45話 魔王の誕生日会に行こう!③~弑逆未遂のアデリナ。
ハニと別れたあと、レイは、魔王城の厨房を探した。誕生日ケーキのトラブルで、ラプソディは厨房にいるはずだからだ。
一応は、ハニから道順を聞いてある。
が、何といっても魔王城は広いし、複雑だ。一つ曲がるところを間違えるだけで、迷子になってしまう。気を付けねばならない。
しかし──
「迷ったな、これは!」
(やはり、ハニに同行してもらうんだったか)
レイが嘆いていると、後ろから、おぞましい音がした。複数の肢が動く、カサカサという音だ。
「敵モンスターか!」
レイは両手剣を引き抜き、振り向いた。
カニ型魔族のベンゲン伯爵だった。
正直なところ、ベンゲン伯爵くらいに異形だと、モンスターとの違いが分からない。
「婿殿、こんなところで何をされているのです?」
「……散歩」
迷子になった、とは言いたくないレイだった。
「そうでしたか。迷子になったのかと思いましたぞ」
「あー、ところで、ベンゲン伯爵こそ、こんなところで何を?」
「不法侵入者を駆除しに参ったのです」
「そうか……」
先ほど、不法侵入者と間違われた身のレイだ。何となく、複雑な心境だった。
「おお、そうですぞ、婿殿!」
「え、なんだ?」
「実は、誕生日ケーキの準備がまだ完了しておらんのです。私はそちらの監督をせねばなりませぬ。そこで、婿殿。折り入って、頼みたいことがあるのですが」
レイは、凄く嫌な予感がした。
※※※※
レイは、とある部屋にいた。戦闘用の部屋らしく、とても広い。
しかも、髑髏の仮面を被っていた。これはベンゲン伯爵が用意したものだ。
ベンゲン伯爵の頼みは、こうだった。
不法侵入者を、代わりに追い払って欲しい、と。
そのさい顔出しは困るだろうから、と渡されたのが、この髑髏の仮面。視界が狭まるので、仮面など被りたくはなかったが。
(そもそも、不法侵入者って、どこの誰だ?)
レイが困惑していると、戦闘用の部屋に入って来る者たちがいた。
ひと目で分かった。
冒険者パーティである。
どうやら魔王を討伐するため、やって来たらしい。
レイは、声にならない悲鳴を上げた。
(冗談だろ! 不法侵入者って、同業者かよ!)
魔王側からしてみれば、魔王城に乗り込んで来る冒険者パーティなど、不法侵入者でしかないわけだ。
にしても、そこは魔王城攻略を目指すパーティだ。
スキャン魔法など使わずとも、ランクの高い冒険者たちと分かる。言うなれば、百戦錬磨たちによるパーティ。
ベンゲン伯爵ならともかく、レイ一人で、追い払えるものではない。
(まいったな、くそ)
とはいえ、今更、逃げるわけにもいかない。
レイは両手剣を抜き、できるだけ厳かに言った。
「よく来たな、冒険者どもよ! 我が名は……髑髏伯爵だ! ベンゲン伯爵の代理で来た。貴様ら、命が惜しくば立ち去るが良い!」
冒険者パーティは、全部で12人いた。かなりの大所帯だ。
リーダーらしき、長剣を持った男が言った。
「魔王に従属する魔族が! 俺たちが成敗してくれる!」
(……まぁ、そう来るよな)
だが、レイとしては、彼らには帰ってもらいたい。戦闘に突入したら、困るのだ。
「……いま帰れば、世界の半分をやるぞ?」
「戯言を抜かすな!」
さすがに無理があったらしく、冒険者パーティは攻撃を仕掛けて来た。
(まさか、同業者に殺されるのか、おれは?)
