21話 干し草の山には、たいてい刺客がいる。
ホブゴブリンの指示によって、ゴブリンたちは移動を開始した。大急ぎである。いつまた〈トルネード〉が発動するか知れないと、ビクついているようだ。
レイは馬車に移動した。
「ゴブリンたちが、指示通りに遠くまで移動するか、見届けよう」
ゴブリンの群れから、50メートルほど離れ、馬車で追跡した。古代神殿ルマから、だいたい20キロ離れたところで、レイは納得した。
「とりあえず、約束は守ったようだ」
レイは、隣に腰かけているラプソディを見た。
美麗な顔立ち。銀色の髪は腰まで伸ばしている。胸は豊かで、肌は透き通るようだ。レイの説得で、最近は衣服の露出度も低減した。
ラプソディは言う。
「けど、レイ。連中、また舞い戻ってくるかもしれないわよ」
レイも、その可能性は認めていた。
ゴブリンたちは、今はラプソディの〈トルネード〉に恐れを成している。
だが何週間かすれば、その恐怖も薄らぐだろう。
そんなときに、またも〈守護獣〉の夢を見たら、どうなるか。古代神殿ルマに舞い戻る可能性は、高い。
「まぁ、そのときは、そのときだ。再度、クエストを受けて、立ち退かせに来てもいい」
今回、冒険者ギルドから受けたのは、殲滅クエストではなかった。
冒険者ギルドとしても、村落を襲ったわけでもないゴブリン達を殲滅させるのは、気が引けたのだろう。
しかし、次回はそうはいかないだろう。
レイは、遠のくゴブリンの群れに向かって、呟いた。
「うちの新妻に殲滅されたくなければ、もう戻ってくるなよ」
それから、ラプソディたちに言った。
「さ、帰ろう!」
「まって、レイ。古代神殿ルマを、ひと目でいいから見てみたいわ。大丈夫、ルマには入らないから。これなら、〈守護獣〉とも戦わないでしょ。ね、だから、お願い」
ラプソディにここまで懇願されては、レイの気持ちも揺らぐ。
「……まぁ、遠くから見るだけなら」
今回のクエストでは、出番のなかったハニ。
金色の髪をツインドリルにした少女だ。座っていると、尻尾が邪魔そうだ。慎ましい胸の前で、腕を組んでいる。
「ラプソディ様。パーティでクエストを受けているときは、ボクはレイに従属しているのですよね?」
「そうよ、ハニちゃん。パーティのリーダーは、レイなのだから」
「わかりました。それでは、使命を全うします。レイ、助言するよ」
「なんだ?」
「ラプソディ様を、古代神殿ルマに近づけさせてはダメだよ。ラプソディ様ほどの存在が接近すれば、〈守護獣〉は絶対に反応するからね。最悪、〈守護獣〉がルマから飛び出して来て、そのまま戦闘に突入するかも」
「な、なんだって!」
ラプソディを見ると、あからさまに視線を逸らした。
どうやらラプソディは、〈守護獣〉が反応することを予測していたらしい。その上で、古代神殿ルマに近づこうとした。
「……ラプソディ」
「……ごめんなさい、レイ」
ハニが疲れた様子で溜息をついた。
ハニとしては、複雑だっただろう。ラプソディが喜ぶことを、ハニは願っている。〈守護獣〉と戦いたいのなら、戦わせてあげたい。
一方で、そのラプソディからは、こう厳命されている。パーティを第一に考え、レイの指示に従うように、と。
そうなると、ラプソディの企みを、レイに明かさないわけにはいかなった。
(ハニも、気苦労が絶えないな)
「よし、王都に帰るぞ。ラプソディ、古代神殿ルマには、絶対に近づかないからな」
「……はい」
※※※
王都ルクセンは、周囲へと街道が伸びている。ゴブリンの群れを立ち退かせた後、馬車は街道の一つに入って、王都を目指していた。
ところが、その途中でのことだ。
街道を塞ぐようにして、横向きに荷車が置かれていた。
このとき御者をしていたのは、レイだった。荷車を迂回することもできるが、荷車を退かしたほうが早いだろう。
レイは御者台から飛び降り、荷車に向かった。
荷車の周囲に人はいない。こんなところに荷車を置いたまま、どこかに行ってしまったようだ。
「困ったものだな」
荷車には干し草が積まれている。重たい荷ではないので、動かすのは簡単だろう。
何ら警戒せず、レイは荷車に近づいた。
とたん、干し草の山から、複数の人影が跳び出した。
「なんだ!」
瞬時に、腰から両手剣を抜くレイ。
