54話 〈梟の庭〉壊滅戦⑧~暗殺歴300年。
冒険者ギルド本部を覗いてみたが、ローラは留守だった。
そこでレイは一人で、ローラの自宅を訪ねることにした。
ローラ宅は、レイ宅のご近所にある。
小春日和だからか、ローラは庭先で読書していた。《剣の哲学》というタイトルの本だ。
「レイ君、良い天気ですね」
「ああ、ローラ。ちょっと頼みがあるんだ。〈ゴッド・ヒーリング〉以上の回復魔法を使える冒険者を、紹介してもらいたい」
ローラは本を閉じて、心配そうな顔をした。
「誰か重傷を負ったのですか? サラさんですか?」
「いや、ハニなんだ」
「ハニさんが? SSSランクの魔導士が、それほどの傷を負わされたのですか? 一体、何者の仕業です?」
助けを求める以上は、隠し事はしないほうが良いだろう。
「……〈梟の庭〉」
ローラはあんぐりと口を開けた。
「〈梟の庭〉って、あの暗殺組織ですか?」
「そう、その〈梟の庭〉」
仰天していたローラだが、そこは冒険者ギルドの受付係だ。
すぐに気持ちを切り替えて、迅速な行動に移った。王都内に住んでいる、Sランク以上のヒーラーの住所を、教えてくれたのだ。
「紹介状を用意します。それを見せれば、協力してくれるはずです。ですが現在、在宅しているかまでは分かりません」
「ありがとう、助かった」
レイは自宅に戻る。
ラプソディたちは先に帰宅していた。しかし居間には、ハニ、サラ、リリアスの姿しかなかった。
「ラプソディは?」
ソファで横になっていたハニが、答える。
「クルニアさんとリガロンを呼びに行ったよ」
〈梟の庭〉は、まずサラを狙った。つまり、標的はこのパーティ全体だ。クルニアは我が身を守れるだろうが、リガロンは危ない。
「しかし、また襲撃があるかもしれないだろ。ただでさえ、ハニは戦えない状態なのに」
ハニが、リリアスを示す。
「ラプソディ様が安心して出発できたのも、ここにリリアスがいるからだよ。ラプソディ様も、リリアスが来ていると知って、驚いていたよ」
驚いていたということは、リリアスはラプソディに招かれたわけではないらしい。
そんなリリアスは、少し眠そうだ。舌足らずに言う。
「さっき、リリアスが一緒に行っていたら、尻尾のお姉ちゃんが怪我することもなかった。〈地獄梟〉という敵は、リリアスが滅ぼしていた」
「尻尾のお姉ちゃん? ああ、ハニのことか。だがな、リリアス。〈地獄梟〉は、並みの敵ではなかったぞ。君が親衛隊内で最強でも、苦戦したはずだ。な、ハニ?」
ハニも同意すると思ったが、違った。
「うん、〈地獄梟〉は強かったよ。けど、やる気になったリリアスの敵ではないね。ラプソディ様でさえも手こずるのが、リリアスなのさ」
「……それ、マジか」
「だけど、滅多にやる気にならないのが、リリアスの欠点。ボクも、本気のリリアスは見たことがない」
あくびしているリリアスを見ながら、レイは(なるほど)と思った。
ラプソディが〈ワープ〉で戻って来た。リガロンを連れている。
レイは出迎えた。
「ラプソディ、お帰り。クルニアは?」
「テグスちゃんに乗ってくるわ。テグスちゃんサイズになると、ワープが大変なのよ」
「クルニアなら単身でも、大丈夫か」
リガロンが、どさっと椅子に座った。
「おい、レイ。〈梟の庭〉なんかに喧嘩を売るなんて、正気かよ? 命がいくつあっても足りねぇぜ」
「おれが好き好んで、喧嘩を売ったと思うのかよ」
「なら、どうすんだ? 和解でも申し込むのか?」
レイは壁に寄りかかり、腕を組んだ。
「おれがガキのころ、ある友達が家族ごと殺された。その家は、豪族だったんだ。賊の犯行ということにされたが、何だかしっくり来なかった。今思うと、あれも〈梟の庭〉の仕業だったのかもしれないな」
レイは一拍置いてから、続けた。
「リウ国が独立したとき、〈梟の庭〉も生まれたという。なら、300年だ。300年ものあいだ、〈梟の庭〉は暗殺を繰り返して来た。そろそろ、誰かが終止符を打つときだ。それが、おれたちでも構うまい」