刹那、冒険者たち全員が、床に倒れる。
彼らは立ち上がろうとするが、床に貼りついたように動けない。
レイはハッとした。
冒険者たちが身動きできなくなったのは、重力のためだ。彼らの全身に、圧倒的な重力がかかっているのだ。
(局地的な重力操作か。こんなことができる魔法は、〈グラビティ〉だけだ。かなり高位な魔法だぞ)
ふとレイは思った。〈グラビティ〉を使っているのは、ラプソディなのではないか。
視線を走らせ、ラプソディの姿を探す。
すると、いつの間にか、レイの隣には女が立っていた。
美麗な顔立ちだ。白銀の髪は、肩のところで切りそろえている。肌は雪のように白い。
ラプソディに似ている。が、ラプソディではない。
(ラプソディより、少し年上だな)
「……君は、誰だ?」
レイが問いかけると、その女性は笑いかけてきた。
「はじめまして、レイくん。わたしの代わりに、お父様に『おめでとう』と伝えておいてくれる?」
「え? ああ、構わないが」
「ありがと──じゃ、彼らは」
重力によって身動きの取れない冒険者たちを、女性は指さす。
「わたしが、〈ワープ〉で外に移動させておくわね」
「まった。君の名前は?」
「アデリナよ、また会いましょうね──義弟くん」
「え?」
アデリナの姿が消え、同時に冒険者たちも消えた。
ワープ魔法が発動されたようだ。
(ラプソディ以外にも、ワープ魔法を使える者がいたのか。それも、呪文詠唱を省略して)
魔王城には『化け物』ばかりだな、と思いながら、レイは部屋を出た。
しばし歩いていると、クルニアと再会した。
クルニアは眉間にしわを寄せる。
「貴様、何て恰好をしているんだ」
「……? ああ、そうか」
髑髏仮面を付けているのを、忘れていたのだ。
レイは仮面を取って、小脇に抱えた。
「ラプソディを探して厨房を目指しているのに、辿り着けないんだが」
「厨房はこっちだ。案内してやる。にしても、その仮面は何だったんだ?」
レイは、冒険者パーティを追い払うよう、ベンゲン伯爵に頼まれた件を話した。
クルニアは溜息をついた。
「貴様に頼むとは。ベンゲン伯爵は、人材登用の才はないからな」
「同感だ」
実際、アデリナという魔族が助けてくれなかったら、レイは殺されていた。
「なぁ、アデリナという女性だが」
とたん、クルニアの顔色が変わった。
殺意さえこもった口調で言う。
「レイ。貴様がなぜ、その名を知っている?」
レイは固唾を呑んだ。反射的に嘘をついていた。
「通りがかった魔族たちが話しているのを、小耳に挟んだんだ」
「まったく、どこの間抜けどもだ。気安くアデリナ様の名を口にするとは。私が見つけていたら、粛清しているところだ」
「……それで、アデリナって、誰なんだ?」
クルニアは立ち止まり、レイを見据えた。
何やら、熟慮しているようだ。やがて、選択が成された。
「そうだな。貴様には話しておこう。アデリナ様は、姫殿下の姉上にあたる方だ」
「なんだって? ラプソディに、姉がいたのか?」
レイは驚いた。
確かに、『ラプソディは一人娘である』と明確に聞いたことはない。だが、何となく、一人娘な気がしていた。
「だが、ラプソディは言っていたぞ。自分が魔王の座を継ぐ、って。姉がいるなら、そっちに継承権があるんじゃないか?」
「2年前までは、な。しかし、ある事件があって、アデリナ様は勘当されたのだ。いまでは魔王城に入ることも許されてはいない」
だがレイは、この魔王城内で、アデリナと出会ったのだ。
それどころか、そのアデリナに助けられた。
(アデリナは、無断で入り込んでいたのか……。どうやら、アデリナが侵入していたことは、誰も気づいていないようだ)
「2年前、何があったんだ? アデリナは、なぜ勘当された?」
「魔王陛下を、弑逆しようとしたのだ。むろん、失敗したがな」
レイは絶句した。
つまり、実の父親を殺そうとしたのか。
「姫殿下の前で、アデリナ様の名は出すな。わかったな? 姫殿下にとって、今のアデリナ様は怨敵なのだから」
「……わかった」
レイは呻いた。
(ラプソディの怨敵に、命を助けられてしまった)




