで、迷路だな。ゴールはなさそうだが。この次元は、〈無限梟〉が作り出した『無限の迷宮』ということか」
ハニが鋭い口調で言う。
「レイ、後ろだよ。何か、来るよ」
「なんだって」
レイは両手剣を抜こうとし、装備していないことを思い出した。〈地獄梟〉に破壊されたきりなのだ。
とにかく、後ろを振り返った。
通路の遥か先から、巨大な物体が走って来るではないか。
「……なんだ、あれは?」
巨大な物体の正体は、牛だ。
ただし、小山なみに大きく、二足歩行の牛だ。両手には戦斧まで持っている。建物も一刀両断にできそうな戦斧を。
ハニが答える。
「ミノタウロス、のパクリだね」
「パクリ? 本物ではないのか?」
「ミノタウロスは、神獣だよ。本物が、こんなところに居るわけがないよ。〈無限梟〉が、ミノタウロスを元ネタにして、作ったのだろうね」
「強いかな?」
「うーん。本物のミノタウロスは、ヤバいよ。山を動かす怪力な上に、500の殲滅系魔法を使いこなすからね。ラプソディ様でも、苦戦を強いられるレベルさ。もちろん、最後に勝つのはラプソディ様だけど」
「なら、アレは? こっちに向かって来ている、パクリのミノタウロスは? 見かけだおしか?」
ハニがスキャン魔法を発動して、報告した。
「攻撃力と防御力の特化ぶりは、なかなかだね。敵としての手ごわさは、吸血鬼リークくらい」
レイ、ハニ、リガロンの3人で協力して倒したのが、吸血鬼リークだ。このリーク程度には、手ごわいというわけだ。
あの時より、レイは格段に強くなった。
しかし、片足が義足のハニは、大幅に戦力ダウンだ。
レイは決断した。
「よし、戦略的撤退だ」
レイとハニは、走って逃げた。
パクリのミノタウロスは、ハニが『パクタウロス』と命名。このパクタウロスは、敏捷性には優れていなかった。
おかげで振り切るのは、たやすかった。
だが、パクタウロスは1体だけではなかったのだ。
通路の角を曲がったとたん、2体目のパクタウロスが、前方より突進して来た。
「冗談だろ!」
しかも、間が悪いことに、ハニの義足が外れた。
付け根のところに接続していたのが、走っているときに緩んだようだ。
「あう」
義足が外れたハニは、無様に転んだ。
(どこまでも、ハニの厄日のようだ)
レイは、ハニを抱き上げる。
「どうする、ハニ?」
「前方へ走って!」
言われた通り、レイはハニを抱いたまま、前方へと走った。
向かって来るパクタウロスとの距離は、約8メートル。
これくらい近くなると、パクタウロスの正確な身の丈もわかる。
(15メートルはあるぞ、コイツ)
「ここからは、どうするんだ?」
「ボクの合図で、滑り込んで!」
「了解」
ハニは呪文詠唱を開始。
パクタウロスが、唸りながら突進して来る。
「いまだよ!」
レイは、ハニを抱いたまま、滑り込んだ。
ハニが、〈アイス・ランス〉を放つ。
巨大な氷の槍が、パクタウロスの右足に激突。
パクタウロスは、前方へと転倒し始める。その巨躯の真下を、レイは滑って行った。
パクタウロスの真下を通過したところで、レイは立ち上がり、駆けだす。
後ろで地響きが轟いた。パクタウロスが、倒れ切ったのだろう。
「ひとまず、やったな、ハニ」
「普段のボクなら、あんなパクタウロスから逃げる必要はないのに──あ。なにか、来た」
「今度は、なんだ!」
次なる敵は、上空から来た。翼幅5メートルはある、巨大な鳥だ。
この怪鳥が、急降下して来るのだ。しかも、10匹はいる。
怪鳥のくちばしは、槍のように鋭い。
「ここは化け物ラビリンスか!」
「レイ、立ち止まって。狙いを付けづらい」
レイが立ち止まったとたん、ハニは〈ファイヤ・ブラスト〉を連射し出した。
次々と怪鳥を撃ち落として行く。
7、8、9匹と撃墜したが、最後の1匹だけは、〈ファイヤ・ブラスト〉の連射をかいくぐった。
「来るぞ!」
「それなら、必殺技スキルだよ。〈拳弾〉!」
ハニが右拳を突き出す。衝撃の塊が発射された。
発射された衝撃の塊は、怪鳥に命中。こうして最後の1匹も撃墜した。
レイは、一息ついた。
「次が来る前に、早くラプソディを探そう」
ハニは腕組みする。
「うーむ。どこかで、いいところを見せないと。そうしないと、ラプソディ様に会わせる顔がないよ」