ラプソディが微笑みを浮かべる。
「では、戦うのね、レイ?」
レイはうなずいた。
「ああ、〈梟の庭〉を叩き潰す」
ハニが指摘する。
「冒険者のクエストではないよ」
「たまにはクエスト以外で動いても、いいだろ」
ラプソディが楽しそうに、まとめた。
「では、決まりね。ところで、リリアスちゃんはどうする? 眠たかったら、帰っても大丈夫よ。パーティ・メンバーではないから、〈梟の庭〉の標的にはなってないはずだし」
リリアスは、あくびした。それから、首を横に振る。
「リリアスは、ラプソディお姉ちゃんと遊びに来た」
「〈梟の庭〉を潰したあとなら、遊んであげられるわよ」
「ん。じゃあ、リリアスもお手伝いする。〈梟の庭〉という人たちを、皆殺しにする」
レイは心配になって、ラプソディに聞いた。
「リリアスは、まだ子供じゃないか。殺しとか、平気なのか?」
「あたし達が生まれるずっと前、50年前だったかしら。エクスカリバーという冒険者がいたでしょ」
「ああ。冒険者の中では伝説の人だ。いまでも、勇者といえば、エクスカリバーだ。戦士と魔導士の両方で、SSSランクだったとか」
しかし、エクスカリバーは討伐クエストで魔王城へ行き、消息を絶った。
「そのエクスカリバーを殺したのが、リリアスちゃんよ」
「……マジで?」
レイは驚いた。
リリアスが、時を司る魔導士〈クロノス〉で、歳を取っていないとは聞いていたが。伝説の勇者エクスカリバーの息の根を止めていたとは。
(……あれ。それって、もう冒険者ギルド全体の仇ではないか? まぁ、細かいことは考えないでおこう)
庭にいたグリが、警戒の声を上げる。
敵襲か? レイが戦闘態勢で飛び出すと、違った。
クルニアが騎乗したテグスが、空から降りて来たのだ。グリは、テグスが苦手らしい。
クルニアは飛び降りて、着地した。
「レイ。パーティの方針は決まったのか?」
「〈梟の庭〉を叩き潰す、ということになった」
クルニアが壮絶な笑みを浮かべる。
「そうこなくては。暗殺者というものを、根絶やしにしてくれよう」
※※※
まずは、ハニの右足を復活させるのが、優先だ。
そこでレイ、ラプソディ、ハニの3人で、ローラが紹介してくれたヒーラーのもとへ向かうことにした。
片足のないハニは、レイが抱いていくことになった。
〈梟の庭〉の奇襲があったさい、ラプソディの両手が塞がっていると困るからだ。
「……いいわね、ハニちゃん。レイにお姫様だっこしてもらって」
ハニが慌てた様子で言った。
「レイ。ラプソディ様のこと、こんどお姫様だっこしてあげてよ。ボク、ラプソディ様に恨まれたくはないからね」
「わかった」
紹介されたSランク以上のヒーラーは、3人いた。
そのうち、最も近くに住んでいるのが、シーゲルという人物だ。
シーゲルはSSランクのヒーラーで、冒険者歴32年の大ベテラン。まずはシーゲル宅を訪ねるのが、順当といえた。
シーゲル宅は、レイの家の3倍の大きさだ。
玄関でノッカーを叩くと、すぐにドアが開いた。
初老の男が出て来た。シーゲルだろう。
白衣を着た、穏やかそうな人だ。急な来訪者にも、嫌な顔一つしない。
レイから紹介状を受け取り、シーゲルはうなずいた。
「では、中にお入り。すぐに〈ゴッド・ヒーリング〉をかけてあげるからね」
「感謝します」
レイは、ハニを抱いたまま、屋内に入った。
玄関ホールにソファがあったので、ひとまずハニを寝かせた。
「シーゲルさん、依頼料は50万ギルで足りますか?」
シーゲルは鷹揚に返答した。
「なに、同じ冒険者の誼だ。依頼料などはいらんよ」
ラプソディが、シーゲルの前に立つ。
「あら、優しいのね。タダでいいなんて──けど、ちょっと残念だわ」
シーゲルは、不思議そうに言う。
「何が残念なのかね?」
ラプソディは、シーゲルを指さした。微笑みを浮かべる。
「残念なことはね。あなたが、本物のシーゲルではないことよ」
レイは愕然とした。
(本物のシーゲルではない、だと? なら、この男は──)
初老の男が、悪意たっぷりに笑った。