だが、レイの敏捷性は低い。さらに敵は一斉に攻撃してきた。すべての攻撃を捌くことは、不可能だ。
斬撃の一つが、レイの腹部を抉った。
「く、そ」
「レイ!」
レイの頭上を跳び越して、ラプソディが着地する。レイを守る位置だ。
干し草に潜んでいた刺客は、6人。全員、長剣で武装している。
ラプソディは、まず近くにいた刺客を捕まえ、片手で頭を引き抜いた。
それから、〈ファイヤ・ブラスト〉を、3人の刺客へと叩き込む。刺客たちは絶叫しながら、激しく燃え、ついには灰と化した。
5人目の刺客は、捕まえるなり、生きたまま皮を剥いだ。全身の皮を剥がれた刺客は、苦しみ悶えた。しばらくラプソディは、それを眺めていた。
最後には、心臓を抉り出し、握りつぶしたが。
最後の1人となった刺客は、20代の男だ。顔面蒼白で、震えている。小便を漏らしていた。
「た、助けて、命だけは、た、助け」
「リガロン。捕まえておいて。まだ、生かしておくのよ」
駆け付けたリガロンが、刺客の顔面に拳を叩き込む。
「このクソ野郎が、うちのリーダーに何してくれる!」
刺客が吹き飛ばされる。
レイはそれを見届けてから、仰向けに倒れた。
そんなレイの傍に、ラプソディが屈みこむ。レイの腹部からの出血は、激しい。
「……ゆ、油断した。まさか、干し草の中に……刺客が、潜んでいたなんて」
ラプソディは、レイの頬を撫でる。
「いまは喋らないで、体力を使ってしまうから。大丈夫よ、あたしが助けるから」
ラプソディは、レイの傷口に片手を近づけ、〈ヒーリング〉を発動。しかし、なかなか治癒されない。傷が深いため、〈ヒーリング〉が効果を発揮していないのだ。
「ハニちゃん!」
すでにハニは、レイの傍に屈んでいる。
「ラプソディ様、ボクはどうすれば?」
「ハニちゃんも、〈ヒーリング〉を使って。2人がかりなら──」
「わかりました!」
ハニも〈ヒーリング〉を発動する。
2人とも魔族であるため、低級の回復魔法である〈ヒーリング〉しか使えない。
しかし、〈ヒーリング〉を2人がかりで行うことで、治癒の力を強めることができるのだ。
レイの腹部の傷は、治癒されていった。痛みが引いていき、傷口がふさがる。
レイはホッとした。
「ありがとう、ラプソディ、ハニ。君たちがいなかったら、いまごろ出血多量で死んでいたよ」
ラプソディが、レイを抱きしめる。
「良かったわ、レイ! レイが死んじゃったら、どうしようかと……」
それから、泣き出してしまう。
レイは、ラプソディの背中を優しくさすった。
「もう大丈夫だから」
ハニは、溜息をつく。
「防御力が低いのは、考えものだね」
リガロンが、気絶した刺客を引きずってきた。
「レイ、無事そうだな。ヒヤヒヤさせんなよ。で、この野郎、どうする?」
ラプソディは、もう一度、レイの傷が癒えたのを確認した。それから、刺客のもとまで行く。
刺客の頭に左手を置いて、魔法を発動。
「〈リーディング〉」
レイが首を傾げる。
「初めて聞く魔法だ」
ハニが説明する。
「記憶を読む魔法だよ」
「刺客の記憶を読んでいるのか」
「ラプソディ様は、この襲撃が無差別ではない、と考えられているようだね」
「無差別ではない? つまり、おれたちが狙いだったのか?」
「というより、レイ個人ではないかな?」
レイは考えを口にした。
「おれたちが受けたクエストを知っていれば、どこに向かったか分かる。つまり、帰路のルートも推定できる。だから、待ち伏せは可能ではある、が……おれは、誰かに恨まれていたかなぁ」
ラプソディは左手を、刺客の頭から離した。記憶を読み終えたようだ。
それから、〈アイス・ニードル〉を刺客の脳天に刺して、始末する。
ラプソディからは、激しい怒りが放射されていた。
「……ラプソディ?」
「刺客の記憶を読んで、雇い主が分かったわ」
「誰だったんだ?」
ラプソディは、レイの質問には答えなかった。
「ハニちゃん、リガロン。レイのことを頼んだわ。まだ傷が癒えたばかりで、身体が動きづらいはずだから」
「ラプソディ、君はどこへ──」
ラプソディの姿が消えた。ワープ魔法を使ったのだ。
レイは、呟いた。
「ラプソディは、刺客の雇い主のもとに行ったようだ」
ハニがうなずいた。
「どこの誰かは知らないけど、その雇い主は、これから地獄を見るね」




